第124話 諫めない従者
「…………」
チーフさんと同じく、エディナさんも王子君への敵意は見えない。まばたきの回数が僅かに増えたので驚いてはいるようだが、僕の膝で丸くなった王子君をじぃっと見ているだけで動きはなかった。
「このカイゼル君はぷにぷにしていてずっと触れていたくなるんですよ。エディナさんも触ってみますか? まぁ、直接触ると心が読めちゃうらしいんですけどね」
僕は王子君をぎゅーっとポヨりながら提案してしまう。なんとなくエディナさんなら心を読まれる事に抵抗感を抱かない気がしたのだ。
果たして、その推測は正しかった。
心を読めると聞いてビクッと後退りしたチーフさんとは対照的に、エディナさんは何の躊躇いもなくスッと手を差し出していた。
「まったく、余をなんだと思っておるの……ぉぅおおおっ!?」
急に叫び声を上げたカイゼル君。
文句を言いながらも無抵抗で差し出された王子君だったが、お嬢様の手に触れた瞬間に激しくモニョモニョっていた。
「ど、どうしたのカイゼル君?」
「……う、うむ。いや子細ない。思考の速さに少々驚いただけである」
な、なるほど……。
意外にもエディナさんの思考は高速回転していたようだ。表面上はぼーっとしているので王子君も油断していたのだろう。
今も僕のようにぎゅーっとポヨっているが、その表情には喜怒哀楽が全く浮かんでいない。ただ、これでも内心では『ポヨポヨですわ!!』と狂喜乱舞しているのかも知れない。
「コールが山の清流ならエディナは嵐の濁流。またたく間に流れていくが故に、断片的にしか思考を読み取れぬ。しかしこれはこれで味わいがあると言えよう」
なにやらワインソムリエのような事を言い出した王子君。微妙に失礼な事を言っている気がしないでもないが、エディナさんはぎゅーっとしたまま止まっているので問題無いのだろう。そして僕の心評価が高そうなので嬉しい。
まぁ、それはともかく。これで異世界の存在を証明出来たはずなので、改めてエディナさんを説得して諦めてもらうとしよう。
「…………」
なんとなく分かっていた。分かってはいたが、やはりエディナさんの意思は変わっていなかった。
これは専属従者にも説得してもらうしかない……という事で、僕は縋るようにチーフさんに視線を向ける。
「僭越ながら、コール様に拒否権は存在しません。これは上級貴族の要望です」
なっっ!? な、なんという事だ……。主の暴挙を諫めるべき専属従者が『同行側』に付いているではないか……!
しかもここぞとばかりに貴族パワーを発揮するという有無を言わせない構え。なぜこんな話に断固とした姿勢で挑んでしまうのか。
「ちょ、ちょっと待って下さい。異世界で魔王捜しという途方もない話ですよ? 上級貴族の息女であり四精でもあるエディナさんが同行するなんて大問題です。生きて帰れるかどうかも分からないんですよ?」
「無論、覚悟の上です」
お嬢様の生死に関わる問題を即答してしまうチーフさん。お嬢様よりお嬢様の意思を伝えている。これはもうチーフさんがお嬢様なのでは?
「コールよ。当人が望むなら構わないのではないか? それに四精が職責を求められる機会は少ないと聞く。あちらの世界を優先する事は道義的に正しいと言えよう」
くっっ、カイゼル君も向こう側に付いている……。正論と言えば正論なのだが、エディナさんにむぎゅられている姿を見る限りでは懐柔されたようにしか見えない。躊躇なくタッチする人間は少ないので好感を抱いているのだろうと思う。
「…………分かりました。そこまで言ってくれるなら、僕たちと一緒に異世界に行きましょう。正直に言えば旅仲間が増える事は嬉しいです。これからよろしくお願いしますね、エディナさん」
僕は観念してエディナさんに手を差し出した。旅の仲間が増えて賑やかになる事は嬉しいし、展開次第では魔王と戦うという可能性もある。戦力拡充の意味でも諸手を挙げて歓迎すべきだろう。
エディナさんは僕の差し出した手をじぃっと見ていたが、しばらくして握手だと思い至ったのかゆっくりと手に触れた。王子君に触れる時より抵抗が見えたので若干の敗北感である。
「…………」
まぁなんにせよ、これで僕たちは友達だ。
嬉しくなってニコーッと笑い掛けると目を逸らされてしまったが、義理堅い上に王子君との相性も良いので仲良くなれるのは間違いない。
明日にでもカナデさんとフィース君と顔合わせをしよう。誰も彼も優しい人たちばかりなので、打ち解け合うことに時間は掛からないはずだろう。
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