不透明な現実から

興津安住

第1話

夏頃でした。

ほとんど惰性でドラマを見続けていたときに開始した作品で、毎週ごとに彼の生き様を見ていました。そのままドラマは最終回を迎え、私は何とも普通に生活を続けました。



そしてその翌年のまた夏頃に、ドラマの続編が始まりました。ゴールデンタイムに放送するには少し残虐で、登場人物達が持つそれぞれの"人間としての足りなさ"のようなものに惹きつけられたのか、なんだかよく覚えていました。


続編での彼は前作よりとことん痛めつけられて毎話ごとに葛藤を続け、弱々しくですがなんとか生きていました。



続編放送終了後に彼のことを好きになり、石川透のことをきちんと考えるようになりました。



持ち前の正義感から警察になったこと、憧れの人ができて、その人を支えてあげることができればと思ったこと、自身の理想と現実とのギャップにじわじわと取り込まれていったこと、抱えていることを誰かに相談できるほど柔な環境でなかったこと、憧れの存在である相棒が自分の弱さの結果の片棒を担いでくれるほど余裕のある毎日を生きれていないこと、正義に呑まれ千鳥足になった彼が自身の背負った責任のために薬物に手を出したこと、彼を形成する一番の要素と言っても過言ではない優しさが、憧れである警察官として生きることの最大の弱点となったこと。





2021年9月11日

石川透は真犯人による胸部への狙撃が原因で、容疑者のまま殉職しました。




前作から苦悩している姿を見てきましたから、それなりにショックはありました。でも警察ドラマは色々見てきた方でしたので、展開としてはあまり動揺しませんでした。



ここからが石川透が特別たる所以なのでしょうか。

薬物中毒、それによる精神疾患や体調不良、何より人殺しをしたという罪悪感を抱えた、正義に満ちた未来ある青年だったこと、彼の人生が悲劇となった理由はいくらでもあるとおもいます。




石川透の死のショックを抱えたままSNSにたどり着くと、ふとバラエティ番組で歌う彼の動画が目に入りました。

栄光の架け橋です。

これが全ての始まりでした。


角がなくて優しい声色、無駄に揺れず綺麗に伸びる歌い方、甘くてしっとりとした重たい声、そして霧散することのないじっとりとした感情が、大切に込められている歌声でした。


これからの考え方や趣味嗜好を左右する思春期の大切な時期に出会ってしまいました。私の全てを歌声で嬲り倒して、彼はこれまた優しく歌い切り、清々しく愛らしい笑顔を浮かべました。





彼は今も広く厚い背中で周りの責任を負い、人前に出て歌を歌います。石川透は責任に溺れ、押し潰されて亡くなりました。長年歌い続け明るい未来を見せてくれる彼が、ふとこぼしたこれからの未来の不安の色が恐ろしくて堪りませんでした。


亡くなるには、あまりにも惜しい歌声です。

実は彼が救いの歌を歌う天使で、寿命なんて概念は存在しないとしたら、あまりにもファンシーかもしれませんが、それが私の救いなのです。

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