第8話:初陣
森の中は静けさに包まれていた。木漏れ日が足元を照らし、柔らかな風が葉を揺らしている。
「エルシア、本当にここに魔物がいるのか?」
僕は剣を肩に担ぎながら、鼻歌交じりに歩いていた。
「いるわよ。ただし、このあたりはまだ穏やかな魔物ばかりだから、あまり気配を感じないの」
たまたま危険な魔物に遭遇したことがないというわけではないようだ。
静かで落ち着いた雰囲気に緊張感が緩みそうになる。
「油断しないことね。穏やかだなんて言っても、一部よ。危険な魔物が現れる可能性だってあるわ」
そんな僕にエルシアが釘を刺す。
僕は軽く剣を振りながら笑った。
先ほどの訓練の際にエルシアが魔法で生成したものとは違い、この剣は小屋に立てかけられていたもので、分類としては
シンプルなデザインだが、切れ味も重さも丁度よくありがたく使わせてもらうことにした。
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その時、低い唸り声が遠くから響いてきた。
「何だ?」
音の方を見ると、木々の隙間から巨大な影が現れる。その姿は全身を黒い鱗で覆った四足の獣だった。
「……ヴァラキア!」
エルシアの声が鋭く響く。
「ヴァラキア?」
「この森では中堅クラスの魔物よ。凶暴で、下手をすれば命を落とすわ」
「中堅クラス……一筋縄ではいかないかな?」
僕は剣を握り直し、一歩前へ進む。
「あなた、初めてなのにかなり落ち着いているわね」
「傲慢かもしれないけど負けるとは思えなくてね」
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ヴァラキアは低い唸り声を上げると、いきなり突進してきた。その巨体が木々を押しのけ、地面を揺らしながら迫ってくる。
「おっと……速いな」
僕は軽く横に跳んで爪の攻撃をかわす。そのまま剣を振り抜き、前脚に切り込んだ。
「ぐるぁ……!」
魔物が苦痛の声を上げる。
「痛いの?ごめんね」
剣を軽く振って血を払いながら、ヴァラキアを観察する。
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「リオヴェルス、気をつけて。油断してると隙を突かれるわよ」
「油断してるわけじゃないよ」
ヴァラキアが再び爪を振り上げた瞬間、僕は前方に踏み込んで魔物の胸元に剣を突き立てた。
「これで終わりだね」
剣が鱗を裂き、深々と食い込む。ヴァラキアが苦しげに吠えたあと、大きな体を地面に崩れ落とした。
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「……倒したわね」
エルシアが驚きと呆れが入り混じった表情で僕を見ている。
「思ったより動きが単調だったね」
僕は剣を鞘に収めながら答える。
「……やっぱりあなた、凄いわね」
「そう?」
「普通、ヴァラキアみたいな魔物を初めて相手にしたら怖がるものよ。それを楽しそうに戦って、しかも余裕で倒すなんて」
「うーん。できる気がしたからね」
「やっぱり変よ」
エルシアは腕を組みながらため息をついた。
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「それにしても、これがこの森で中堅なんだろ?もっと強いのがいるってことだよね」
「ええ、最奥にはこの森を支配している魔物がいるわ。あなたなら……もしかしたら倒せるかもしれない」
エルシアが期待を込めた目で僕を見つめる。その視線に僕は少し肩をすくめた。
僕は軽く笑いながら、森の奥を見つめた。
「まあ、いつかは奥のほうにも進んでみるか。強い奴がいるなら、一度顔を見てみたいし」
「……本当に変ね。あなたみたいな人、他にいないわよ」
エルシアが呆れたように苦笑する。
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ヴァラキアの巨体が地面に沈み、その周囲に静寂が戻った。僕は剣を鞘に収め、少し考え込む。
「これ……食べられるのかな?」
僕の独り言に、エルシアが呆れたような目で僕を見た。
「食べる?このヴァラキアを?聞いたことないわよ」
そのやり取りを聞いていたルミが、ふわりと僕の横に近づいてきた。彼はじっとヴァラキアを見つめ、鼻をひくひくさせている。
「お前も気になるのか?」
僕がそう声をかけると、ルミは尻尾を一振りして地面に座り込む。まるで「やってみろ」とでも言いたげだった。
