先輩との甘いひととき

@yunomy

第1話 比較される日々

「はぁ...」


春風が教室の窓から吹き込んでくる放課後、早坂美桜は小さな溜息をつきながら、返却された英語のテストを見つめていた。


赤ペンで書かれた「82点」の数字。決して悪くない点数のはずなのに、胸の奥がチクリと痛む。


「白石さん、今回も満点だったんですって!さすがですね!」

「まりちゃんって本当に頭いいよねー」

「でも運動も得意だし、かわいいし、ずるいよね~」


クラスメイトたちの声が、教室の向こう側から聞こえてくる。自然と視線が向いた先には、満点の英語テストを手にした白石麻里の姿があった。整った顔立ちに、セミロングの黒髪が春の日差しを受けて艶やかに輝いている。


「いやぁ、今回のは簡単だったから...」


謙遜しながらも優雅に微笑む麻里。その横顔があまりにも眩しくて、美桜は慌てて視線を自分の机に戻した。


(また、私と白石さんが比べられちゃうんだろうな...)


案の定。


「あ、早坂も80点台か。まあ、白石には及ばないけど、そこそこじゃない?」


何気なく投げかけられた言葉に、美桜は作り笑顔を浮かべることしかできなかった。


「うん、まあね...」


(そこそこ、か...)


いつもこうだ。どんなに頑張っても、どんなに努力しても、必ず誰かが白石麻里と比べる。成績、運動、容姿、性格...全てにおいて。


朝早く起きて英単語を覚え、放課後も残って問題集を解いた。でも82点。

高校からじゃない。中学校の時だってそうだ。

体育祭の練習では誰よりも真剣に取り組んだ。でも麻里の方が華麗に決めていた。

文化祭の準備でアイデアを出しても、結局採用されたのは麻里の案。


(私って、本当にダメな人間なのかな...)


「みお!帰ろ?」


暗い考えに沈んでいた美桜の耳に、明るい声が飛び込んでくる。親友の佐々木千夏だ。


「あ、ごめん千夏...今日は図書室に行きたいから、先に帰ってて」


「え~?また一人で?」


心配そうな千夏の表情に申し訳なさを感じながらも、美桜は小さく頷いた。


「うん...今日は読みたい本があるから」


嘘ではない。でも本当は、ただ一人になりたかった。誰とも比べられることなく、自分のペースでいられる場所が欲しかった。図書室なら、そんな逃げ場所になってくれる。


「...わかった。でも悩み事あったら言ってね?親友だよ?」


千夏は不満げな表情を浮かべながらも、理解を示してくれた。


「ありがとう」


教室を出る時、美桜は再び麻里の方をちらりと見た。相変わらず、クラスメイトたちに囲まれている。その輪の中に、自分が入る余地はないように思えた。


重たい足取りで図書室に向かう。午後の陽射しが廊下に差し込み、美桜の影を長く伸ばしていた。影だって、きっと私より綺麗な形をしているんだろうな...そんな思いが、またふと胸をよぎる。


図書室のドアを開けると、馴染みの本の匂いが鼻をくすぐった。ここなら、きっと...


だが美桜は、この後の運命の出会いなど、まだ知る由もなかった。

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