第33話 都会の常識
「――――ほいよ、ブッカ定食だ」
未知の名物に胸を踊らせながら待っていると、ついにブッカ定食がテーブルにお目見えした。
もちろん、事前にメニューの詳細を聞くような無粋な真似はしていない。どのようなメニューなのかを予想して待ち構えるのも楽しいのだ。
「むむぅ、これは……」
カナデさんがグルメ界の重鎮のような声を漏らしているが、それは奇想天外な定食が運ばれてきたからではない。僕も意外な感を抱きながら料理を分析する。
「ご飯にスープ、肉と玉ねぎの炒め物。……これはなんというか、普通の定食のように見えますね」
変わった肉を使用しているのだろうか? と考えて肉を食してみるが、塩で味付けされた普通のファングラビット肉だった。
付け合わせのスープに至っては、一般的な玉ねぎと塩のみで構成されているという徹底的に無駄を省いたオニオンスープだ。ここに名物要素が介在する余地はない。
「なるほど、なるほどな……。ありふれた料理を名物として提供するその気概、私は嫌いではないぞ」
流石は人の良いところを見つけるのが得意なカナデさん。どう考えても普通の定食に『名物』の二文字をくっつけただけの代物にも関わらず、優しくて寛大なお姉さんは慈悲深く長所を褒め称えていた。
しかし……そんなカナデさんの褒め言葉が煽っているように聞こえたのか、お爺さんは恩知らずにも言い返してしまう。
「カッ、なにがありふれた料理だ。よく見んか、青のりがかかっとるだろうが」
言われて観察してみると、確かに炒め物には青のりがかけられていた。こんな申し訳程度にかけられた青のりでオリジナリティを誇示するとは……しかも青のりはブッカの名産でもないのだ。
これは僕の選定ミスだ。店構えが寂れていた時点で予想して然るべきだったのに、王子君の初外食でガッカリ名物を提供するとは不覚という他ない。
「な、なんだぁ、このワームは!?」
そしてその王子君はお爺さんの度肝を抜いていた。だがそれも無理はない、なにしろカイゼル君の主という事になっている僕も仰天していた。
「ワームに手が生えてやがる!?」
目を離した隙にぷよぷよボディから生えている手、そのピンク色の手がスプーンを掴んでスープを
王子君はワームなので喰らいつくように食事をするものと思っていたが、まさかの『カイゼルハンド』の出現であった。
「ど、どういうこった、こりゃあ。お前さんのワームには手があんのか?」
「…………ええ、そうです、そうなんですよ。お爺さんは手のあるワームを見るのは初めてのようですね」
僕は内心の動揺を隠して笑顔で応える。
ここで僕が動転すれば不審に思われるので自然体を意識しなくてはならない。都会では手のあるワームは珍しくないというスタンスである。
それにしてもカイゼル君め……。なるべく特異性を隠すという話だったのに、当然のように異常性の塊を出現させているではないか。
「変化魔術とは便利なものだな……」
カナデさんが小声で感嘆の声を漏らす。――そう、変化魔術。カイゼル君が変化魔術で肉体を変化させているのは明白だ。
最初は外見のインパクトに意識を持っていかれたが、冷静に考えてみれば変化魔術の産物としか考えられない。しかし、これは一言文句を言ってやらねばならない。
『ちょっとちょっとカイゼル君。普通のワームのように振る舞うって話だったじゃないか』
お爺さんの前で会話をする訳にはいかないので、そっとカイゼル君に触れて内心で文句を言うという形だ。慣れてしまえば心中で話し掛けるのも難しくはない。
『ふふん、王子たる余が獣のように貪り喰らうわけにもいくまい。この程度なら誤魔化しも効くであろう』
くそぉ、カイゼル君め……。
僕が誤魔化すことになるのに開き直っているではないか。確かに、高齢のお爺さんが奇天烈な内容を吹聴しても『あっ……』と察せられそうな気がしないでもないが。
だが、しかし……食事を終えた後に『やれやれ仕方ないなぁ』と手の掛かる弟分の口元を拭き拭きしてあげようと思っていたのに、僕が兄貴風を吹かせる計画が台無しになってしまった。残念無念だ。
『本当にロクな事を考えておらぬな……』
おっと、いけないいけない。
心で会話していたせいで余計な思考まで読まれてしまった。ささやかな企みが露見してしまったので少々気恥ずかしい。まぁ、それはともかく。
『でも、カイゼル君。本当は名物料理を食べるつもりだったのに、名ばかりの名物料理になっちゃってごめんね』
記念すべき初外食を鮮烈に飾ろうと思っていたにも関わらず、結果はこの有様だ。こんな体たらくでは、将来的に学園の同窓会で幹事を務める資格はない。……そもそも同級生からハブにされている僕が同窓会に呼ばれるのだろうか?
『苦しゅうないぞコール。名物料理でなくとも、充分に美味ではないか』
僕の思考がネガティブな方向に向かう中、カイゼル君が鷹揚に許しを与えてくれた。カイゼル君がそれなりに満足してくれているのは、これまでの半生で料理を食べる機会が少なかったからなのだろうと思う。
このブッカ定食はシンプルな味付けだが、それでも普通に料理として食べられる代物ではあるのだ。難点を挙げるなら青のりが雑味になっている事くらいだろう。
…………いや、待てよ。
冷静に考えれば、この展開はそれほど悪くない。カイゼル君の初めての外食がブッカ定食。つまり、彼にとってはブッカ定食が原点の味となるのだ。
底辺からスタートすれば後は上がるだけ。むしろ最初に高クオリティの料理を食べていたら『ブッカ定食に比べれば三下同然である!』と、カイゼル君が舌の肥えたクレーマーになっていた可能性もある。
「うんうん。病み上がりの人がお粥から入るように、初めての外食は手抜きの料理から入る方がいいかも知れないね」
「うちの料理のなにが手抜きだっ!」
おっと、いかんいかん。つい内心を口に出してしまったせいで、料理人のお爺さんに怒られてしまった。
玉ねぎと塩だけで構成されているオニオンスープは手抜きとしか思えないが、それでも料理人を前にして口にする内容ではなかった。
しかもお爺さんにはカイゼル君の声は届いていないので、このままでは急に失礼な独り言を言い始めたクレーマー野郎だと思われかねない。
「失礼しました。しかし、これは間違いなく手抜き料理ではありますが……今後のハードルを下げてもらった事になりますので、決して文句を言った訳ではありません」
僕は自分の非を認められる人間。手抜き料理に思うところはあっても誠意を込めて謝罪するのは当然だ。
これにはお爺さんも「なんちゅうふてぶてしい奴だ……」と、僕の器の大きさを認めてくれていた。なんだかんだでカイゼル君も満足そうなので、結果的にはこのお店を選んで正解だったようだ。
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