第232話 とある当主代行の仲間
「…………詳細だ。詳細が聞きたい。オルテリウス卿は知っているのだろう? 我々は、私は、アレに何を求められている?」
この国でも有数の上位者であるはずのヒルトロン家当主。王家ですら顔色を窺うほどの絶対的な権力者は、なぜかげっそりと
私は当惑の中で思考を巡らせる。
件のコール少年には、なぜかヒルトロン家の四精――『支配の極理』も付いているという話だった。
そしてかの超越者は寡黙な事で有名だ。
これは私の推測だが、オルテリウス家のように制御不能になっている超越者に、何が何だか分からない説明不十分な協力要請を受けたのだろうと思う。それならば恐怖と混乱に塗れた顔に説明がつく。
あの荒唐無稽な話を私の口から説明するのかぁ……と若干気後れしつつも、情報に飢えた上位者の要請を断れるはずもない。私はフィースちゃんから聞いた話を淡々と語るのだった。
「会話すら成り立たんアレを懐柔してのけるとは、今に至っても信じ難い。コールという男は一体何者なのだ……」
まず最初に出てきた感想がそれだった。
新大陸の話より異種族の話より自分の娘を味方に付けた存在に驚愕している。まぁでも、その気持ちは分からなくもない。
かの超越者はコミュニケーション不全で有名だ。とあるパーティーでは王族に声を掛けられてもガン無視したと聞くし、軟派な貴族に言い寄られた際には物理的に首を飛ばして血雨を降らせた。ついたあだ名が『首狩り人形』である。
それほど難攻不落な超越者ばかりか、使えるか使えないかでしか人を見ないフィースちゃんまで夢中になっている。
女たらしもここまで極めると褒めるしかない。もう私なんかでは会った瞬間に即堕ちしそうだった。
「――――いずれにせよ。エディナ様とフィース様の望みとあらば、私たちは協力して事に当たるべきでしょう。幸い、コール様は不戦を望むと聞いています」
おそらく逆らえないであろう息女の意向を前面に押し出して話を進める。
立場的に親近感を覚えるので話を呑み込む時間を与えたい気はするが、私たちに残された時間は限られているので情けは無用だった。
「聞く限りでは、大国を交渉のテーブルにつかせるだけの戦力は有していると考えています。両家の俊英以外にも神精霊持ちが居るとの事ですし、件のコール様も尋常ならざる力をお持ちと聞きました。それは四精の一柱たる『万象の疾風』を打ち倒すほどの力、と」
「四精を、精霊無しが……? 確かに久しく消息不明となっているが…………いや、アレを籠絡するほどの男だ。或いは有り得るのか」
どうやら難攻不落の娘を攻略した事で謎の信用を獲得しているようだ。私としては話が早くて助かる。
しかし、名高いヒルトロン家の協力を得られても、課された使命が無理難題である事には変わりない。
なんでもフィースちゃんの話では『コール君はグリードガーデンとの戦争を望んでいない。――そう、彼は戦わずして支配下に収める事を望んでいる』との事だった。
無茶振りはやめてぇ! と投げ出したい気持ちでいっぱいだが、とりあえずは被害者仲間にも命題を共有しておくべきだろう。
「…………不可能だ。実弾と圧力を駆使すれば議会は動かせるだろうが、あの血に飢えた男――ベルクス=フランドレッドが首を縦に振るとは思えん。フランドレッドが黒と言えば黒になる。此度の開戦はどう足掻いても避けられん。避けられんのだ」
元請けから厳しい値下げを強要された下請けの商会長のように頭を抱えるヒルトロン家当主。
どうやら娘の機嫌を損ねる事が恐ろしくて堪らないようだが、実の父親でも容赦なく首を狩りそうな娘さんなので無理もなかった。
まぁしかし、その見解に関しては私も同意見だ。ヒルトロン家とオルテリウス家が手を組めば上級議会はどうとでもなる。おそらくヒルトロン家だけでも過半数の賛同を得られるはずだろう。
最大の問題は、ベルクス=フランドレッド――――『不動の大火』だ。
実権を持たないお飾りの王族とは違う。四精を輩出し続けたフランドレッド家の権力基盤は絶大だ。
実質的に国王のような立場なので、あの男が侵略戦争を望めばその通りになるはずだった。
「私も戦争は不可避と考えています。なればこそ、開戦を前提にして最善を尽くすしかありません。武力衝突の後に滞りなく和平交渉に移れるように、先んじて根回しを進めておきましょう」
最善は不戦でのグリードガーデン属国化だが、それは流石に無理があるとフィースちゃんも分かっているはずだ。……分かっている、分かっているはずだ。
だから私は現実的な次善を目指す。戦争は不可避だと分かっていても、最初期から融和を主張して反戦派閥を形成する。
そしてグリードガーデンが侵略戦争を仕掛けて痛烈な一撃を返された後に『だから言ったじゃん!』と主戦派の責任を徹底的に追及し、これ以上の争いは避けるべきだと反戦派を煽り立てて和平交渉の流れを作るのだ。
予想を遥かに超えた力を目の当たりにすれば主戦派の心も挫ける。あの好戦的なフランドレッドと言えど、上級貴族の大多数が反戦派に回れば諦めるかも知れない。
正直に言えば、主戦派筆頭であるベルクス=フランドレッドの暗殺が最も被害を抑えられそうなのだが……空間魔素を掌握する四精の暗殺は極めて困難であるし、仮に成功してもフランドレッド家は火の神精霊に愛されている。次の神精霊持ちが遠からず現れるだけだろう。
一族を根絶やしにする族滅という手もあるが、フランドレッドの血脈がどこまで伸びているか分からない。取り零した時には恨み心頭の神精霊持ちがテロリストになるという最悪の未来もあり得る。
ここはやはり、コール少年の力で心を折ってもらうしかない。これまでにも同様の手法で支配地を増やしていったとの事なので、私としては現実的に取り得る手段――――来るべき和平の下地作りに尽力するのみだった。
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