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「ほら、ルミも賛成してるみたいだし、やってみようか」
「まったく……まあ、毒だけは気をつけることね。間違えたら、ただじゃ済まないんだから。あなたのことだし全く聞かない可能性もあるけど…」
「分かってるって。本で読んだ知識があるから、たぶん大丈夫……なはずだ」
「たぶん……?自信ないじゃないの」
ルミが僕とエルシアのやり取りを聞きながら、小さく鳴いた。どうやら、どちらの言い分にも一理あると思っているらしい。
「ルミが一番賢いんじゃないか?」
僕がそう言うと、ルミは少し得意げに鼻を鳴らした。
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僕は剣を抜き直し、慎重にヴァラキアの解体を始めた。毒腺や爪を取り除き、本の図解と照らし合わせながら食べられそうな部分を選り分けていく。
「ここが毒腺で……この部分は筋が少なくて柔らかそうだな。よし、いけそうだ」
「柔らかそうって理由で食べるつもり?」
エルシアが腕を組みながら呆れる。すると、横で見守っていた狐が僕の動きに合わせて首を傾げた。
「いや、ちゃんと本に書いてあったんだって。こいつもそう思うだろ?」
ルミは「本当に大丈夫か?」と言いたげにじっと僕を見ていたが、次の瞬間、ふっと地面を転がるように横になった。
「おい、そこで休むなよ。手伝う気はないのか?」
「くふんっ」
狐は鼻で笑うような音を出して、そのまま丸まった。
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なんとか解体を終えた僕は、近くの川辺に移動して焚き火を準備する。狐もその後をついてきて、焚き火を囲むように座り込むと、今度は僕の作業をじっと見守り始めた。
「さて、これをこうして……森で拾ったこの葉っぱを巻けば、匂い消しになるらしい。ついでに香りも良くなるとか」
「また“らしい”ね。あなた、本当に自信があるの?」
エルシアが呆れる横で、狐は目を輝かせて肉に鼻を近づけた。
「ルミは信じてくれてるだろ?」
ルミはしっぽを大きく振りながら、その場で小さく鳴いてみせた。
やがて肉が焼ける音とともに、香ばしい匂いが漂い始める。
「……本当にいい匂いね」
エルシアが興味津々に呟く。狐は立ち上がり、肉に向かって鼻をひくひくさせながら一歩近づく。
「まだ焼き上がってないよ。焦らない焦らない」
ルミは軽く鳴いて「分かってるよ」とでも言いたげに座り直した。
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肉がこんがりと焼き色を帯び、いよいよ食べごろになった。僕は一切れを恐る恐る口に運ぶ。
「……これ、いけるぞ!想像以上だ!」
「本当に?」
エルシアが少し警戒しながら肉を受け取る。その横で、ルミが尻尾を激しく振りながら僕を見上げた。
「ルミの分もちゃんとあるって。待っててね」
ルミに肉を渡すと、彼はそれをくわえたまま尻尾を振り、嬉しそうに食べ始めた。
「どうだ、うまいか?」
ルミは満足そうに目を細め、さらにもう一切れをおねだりするように僕を見上げた。
「仕方ないな……ほら、次の一切れだよ」
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「でも、本当に美味しいわね。ヴァラキアを食べるなんて誰も考えなかったでしょうけど、これは当たりね」
エルシアが焼きたての肉を頬張りながら呟く。
「でしょ?この柔らかさと旨味はすごい。次に倒す魔物も期待できるね」
ルミも僕たちのやり取りを聞きながら満足そうに丸まった。焚き火を囲む光景は、どこか暖かいものを感じさせる。
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「さあ、満腹になったし、少し休まない?今日はそこまで行くか分からないけど、この森の奥にはもっとすごい魔物がいるんだろ?」
「ええ。でも、きっとあなたならどうにかしてしまうんでしょうね」
エルシアが呆れたように笑い、ルミもそれに続いて小さく鳴いた。僕たちは星空を見上げながら、次の冒険に備えて静かに火を囲んでいた。
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その後も魔物との戦闘を何度か経験してみたが、
……手加減を覚えることも大事そうだね。
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