第34話 勇者と魔王

 僕たちは食後にお茶をすすりながら、お爺さんと和やかに世間話をしていた。知らない間にノルドミードで指名手配されている可能性もある身分なので、こういった機会に情報収集を怠るわけにはいかないのだ。


 幸いにも官憲に目を付けられているという事態にはなっていないようだったが、お爺さんとの世間話では意外な情報が飛び出てきた。


「お前さん、知っとるか? セイントザッパの聖剣がを選んだらしいぞ」

「ゆ、勇者ですか……?」


 聖剣や勇者とは、おとぎ話に出てくるような単語だ。お爺さんは真顔で言っているので『もう高齢だからアレしちゃったのかな……?』と心配してしまったが、しかしカナデさんやカイゼル君は「ほう」と真面目に反応していた。


 僕の世界ではフィクションにしか出てこない単語だが、皆の反応からするとこの世界には勇者なるものが実在しているらしい。


『…………カイゼル君、勇者というのは誰もが常識的に知っている存在なのかな?』


 困った時のカイゼル君。僕にはこの世界の常識が欠けているが、ミスターカンニングの王子君が居れば不審感を持たれずに済むのだった。


『余が不正行為をしているように言うでない! しかし、そうか……コールは常識を知らぬのであったな』


 当然の如くカイゼル君にも僕の素性を説明しているので、この世界の常識に疎いことにも理解を示してくれているようだ。……頭を強く打ったせいで『異世界から来たと思い込んでいる』と誤解されている節はあるのだが。


 僕はお爺さんと話をしながら、同時にカイゼル君からの情報を整理していく。


 お隣の国――セイントザッパでは定期的に『選定の儀』という儀式を行い、国内外から多くの若者がそれに参加している。


 その儀式の内容は複雑なものではない。鞘に収められた聖剣を抜けるかどうか、ただそれだけだ。


 基本的には力自慢であっても聖剣が抜けるものではないらしく、数十年どころか、もう三百年近く聖剣を抜ける者は現れていなかった。しかし、前回の儀式ではついに聖剣が抜かれた――そう、聖剣に選ばれた勇者が現れたのだ。


 そして今代の勇者が現れたという事は、『勇者と対になる存在が現れた』という事でもあった。


「まったく、まさかワシが生きてる内にが出てくるとはなぁ……」


 不安そうな呟きを漏らすお爺さん。この世界に魔王が現れた時、聖剣は勇者を選ぶと言われている。


 まだ魔王の目撃情報は無いらしいが……三百年の時を置いて聖剣が抜かれたという事は、既に魔王は生まれていると考えるべきだった。


「魔王、魔王ですか……魔族の中から生まれるという話ですが、お爺さんは魔族の方と会った事はありますか?」

「はっ、あるわけないだろう。魔族と会ってたら今頃は生きておらんわ」


 お爺さんは身震いしながら吐き捨てた。人族にとって魔族は恐怖の対象らしいが、それはお爺さんも例外ではなかったようだ。


 僕の世界には獣人が存在していないが、同じように魔族という種族も存在していない。人間に獣が混じった種族が獣人であり、人間に昆虫などが混じった種族が魔族と呼ばれているので、僕の視点では獣人と魔族は似たような存在と言える。


 僕は獣人に好意的な印象を持っているので、魔族に対しても悪い感情を抱いていないが……しかし、この世界の人々が魔族を受け入れられない気持ちも理解出来る。それは他でもない、先代の魔王がもたらした被害が甚大だったからだ。


「…………三百年前の戦争では、相当な犠牲者が出たと聞きました」


 幾つもの大国が魔王率いる魔王軍によって滅ぼされ、この世界の総人口の約三分のニが犠牲になったと言われている。


 魔族の総数は昔も今も多くはない。当時の魔王軍も人族に比べれば少数だった。それでも人族が劣勢に立たされたのは、魔王が桁外れに強大な力を持っていたからだ。


「ああ、そうよ。それもこれも蛙族が生んだ怪物――『パーフェクトフロッグ』のせいだ。とんでもない化物だったらしいぞ」


 人間に蛙が混じったような種族、それが蛙族だ。外見を想像する限りでは危険な種族には思えないが、しかし戦争犠牲者の多くは一人の蛙族によるものだった。


 先代魔王、パーフェクトフロッグ。この世界では魔王は数百年に一度の間隔で現れているらしいが、先代魔王は過去に現れた魔王の中でも最凶と目されていた。


「人族を滅亡寸前にまで追いやった魔王ですか……。でも、先代の勇者はそんな恐ろしい相手を倒したんですよね? いやまったく、どちらも想像を絶してますね」


 人族の勇者が命を賭してパーフェクトフロッグを討ち、魔王を失った魔族たちを人族側が物量で押し返した。それが前回の魔王災の顛末だ。


 もっと早くに勇者が現れていれば犠牲者の数も減らせたのだろうが……聖剣は魔王が現れた後にしか抜けないので、魔王の侵攻が早すぎて勇者の選定が間に合わなかったとの事だ。総人口の六割以上が亡くなるとは返す返すも恐ろしい話である。


「まっ、なんにせよ。やっぱり魔王より勇者の方が強いってこったな」


 勇者は魔王と相討ちになったらしいので一概にどちらが強いとは言えないが、この世界の人々は勇者を信奉しているようなので水を差したりはしない。そしてお爺さんは晴れやかな顔で続ける。


「今回はもう勇者が選ばれとるからな、魔王が何もしない内にやっつけちまうかもしれんぞ」


 そう、そうなのだ。これまでは魔王の被害が出たところで勇者が見つかるというパターンだったが、今代の勇者は魔王が暴れる前に見つかっている。


 選定の儀のタイミングが絶妙に噛み合った結果なのだろうが、このような事例は過去にも例が無いらしい。……しかし、お爺さんの発言には引っ掛かるものがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る