6◇名前で
ディオニスほどの技術があれば、自分以外を一緒に転移魔法で運ぶことも可能である。
荷物を持ったアンネリーゼにとってこの移動方法は有難いだろうと思った。
それなのに、ディオニスの屋敷に着地した途端、アンネリーゼは足元が覚束ずによろめいた。ディオニスはとっさに手を伸ばし、肩を支える。
――これは不必要に触れたのではない。転倒を防いだのだ。
「ご、ごめんなさい。びっくりしてしまって」
一瞬で耳まで赤くなっていた。こんなに
惚れられても面倒だ。
色恋が絡んでしまうと、ディオニスにふられた途端にライエ名誉教授にあることないこと報告される可能性がある。それは避けたい。
かといって冷たくあしらったら失格になってしまう。さじ加減が非常に難しい。
「転移魔法は初めてだったのか? だったら驚かせてすまなかった」
とにかく――気遣い、気遣い、とディオニスは普段の自分からはかけ離れた言動を取る。
笑顔と優しい言葉。
少し疲れるけれど、これも課題だから。
「いえ、シュペングラー卿は優秀な魔法使いだとフリーデル様からお聞きしています。私が無知なだけで……」
アンネリーゼの言葉は柔らかく、口調も優しい。生まれてこの方怒ったことなどないような印象を受けた。
ここでふと、図々しいクラスメイトのコーネルのことを思い出した。許可していないのに、あれから勝手に名前で呼んでくるのだ。
不愉快だが、これは使えるかもしれない。
「シュペングラー卿っていうのはやめて名前で呼んでくれていい」
本当は嫌だけれど、アンネリーゼの機嫌を取るためには仕方がない。
やはりアンネリーゼは驚いたように口元を押さえた。
「えっ、そんな恐れ多い……」
「気にしなくていい。しばらくはうちにいるんだから」
もっと喜ぶかと思えば、アンネリーゼは困惑しきりだった。
「……ディオニス様」
「うん」
「では、私のことはアンとお呼びください」
「わかった。そうする」
にこやかに答えた。
けれど、アンネリーゼ――アンはやはり緊張している様子だった。
ライエ名誉教授がどんな説明をしたのかは聞き出せないが、まさか取って食われる心配でもしているのだろうか。だとしたら身の程を知れと思う。
嫌がる表情筋に無理をさせ、ディオニスは笑顔を保ったまま屋敷の中へ入った。
「おかえりなさいませ、旦那様」
十体の自動人形がこの屋敷で稼働している。アン一人くらい増えたところで困らないだろう。
頭を下げてズラリと並ぶ人形たちの間を抜ける。アンには人形たちが人間に見えたのか、自動人形を見慣れていないのか戸惑っていた。
「彼女を部屋へ案内するんだ。食事は二時間後、二人分用意しろ」
「畏まりました」
そうして、アンに向けて告げる。
「一緒に食事を取ろう。二時間後に部屋まで迎えをやるから、それまでゆっくりするといい」
「あ、ありがとうございます」
アンはやはり緊張している。
二時間ゆっくりさせてやろうという配慮。気遣いはちゃんとできている。
ディオニス自身がゆっくりしたかっただけかもしれない。
アンはなんの脅威でもないけれど、気は抜けないのだ。
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