第155話 困惑の魔族認定
僕は著しく混乱していた。
なぜか僕が『魔王』と呼ばれている。魔王が救けに来てくれると期待していた事で『救出者=魔王』という超理論が発動してしまったのだろうか? と胸中で思索したが、その考えを否定するように他の魔族たちも声を上げていた。
「おおっ、やはり魔王様であったか!」
「あたしゃ最初から分かってたよ!」
次々に歓喜の声を上げる人々。ご老人の声で確信を抱いたかのような様相だが、僕としては困惑する他なかった。
「ちょ、ちょっと待ってください。とりあえず声を落としてください。まだここは敵地ですからね」
「……おぉ、これは失礼致しました。魔王様の降臨は一族の悲願故、どうかご寛恕頂きたく存じます」
「い、いや、そもそもどうして僕が『魔王』なんですか? 僕はこの通り人族です。魔王は魔族から生まれるものでしょう?」
僕が魔王だと決定事項のようになっていたので落ち着かせるように疑義を唱える。
子供やご老人から好意的な扱いを受けるのは悪い気持ちではないが、後になって『魔王様の名を騙る不届き者め!』と罵倒されてしまうと心が苦しい。明らかな勘違いは早々に正しておくべきだろう。
「……恐れながら、御方は『魔人族』とお見受け致します。魔族たる私の魂が震えております故、御方が魔王様である事は疑いありませぬ」
ん、んん? 魔人族……? 寡聞にして知らないが、名称から察するに人族に近い魔族という事なのだろうか……?
魔族の魂が震えるとはフワフワな根拠というかブルブルな根拠だが……この疑念を抱いていない澄み切った眼の前では何も言えなくなってしまう。
『…………ふむぅ。コールが魔族で、魔王か。それならば異常な魔術にも納得がいく。いやはや、よもやコールが魔王であったとはな』
驚きの情報に興奮したのか物理的にブルブルしている王子君。極大魔術が使える事、他の魔族が認める事、魔族から生まれる事、その三つが魔王を魔王たらしめる条件だと聞いていた。
極大魔術に思い当たる節があって魔族から認められたとなれば、僕の魔王説の障害は『種族』だけという事になる。魔人族なる魔族が存在しているなら否定が難しいところだった。
「魔人族、魔人族ですか…………ま、まぁ、ともかく。その話は後にしましょう。東の漁村に船を用意しています、とりあえず安全圏まで移動する事が先決です」
気になる事は山のようにあったが、今は考察を深めている場合ではない。魔族の容姿は目立つので夜間行動は必須だ。
前もって逃亡用の船を手配しているとは言え、夜が明けない内に船まで移動しなければならない。僕の魔王説については一旦脇に置いておくべきだろう。……これは決して現実逃避ではないのだ。
「はっ。魔王様の仰せのままに」
幸いと言うべきか、魔族の皆は引いてしまうほどに素直だった。事の真偽はどうあれ、僕の魔王扱いはプラスに転んでいるようだ。
場合によっては『人族の指示になど従わんぞ!』という事態も想定していたので素直に喜ぶべきなのだろう。
僕の魔王説に困惑するカナデさん、心中で雑談を仕掛けるカイゼル君、明らかに興味津々な仲間を軽やかに流しつつ、僕たちは虜囚を解放して地上へと上がった。
「――――フィース君、お疲れ様。そっちも終わりかな?」
建物前の広場で死体処理に勤しんでいたフィース君。フィース君とエディナさんなら早々に地上階を片付けると思っていたが、意外にも地下班の方が早かったようだ。こうなると無警戒に地上へ上がったのは軽率だったかも知れない。
「うん、もうすぐ終わりだよ。宿舎の兵士たちに手間取ったから先を越されたみたいだね」
おや? もしかして宿舎で寝ていた兵士も皆殺しに……? 目撃者になり得る当直の兵士だけを始末すれば事足りたのだが…………いや、収容所の変事発覚を遅らせる為に気を効かせてくれたのだろう。警備員の夜回りの如く殺人巡回をしてくれた二人には感謝しかない。
「どうもありがとう。フィース君たちには辛い仕事を押し付けちゃったみたいだね。――エディナさんもお疲れ様です」
兵士の死体を軽く検分するだけでエディナさんの活躍は明白だった。おそらく死体処理に時間が掛かる事を想定していたのだろう、ぱっと見る限りでは兵士の大半はエディナさんが仕留めている。
そう、エディナさんが殺害してフィース君がそれを処理していたという訳だ。一時期は不仲だった二人の友情プレーには感激を禁じ得ない思いである。
「…………」
仲睦まじい二人の姿に嬉しくなって思わずニッコリすると、エディナさんは僕をじっと見ていた視線を逸らしてしまった。これは照れているだけであって嫌われている訳ではないので大丈夫だ。
そうやっていつもの自己暗示で精神の均衡を保っている内に、フィース君は積み上げていた死体の処理を全て終わらせた。
「待たせたねコール君。……それにしても、短い時間で随分と懐かれたみたいだね」
フィース君が視線を向けたのは、僕の足にしがみついている魔族の子供たち。
おそらく知らない人間に恐怖心を抱いているのだろう、フィース君の視界に入りたくないかのように僕の後ろに隠れている。僕は魔王扱いなので遠慮なく頼ってくれているようだ。
「ふふ、大丈夫だよ。このお姉さんたちは困っている人を放って置けない、三度の食事より人助けが好きな優しい人たちだから。かく言う僕も何度も助けられてるんだ」
子供ばかりかご老人たちにも怯えの感情が見えたので笑顔で安心させておく。
これまでの境遇を思えば人族に警戒してしまうのは仕方ないが、僕の仲間に限っては警戒無用なので気楽に接してほしいと思う。
フィース君とエディナさんの方も子供に懐かれている事が羨ましいのか、僕の足にひしっと抱きつく子供たちに形容し難い視線を向けているが、しばらく同じ時間を過ごせば優しい女性陣にも懐いてくれるはずだろう。
とりあえず、魔王説の事があって僕が魔族に警戒されていない事は伏せておく。
未だ敵地なので細かい話は後回しにしたいという事もあるが、僕としても魔王問題について考える時間がほしい。
今は漁村に停泊している船まで移動する事が最優先。夜道をひたすら駆けながら頭の中を整理させてもらうとしよう。
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