第83話 在りし日の家族
「なるほど、死色の天修羅ですか……。もしかしてなんですが、天修羅家には鬼精霊持ちが多かったりしますか?」
「そうそう。天修羅家と言えば鬼精霊だよ」
うぅむ、これはもはや確定的だろうか。
イーオンには鬼精霊持ちが多いと聞いてはいるが、天修羅とテンシューラと家名が似通っているし、母親の形見が天修羅家の象徴と言える朱色の着物だ。
しかし、カナデさんは名の知れた家の人間だろうと思ってはいたが、まさか辺境のお婆さんが普通に知っているレベルとは思わなかった。
「カナデさんカナデさん、どう考えても天修羅家はカナデさんの血族ですよ。これで無関係という方が不自然です」
「そ、そうだろうか……?」
なぜか懐疑的な姿勢を見せるカナデさん。
不義を許さないとばかりに真っ直ぐな背筋、所作の一つ一つに感じられる上位者の気品。これらはおそらく母親の薫陶によるものだ。
着物の件を抜きにしても素養の違いを感じさせるので、名家出身という説に違和感は全くないが、当人はイーオンの名家の血族という情報に尻込みしているようだ。
「いやいや、間違いないですよ。有名な家みたいですから訪問してみましょうか?」
カナデさんは母親が亡くなっているので天涯孤独の身。僕やカイゼル君は弟分として可愛がられているが、血の繋がった家族に比べれば紛い物と言わざるを得ない。……いや、それは言い過ぎか。
僕とて血の繋がった家族は存在しない。
今になって『ワイがお前のファーザーやで!』と自称父親が現れても胡散臭さしか感じない。僕の家族は今の養父さんだけだ。
ただそれでも、天涯孤独のカナデさんが本物の家族と会えるかも知れないのなら検討してみるべきだろう。
「いや、それには及ばない。優先すべきはコールの事だ。……それに、母上は故郷の事を語りたがらなかった。私が訪問するのは望ましくない事なのかも知れない」
ああ、そういう事か……。
どうやら在りし日の母親の態度から『母親は実家と折り合いが悪かった』という可能性を懸念しているようだ。
実際のところは知る由もないが、その懸念が当たっていたらカナデさんが無下にされかねないのは確かだ。
それでもこのまま諦めていいのだろうか……? と頭を悩ませていると、頼りになるフィース君が苦悩の霧に光を照らした。
「ここで結論を出す必要はないさ。大陸に渡る船は便数が限られているから、タイミングが悪ければ数日は待たされる事になる。待ち時間に余裕があれば天修羅家について調べれば良いんじゃないかな?」
なるほど、と思わず頷く。
イーオンは後進国だけあって定期便の数が少ない。少なからず待ち期間が発生する可能性は高いので、その間に動くならお姉さんも心苦しさを感じないという訳だ。
天修羅家はイーオンでも名の知れた大家との事。腰を据えて調査しなくとも大まかな内情を調べる程度なら難しくない。
二十年ほど前に行方不明になった家人が存在しているか? ――カナデさんの母親らしき人物が存在していたかどうか、その一事を調べる程度なら難しくないはずだ。
過去に行方不明者が存在したとなれば、その人物が天修羅家でどのような立場だったのかも調べておきたい。
それで支障が無いようであれば『カナデ様のご帰還である!』と大手を振って訪問出来るという寸法だ。
「時間的な損失はなさそうですし、軽く調べてみるのもアリだと思いますが……どうですか、カナデさん?」
「……ああ。コールたちに迷惑が掛からないなら、それでいい」
僕たちの厚意を無下にする事が躊躇われたのか、カナデさんは消極的ながらも小さな笑みを浮かべてくれた。とりあえずは、これで充分だ。後はカナデさんが歓迎される土壌が形成されている事を願うばかりである。
もっとも……朱色の着物を着ている人間は珍しいとの事なので、僕たちが積極的に動かなくても天修羅家から接触を受ける可能性はある。
その意味では服を着替えて目立たないように行動すべきなのかも知れないが、何も悪くないカナデさんが人目を忍んで変装するのは引っ掛かるので提言はしない。
純真なお姉さんは形見の着物を脱ぐという発想を持っていない様子なので、このまま余計な事は言わずにイーオンの都市圏に入らせてもらうとしよう。
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