四輪駆動のエンプレス2
ODN
第1章:俺と告白とミニ4女子
第1話:めざせ1等賞
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白を基調にしたカラフルなレール、曲がりくねった溝、そしてその中を駆け巡る小さなレーシングカー……
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ミニ四駆をご存知だろうか?
手の平サイズの「レーシングカー」である。
売上げ総台数1億台以上、世界一売れている車模型でもある。
80年台に1次ブーム、90年台に2次ブーム。
そして、そのころ子供だった世代が大人になり、子供を持ち。
親子で楽しめるホビーということで、そんな世代を中心に現在、新たなブームが巻き起こっている。
長い間、人を惹きつけてきた魅力は、なんと言ってもチューニングの奥深さ。
「世界最小のモータースポーツ」
と言われるほど、本格的なセッティングが可能となっている。
値段も手頃で、大人から子供まで楽しめる、そんな小さな車に皆が魅了されているのだ。
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「いけぇ!リバティ!!」
数多のレーサーたちが集結する中、俺の愛機が一層高くモーター音を響かせる。
ステーションチャレンジ、各地のミニ四駆ショップにて開かれているレースのなかでも特別な大会で、勝ち上がればタミヤが主催する本戦への出場権が得られる。
今回は久しぶりに決勝戦まで勝ち残れた。
速度も安定しているし難所のセクションも危なげなく通過。
今日こそ行ける、そう確信していた。
だが最終ラップ、速度の乗り切った他参加者のマシンが大外から捲くし上げ、一気にチェッカーフラッグを受けた。
俺はガッツポーズの準備姿勢のまま膝から崩れ落ちる。
そう、また負けたのだ。
ネットを駆使し、様々な情報をまとめ上げ、俺が今作れる最高のマシンを完成させた、ハズだった。
しかし勝てない。
何が違うのか、才能なのか、チートでもされているのか。
何を信じて何を疑えばいいのかわからない。
それでも。
諦めるわけにはいかないのだ。
俺の名前は「狭間 仁(はざま めぐみ)」。
「めぐみ」という名前の女性的な響きに少しコンプレックを持っているので周りには「ジン」と呼ばせている。
俺のミニ四駆人生は三年前のあの日に始まった。
中学生だった俺は、友達に誘われてミニ四駆のレースに来ていた。
ミニ四駆を扱う玩具屋にはコースを置いている店がある。
作ったマシンを試走させたり、集まった客でレースをしたりするためのものだ。
その日は地域の子どもたちや常連の大人たちが集まり、和気藹々とレースを楽しんでいた。
しかし近所にこんなお店があるとはその日まで知らなかった。
「Gsガレージ24」ーーそれは現在、俺が通う町田宮高校からほど近い場所にある。
もとは工場だった建物を店舗として使っているようで、看板がなければミニ四駆ショップだとは分からない。
ミニ四駆なんておもちゃに興味はないが、まぁ友達付き合いってのも大事なものだ。
しかし、そのツレは自分のマシンをセッティングするとかなんとか言いだして、店舗の作業スペースでマシンをいじり始めてしまった。
放置されてしまったので仕方なく店内をうろつく。
ミニ四駆の透明なボディとか、タイヤやモーターがたくさん並べられた棚。
何に使うのか分からないパーツだらけだなぁ、そんなことを考えていると店員さんらしき女性に背後から声をかけられた。
「なにかパーツをお探しなのかな?」
振り返った瞬間、カミナリが落ちたような衝撃とともに心臓が爆音爆速で鼓動しだした。
高い位置で結ったポニーテール。
耳元で垂れ下がる後れ毛がサラサラと揺れる。
鮮やかな紺のデニムに白いTシャツ。
リネンのエプロンには店のロゴがプリントされていた。
くりくりとした大きな瞳が俺を真っ直ぐに見つめている。
小さな顔にはその瞳の大きさは不釣り合いなくらいなのに、顔立ちのバランスは完璧だ。
こんな美しい人がこの世にいるのか。
びっくりどっきりしすぎで訳がわからない。
人生14年目にして、初めての衝撃を脳髄ど真ん中に受けた。
「ん……もしかして、ミニ四駆は初めてな感じかな?」
「は、はい!あの、俺、友達についてきただけで、よくわかんなくて」
「ふぅん……じゃ、どう?ミニ四駆やってみない?なかなか本格的で楽しいよ?」
「へ!?ふっ、ひゃぃっ!やらせてくだしゃい!」
しまった、勢いで答えてしまった。
しかもまだドキドキが止まらない、なんだこれなんだこれ。
別に女子が苦手なわけじゃない。
クラスの女子相手にはこんなに緊張することはない。
でもこの女性は違う。
「じゃあ初心者向けなの一緒に選んであげるね」
彼女はにこりと微笑むと、おいでおいでとジェスチャーしてくれた。
その仕草はどうしようもなく可愛くて、拒否だなんて選択肢はありようもなかった。
もうどうにでもなれ、だ。
