第125話 直伝の説得術

「――――ぼくは反対だね。現時点で戦力は充分以上に足りている。それになにより、四精を引き抜いたらコール君が責められかねない。百害あって一利なしとはこの事。彼女には即刻消えてもらうべきだよ」


 フィース君はお嬢様の加入に反対していた。もちろん感情的な理由ではない。フィース君が内に秘めている友好心は明白だが、これは僕の為に憎まれ役を買って出てくれている。彼女は何よりも僕の不利益を重要視してくれているのだ。


 結果として、関係者が揃った藪王道場では重苦しい空気が漂っていた。同席しているチーフさんなどは過呼吸で苦しそうな有様である。


 だが、エディナさんは場の空気に気圧される人ではなかった。強硬に反対するフィース君を和らげるべく、静かに小さな口を開いた。


「…………貴女が消えなさい」


 お、おおぅ、予想以上に攻撃的な姿勢だった……。どうやら受動的であっても防御的ではないらしい。これには温厚なフィース君も一触即発の様相である。


 しかしそれにしても、両者には互いに『素晴らしい女性』だと褒めちぎって前紹介しておいたのだが……この様子を見る限りでは二人の長所アピールが足りていなかったようだ。そうでなければ優しい二人に確執が生まれるはずもない。


 こうなったのは全て僕の責任だ。ここは責任を持って友好の架け橋にならねばならないだろう。


「まあまあフィース君。エディナさんは大変に義理堅い人なんだよ。些細な恩を返す為に立場を投げ打つという心意気。僕はその清廉な想いに応えたいんだ」

「……義理堅い、ね。そもそもコール君の軽挙妄動が問題だよ。取るに足らない雑輩の為に危険を侵すなんて、断じて許されない愚行だ」

「うっ、それは……すみませんでした」


 僕の為の糾弾には謝ることしかできない。

 お嬢様の同行希望で舟板の件を白状せざるを得なかったが、友人想いのフィース君が不満を抱かないはずがなかった。


 事情を話した時にはカナデさんは『むぅ』と顔を曇らせていて、フィース君は普段通りの様相だったのでセーフかと思ったが……その胸中では命を大事にしない友人に一家言あったのだ。


 しかし、弁論で劣勢に陥っても諦める訳にはいかない。エディナさんの同行を認めて歓迎した以上、僕には旅仲間を説き伏せる責務があるのだ。


「僕の為にエディナさんの加入に反対してくれる気持ちは嬉しい。でも、異世界での魔王捜しは危険と隣り合わせ。勇者があれだけ強かったという事は、魔王も想像を絶するような存在だと思う。フィース君は過剰戦力だと言うけど、戦力があり過ぎて困ることはない。――フィース君、僕はきみに掠り傷すら負ってほしくないんだ」


 僕はフィース君の澄み切った綺麗な手を握って説得する。少なからず後付けな理由だが、それでも僕の言葉に嘘はない。旅の安全性を高めるのは悪い事ではないのだ。ちなみにカナデさんとカイゼル君に関しては怪我自体が難しいので安心している。


「…………ふふっ、仕方ない。コール君にそこまで言われては否とは言えないよ」


 子供の我儘を聞くかのようにふわりと微笑むフィース君。その温かい笑顔にホッと胸を撫で下ろす。


 一時はどうなる事かと思ったが、気立ての良い友人だけあって分かってくれたようだ。よかったよかった。


 しかし、これで話は終わりではない。


 元より反対していなかったカナデさんはともかくとして……遠慮呵責なく旅の同行に反対されたからだろう、エディナさんがどこか不機嫌そうな気配を発している。


 相変わらずの無言無表情なので感情は読み取りにくいが、傍らに立つチーフさんがサウナに五時間閉じ込められたかのように汗だくになっている。僕のお嬢様診断は正しいはずだった。


「エディナさん、フィース君を責めないであげてください。彼女は僕の身を案じて憎まれ役になっていただけですから。これから僕たちは旅の仲間。運命共同体として仲睦まじくやっていきましょう」

「っ……」


 そっとエディナさんの頬に触れながら優しく語りかけると、おこ気味だったお嬢様は同意するようにびくりと身体を震わせた。


 これぞフィース君直伝の説得術。体温を伝えながら言葉の熱を伝えるという巧みの技術である。無事に功を奏したようでよかったよかった。


 ともあれ、これで全ての問題は解決した。


 些細な行き違いで紆余曲折あったが、今の僕たちは同じ方向を向いている。この揺るぎない結束があれば最良の結果を得られるはずだろう。

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