第18話:海越え

「それで……どうやって海を渡るつもりなの?」


エルシアの問いかけは突然だった。僕は森での片付けが一段落し、休んでいたところだったので、不意を突かれた形になった。


「えっ?」


唐突な質問に、思わず反応が遅れる。


「だから、海を越える方法よ。あなた、あんな広い海を泳ぐつもりじゃないわよね?」


「いや、流石に泳ぐのは無理だよ!」


僕が慌てて否定すると、エルシアは半ば呆れたように肩をすくめた。


「じゃあ、どうするの?船を作るのもいいけど、簡単にはいかないわよ。波や風の問題があるし、材料だって揃うかどうか怪しいもの」


確かに、船を作るのは大掛かりすぎる。木材や麻の確保、さらには工具や設計図の問題まで考えると現実的ではない気がした。


「そうだな……やっぱり空を飛ぶしかないかもな。以前に開発した《ウイング》をもっと改良して、長距離飛行用にするんだ」


エルシアは僕の言葉を聞いて小さく首を傾げた。


「それも悪くないけど、空を飛ぶのにはリスクがあるわよ。もし魔力が尽きたら?何かの衝撃で墜落したら?その時どうするの?」


彼女の言葉に、僕は思わず考え込んだ。確かに、空を飛ぶことにはリスクが伴う。それをカバーする手段が必要だった。




「そうだな……万が一、海に落ちた場合のことも考えておかないといけないな」


アズヴァーンと別れた後、僕たちは島を出るための方法を考えていた。海を渡る――それは簡単なことではない。この島には船もなければ、外部との交易もない。自力で渡るしか方法がないのだ。


「海を渡る方法って言ったって、泳ぐには距離が長すぎるわね」


エルシアが腕を組んでため息をつきながら言う。ルミとコウも心配そうに僕を見ている。


「そうだね。飛ぶ魔法を応用してみるのもいいけど、途中で魔力が尽きるとそのまま海に落ちるだろうし……」


僕は海を見つめながら考え込んだ。波が穏やかに打ち寄せているが、その向こうに広がる海は底知れない広さと深さを持っている。


「でも、何か方法を見つけないとどうしようもない」


僕がつぶやきながら波打ち際に足を進めた時、ふと水の中で呼吸がどれくらい続くか試してみようと思いついた。


「ちょっと潜ってくる」


「は?何言ってるのよ!溺れたらどうするの?」


エルシアが驚いた声を上げるが、僕は軽く手を振って「大丈夫、大丈夫」と笑いながら海に入った。ルミとコウが不安そうに後を追ってきたが、僕は彼らを制してそのまま水中へと潜った。




最初は普通に息を止めていたが、しばらくして不思議な感覚に気づいた。


「……あれ?」


息を止めているはずなのに、苦しくない。


「これ……呼吸してない?」


僕はさらに深く潜ってみた。海底の砂が波に揺れる様子を眺めながら、じっとしてみる。それでも苦しくなる気配は一向に訪れない。


「……もしかして、僕、呼吸がいらない?」


驚きながら水中で動いてみる。どれだけ動き回っても息切れするどころか、体が軽やかに動く。


水中でしばらく試してから、僕は海面に浮かび上がった。




「何してたのよ!もう、心配したんだから!」


エルシアが砂浜で腕を組んで僕を睨んでいる。その隣ではルミとコウも落ち着かない様子で僕を見つめていた。


「ごめんごめん。でも、ちょっと面白い発見をしたんだ」


僕は軽く頭を下げて謝りながら、今の体験を話した。


「どうやら、僕は呼吸がなくても平気みたいなんだ」


「はぁ?何言ってるの?」


エルシアが眉をひそめるが、僕は真剣な表情で続けた。


「本当だよ。さっき海の中でどれだけ長く潜っていても苦しくならなかったんだ。それどころか、普通に動けるし、空気の代わりに星力体に巡っているような感覚すらあった」


「それ……本当なの?どこまでも万能な力ね」


エルシアの目がわずかに大きくなる。僕は頷き、さらに説明を続けた。


「たぶん、僕の体が特殊なんだと思う。まさか呼吸がいらないなんて……これなら、海を泳いで渡るのも不可能じゃないかもしれない」


「ちょっと待ちなさいよ!いくら呼吸がいらないって言っても、泳ぎ続けるのは簡単じゃないわよ?」


「まあ、そうだけど……でも、可能性は広がったでしょ?」


僕は笑いながら言うと、ルミが小さく鳴いて同意を示すようにした。コウも翼を広げて飛び回り、なんだか楽しそうだ。



エルシアは呆れたようにため息をついたが、やがて小さく笑った。


「本当に次から次へと常識外れね……でも、確かにこれならなんとかなるかも」


「ね?」


僕たちは海を見つめながら、島を出るための方法をさらに具体的に考え始めた。呼吸がいらないことを活かし、どうすれば最も効率よく安全に渡れるか――それが今後の課題となった。




翌日、僕はアズヴァーンが言及していた召喚魔法について調べていた。


召喚魔法――それは闇属性に分類される特殊な魔法だ。対象を遠く離れた場所から自分の元に呼び寄せる力。その性質ゆえ、使用には先天的な才能が必要だと言われている。


「召喚魔法なんて、普通は滅多に使えるものじゃないわ。適性がない人間には一生無縁のものよ」


エルシアが少し驚いたように僕を見つめる。


「これがあれば、僕が先に行っても君たちを後から呼び寄せられる」


僕の言葉に、エルシアは半信半疑な表情を浮かべるが、やがて小さく頷いた。


「……そうね。なら、やってみる価値はあるわね」




召喚魔法の訓練に取り掛かる僕は、小屋にあった資料を参考にしながら、さっそく試して見た。


「さて、やってみようか」


僕は深呼吸をして意識を集中させた。ルミとコウを静かに見つめながら、彼らとの絆をイメージする。そして、手をかざしながら力を解放した。


「……来い」


心の中で彼らを呼び寄せるイメージを強く持つ。それだけで、空間がわずかに揺らぎ、足元に光の円が浮かび上がった。


次の瞬間、円の中からルミとコウの姿が現れた――正確には、彼らの「魂の脈」を示す光だ。これは召喚の準備が整ったことを示している。


「……成功だ」


僕は手を下ろし、召喚魔法が使えるようになったことを確信した。エルシアが少し感心したように微笑む。


「本当にやるのね、リオヴェルス。やっぱりとんでもないわね」


「これで、僕一人で先行しても大丈夫だね」


僕はエトワールを指輪に戻し、空を見上げた。この力があれば、どこへでも行ける。そして、仲間を置き去りにすることもない。



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