第231話 とある当主代行の苦悩
私は先行きの困難さに頭を抱えていた。
その苦悩する要因は他でもない。オルテリウス家の当主代行という大任にようやく慣れてきたと思った時分に、五歳下の従姉妹であり真の当主でもあるフィースちゃんから無理難題を持ち込まれたからだ。
私がフィースちゃんと初めて会ったのは幼少期の頃。昔は素直で可愛かったなんて事は欠片もなく、年端も行かない幼い頃から達観した子供で、モノを見るような目で人を見る子供だった。……もっとも、それはオルテリウス家の教育のせいでもある。
オルテリウス家の養育方針には人間性が無い。あちこちで子供を作っては自家の教育所に引き取り、物心が付く前から徹底的に英才教育を叩き込む。
そして精霊術が解禁される五歳の時点で精霊位階を見極め、見込みありと判断された者だけがオルテリウス家の正式な一員となる。才無しと判断されたらそこまでだ。
かく言う私は、ギリギリのギリギリだった。ピンからキリまである大精霊判定の中で、辛うじて大精霊持ちを名乗れる程度でしかない。
だからだろう、年下の従姉妹がぶっちぎり判定で次期当主レースの頂点に躍り出ても『はえーっ、すっごいなぁ』としか思わなかった。
私は当主の座なんて狙った事はない。
そこそこ楽な仕事に就いて年下の可愛い感じの男の子と結婚してノーストレスで暮らせるだけで充分だったのだ。
そんな私に転機が訪れたのは四年前。
まだまだ若かったオルテリウス家の当主が隠居を表明して、弱冠十二歳のフィースちゃんが当主になった事が切っ掛けだ。
これは明らかに異常な事態だったが、当時の私には納得しかなかった。
オルテリウス家の最高傑作。オルテリウス家が生んだ
オルテリウス家としては優秀な人材を利用して家名を上げるつもりだったのだろうが、あれほどの怪物をただの人間が都合良くコントロール出来るはずがなかったのだ。前当主が死にそうな顔で隠居を表明していた事は今でもよく覚えている。
私にとって誤算だったのは、新当主から『ぼくはまだ学生だからね。当主の職務はアイリさんに任せるよ』と当主代行を命じられた事だ。
それはまさに青天の
決して私とフィースちゃんが仲良しだった訳ではない。おそらくだが、私には野心が無いので御しやすいと考えたのだろうと思う。
私の胸中は『なんでぇ!? ていうか私もまだ学生なんですけど!』と叫びたい気持ちでいっぱいだったが、あの有無を言わさぬ強圧的な視線に逆らえるはずがない。
後ろ向きな本心を押し隠して『謹んで拝命致します』と当主代行を引き受ける事になったのだ。
それでも二足の草鞋を履いたまま学園の最終学年を乗り切り、学園卒業後にはひぃひぃ言いながら当主代行に専念していた。……いやもう、若輩者が派閥の利害調整とか胃に穴が空きますよ!
そしてそんな厳しい毎日を送っている中で、久し振りに再会したフィースちゃんに無茶振りをされてしまった。
なんでも未発見の大陸でコール少年が王を務めているからグリードガーデンとの関係調整に尽力してほしいとの事だった。
いやいやいや、ちょっと意味が分からないんですけど……と思いつつも、フィースちゃんは嘘を口にする子じゃないし嘘を吐く意味もないので信じるしかなかった。実際、私にも魔術なるものが使えたという事もある。
しかし、未発見の大陸
話に上がったコール少年の事は知っている。というかオルテリウス家の人間なら誰もが知っている。……決して触れてはならない、アンタッチャブルな存在として。
これはコール少年が猟奇殺人鬼という訳ではない。写真で見る限りではいつもニコニコしていて可愛らしい少年だ。
個人的にはドストライクなので『従姉妹だと好みのタイプも似るんだなぁ……』と初めてフィースちゃんとの血の繋がりを意識したくらいだった。
ただ、フィースちゃんが異常に執着している事が大問題だ。その事は、オリテリウス家の前当主が生贄となって証明している。
今からすれば到底考えられないが、前当主は精霊無しであるコール少年との付き合いを厳しく咎めてしまったのだ。まぁ、客観的に考えれば間違いとは言えない。
精霊至上主義のグリードガーデンでは唾棄すべき対象であり、家中の人間に交際を認めさせても他家から反発を受ける事は必定だ。友達付き合いにしても相手は選べという事なのだろう。
しかし結果として、オルテリウス家の前当主は死にそうな顔で隠居を表明して数日後には消息を絶った。
その後もコール少年と敵対した者が次々に消えていくという異常事態が発生し、全てを悟ったオルテリウス家の人間は不関与を心に誓ったのだ。
…………ともかく。フィースちゃんに命じられた事は無理難題でもやるしかない。
まず前提として、このまま座視して何も手を打たなければどうなるか? その答えは分かりきっている。
グリードガーデンという国家に対等という概念は存在しない。他国に対する扱いは、大きく分けて二種類。
不平等条約で縛って実質的な属国にするか、他国の人間を全て殲滅した上で入植するか。そして今回のケースでは、後者が選ばれる可能性が極めて高い。
その未来を避ける事はあまりにも困難だが、しかし命じられて動かない訳にはいかない…………という事で、今日の私はとある名家を訪れていた。
「オルテリウス様、ご来訪をお待ちしておりました。遠路はるばるご足労頂きありがとうございます」
「いえいえ、滅相もない。かの高名なヒルトロン城への訪問が叶って光栄です。当主代行に過ぎない私には過分な栄誉と言えましょう」
天下に名高いヒルトロン家。
一応はオルテリウス家と同じ上級貴族という事になるが、新興貴族の自家と違ってヒルトロン家は由緒正しき天上の名家だ。この案内役の従者さんでさえ私より格上の貴族という可能性もある。
そんな名家なので本来なら影も踏めないはずなのだが……フィースちゃんの『存分に利用するといい』という助言に従って連絡を取ると、あっさりと当主拝謁が実現してしまった。早くも帰りたい気持ちでいっぱいである。
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