「最初だとやっぱりMAかな……両軸はパーツも少ないし頑丈で速いから……あ、でもファーストトライセット切らしてるじゃん……」
なんだか真剣に選んでくれてるようだが、俺にはよくわからないから見ていることしかできない。
ただ彼女が相当に詳しいことは窺える。
お姉さんはただの店番ではなく、ミニ四駆を愛してここにいるのだ。
「しょうがない、ちょっとおまけしてモーターとローラーセット、FRPを付けてあげるね」
「え、そんな……おまけなんて、いいんですか?」
「大丈夫、おまけパーツは私物だから♪中古になるけどしっかり動くものだから安心して」
そう言ってマシンの箱にパーツをポイポイ入れる。
その躊躇のなさに俺は少し不安になった。
「あ、そうだ!これ使ってよ、かっこいいんだよー!昔のパーツ漁ってたらボディだけ出て来て懐かしいから持ってきてたんだけど……じゃーん!これこれ、自由皇帝!」
見せてくれたものは少し年季が入っているが、綺麗に塗装された流線型のボディだった。
光沢のある白のベースに翼を模したようなオレンジのライン。
そして疾風を色にしたかのような青のウインドウ。
「か……かっこいい……です……」
「でしょー!じゃこれもおまけして……1000円ぽっきりでどうだー?」
マシンの箱に1000円のタグが貼ってあるので、おまけパーツは全部タダということになる。
ミニ四駆を愛するお姉さんの私物を、まったくの初心者である自分がもらって良いものだろうか?しかも箱がパンパンになるほどの数のパーツを無料で提供するだなんて。
「本当に……いいんですか?」
「大丈夫大丈夫♪ミニ四駆が気に入ってくれたらまたうちでパーツ買ってね」
「は、はい!ありがとうございます!」
家に帰るなり俺はミニ四駆を組み立てた。
バラバラのパーツたちがレーシングカーの形を成したときには興奮したし愛着が湧いた。
こいつを一番速いマシンにしたい。
そんな気持ちがムクムクと湧いた。
こうして俺はミニ四駆の世界に引き摺り込まれた。
あれからちょくちょく店に来てはレースに参加している。
愛機はもちろん、お姉さんからもらったリバティエンペラー。
これを使って勝ちたい、トップでチェッカーフラッグを受けるところを見たい。
だがしかし勝ちたい理由はそれだけではない。
俺は中学卒業のタイミングでお姉さんに告白までしてしまっているのだ!
……返事はノーだった。
当然と言えば当然だろう、こんな素敵なお姉さんに中坊の告白なんて相手にしてもらえるわけがない。
だが……ノーの答えの後にお姉さんはとんでもないことを口走ったのだ!!
「でも……ミニ四駆でチャンピオンになれたら……考えてあげてもいいよ?」
!??
……これは……頑張るしかないのではないだろうか、そう、頑張るしかないのだ!
ミニ四駆チャンピオンに、俺はなる!!(どんっ!
そんなことで今日もレースに参加していたわけだが見事に玉砕。
ステーションチャレンジはみんなが夢見る本線のレースに繋がっているから一筋縄では勝つことができない。
甘い世界ではないのだ。
しょんぼりトボトボ帰りのバス停まで歩く。
次のチャレンジはいつだったかなぁ、お姉さんとのお付き合いは遠いなぁ。
そんなことを考えながら。
すると後ろから走ってくるような足音が聴こえた。
突然、袖を引っ張られる。
何事かと払いのけるように振り返る。
すると目の前には息を切らした女の子がいた。
なんだこいつと思うや否や、呼吸を整えたその子は顔を上げながらこう言ったのだ。
「キミ、ミニ四駆部に入らない?」
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解説:
・チート
ズルという意味。
対戦型ゲームなどでデータを改造し、優位に進めたりすることを言います。
・MAと両軸
MAシャーシはミニ四駆プロシリーズと言われる2種類のシャーシの1つで、無改造で1番速いと言われています。
とにかくシャーシの剛性が高く頑丈、滅多に壊れない。
また、両軸モーターという前後両方に軸が出ているモーターを使用します。
この軸両方にギアをつけ、前後輪を直接駆動させる。
駆動ロスが少なく、ギア数も少ないため初心者でも安定した速度が出せるのだ。
・ファーストトライセット
ミニ四駆の初心者向け改造セット。
FRPバンパーや低摩擦ローラー、マスダンパーなどが一式揃っている。
とりあえずこれと、チューン系モーターがあれば戦えるマシンが完成する大変お得なアイテム。
・FRP
繊維強化プラスチックのこと。
各種バンパーなどの補強パーツとして、さまざまな形状のものが販売されています。
ただ、強化繊維配合とはいえ、曲げる力には弱く折れやすい。
それでもプラスチックシャーシのバンパーよりは丈夫なので、まずはここから。
・自由皇帝(リバティエンペラー)
ダッシュ四駆郎原作にて登場するエンペラーシリーズのマシン。
第4の皇帝、四駆郎の最終マシン。
四駆郎以降の漫画でも主役級の扱いで度々登場する。
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