ある日の夢の話
流石海
第一夜
夢を見ていた。
地震を知らせるアラームが鳴った。直後に建物が大きく揺れて、慌てて机の下に潜る。頭上から紙の雪崩る音が聞こえる。少し離れたところで、誰かが短く悲鳴を上げた。
揺れが小さくなる。窓越しに爆発音が聞こえた。ここにいたら死ぬと直感して、スマートフォンとモバイルバッテリーと、普段は持ち歩かない通帳の入った財布を手探りで手繰り寄せる。そしてその貴重品を抱えて、机の下から這い出て玄関まで走った。スニーカーを足に引っ掛けて外に飛び出す。ずっと遠く、夕日をバックに煙が上がっている。
燃えているのは、たぶん寺だ。知らない土地の知らない寺だった。思えば今しがた私が出てきた建物も、なんだか見覚えが無かった。年季の入った白い壁の、知らないビルだった。宿泊施設なのか住居施設なのかも分からない。周りを見れば私の他にも大勢の人が出てきていた。
炎は轟々と勢力を増していった。風向きのせいなのか、徐々にこちらへ向かって燃え広がってきている。黒い煙が風に運ばれてくる。怖くなって、私は燃える寺と反対の方向へ走って逃げた。他の大勢も私に続いた。
焦げ臭くて仕方がない。セーターの袖を伸ばして鼻を覆っても、息苦しさが増すだけだった。両腕が自由じゃないからだろうが、上手く走れなかった。足元の悪い緩やかな上り坂を、転びそうになりながら、ひたすら真っ直ぐに進んだ。
黒い煙がついに私に追いつく。視界が悪くなった。気付けば空は曇り、炎越しの太陽も見えなくなっていた。
走って辿り着いた先は、殺風景で小さな山だった。知らぬ間に頂上まで登っていた。地面はやや乾いた土と枯葉に覆われ、ぽつりぽつりと痩せた灰色の木が生えている。同じように走っていたはずの人々は、なぜか半分くらいに減っていた。残っている人のほとんどが男だった。
このまま山を越えて良いものか迷った。何より、先の道が見えないのが嫌だった。暗いことしか分からないのだ。一度しっかり立ち止まって息を整える。何人かの命知らずは私を追い越して山を下りていった。
下りるのを躊躇して立ち止まった他の人たちは、普段と変わらない温度感で、世間話でもするように困った困ったと言い合っている。線香の火が消えなくて火事になった、と馬鹿げた話が耳に入った。
再び遠くから爆発音がした。最初の爆発とは違う方角から、二回連続で音が鳴った。すぐに遠くで炎が上がる。ようやく辿り着いたらしい消防車のサイレンが人々の喧騒に混ざって、余計に騒々しくなった。
そんな中で、奇跡と言おうか見覚えのある人影を視界に捉えた。小型のドローンを頭上の狭いスペースで操り、火事のことなんて知らないような顔で笑う彼は、同じバイト先に務める一つ年上の先輩だ。声を掛けるべきか迷っていると、向こうが気付いて右手を上げ、私を手招きした。
先輩は大きなトランシーバーのようなものを持ち、バトルゲームでもするときのようにカチャカチャと指を動かしていた。どうやらそれがドローンのコントローラーであるらしい。彼は聞いてもいないドローンの操作方法を能天気に語っている。
突然、またどこか遠くで爆発音がした。先輩がコントローラーの中央にある赤いボタンを押したのと、ほぼ同時だった。不審に思って、横から手を伸ばして恐る恐るその赤いボタンを押した。すると、やはり別のところで爆発が起こった。
いつの間にか数人の男たちに四方を囲まれていた。度重なる爆発のせいなのか単に日が落ちただけなのか分からないが、景色は随分と暗くなっていた。私は隣の先輩から大袈裟に離れたあと、何かを誤魔化すようにキョロキョロと周りを見た。私たちの正面に立つ細身の男がゆっくりと歩み寄ってくる。
男は柔らかい金髪を風に靡かせ、目を細めて穏やかに微笑んだ。昔好きだった少女漫画のキャラクターに似ていて、微かに胸が鳴った。
男は先輩の目の前で立ち止まり、先輩の持っていたコントローラーを、片手でひょいと取り上げた。すると、先輩は何かを叫んで男に掴みかかった。男は微笑みを少しも崩さないまま、そのコントローラーを背中に隠した。
すぐに男の背中の辺りから、プラスチックの割れる音が聞こえる。その握力に驚いたと同時に、証拠を消したところで何も解決しないと思った。ドローンが飛ぶ音は聞こえなくなった。
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