4◇課題内容と禁止事項
ディオニスは、ボールを投げられた犬のごとくライエ名誉教授の言葉に飛びついた。
「課題、ですか? それをクリアしたら回復魔法が使えるようになりますか?」
「なるかもしれないし、ならないかもしれないといったところですね。それでもやりますか?」
「やります」
即答する。
どんな内容でも構わない。この現状を変えられるのなら。
ライエ名誉教授は、最初から答えを知っていたかのように微笑んだ。
「あなたは傲慢で性格こそ悪いですが、ゲスとまでは言えません。まだ見込みはあります」
「…………」
よくこんなに遠慮なく言えたものだとは思うが、仕方がない。これも試練だと考えてグッと我慢する。
「具体的には何をすればよいのでしょう?」
「慈しみの心を知るための課題です。他者を思い遣る心を学ぶため、他人と暮らしてみるとよいでしょう」
「た、他人と?」
正直に言って、冷や汗が出るくらい嫌だった。
それでも、ライエの顔には『嫌なら断ってもいいんですよ』と書いてあるように見えた。
「……やります。期間はどの程度ですか?」
「それは様子を見ながら決めましょう。ただし、気の利かないあなたは不用意に相手を傷つけてしまうことが多くあるはずです。それが続けば相手は心を閉ざします。そうなればあなたが学べることはありません。ですから――」
ライエはここで初めて立ち上がってアンティーク調の棚へ歩み寄ると、ガラス戸を開けて中から平たい宝石箱のようなものを取り出した。
それをディオニスに向けて蓋を開ける。
中に入っていたのは、六個の飾り砂糖だった。スミレやバラの花飾りのついた角砂糖が、それこそ宝石のように並んでいる。
「もし相手を傷つけた時には心を癒す効果のあるこの砂糖を使ってもよいとしましょう。すべて使いきったら失格ですが、ひとつでも残っていればあとは何個使っても構いません。これはあなたのためではなく、相手のための処置ですね」
性格の悪いディオニスに付き合わされる相手が可哀想で仕方がないらしい。
そこまで性格が悪いとは知らなかった。少し落ち込みそうになる。
「わ、わかりました。頂きます。それで、その相手はどこの誰ですか?」
「それであなたの態度が変わるといけませんから、どこの誰かという素性も秘密にしておきましょう。あなたよりも強い人間では意味がありませんし、か弱い女性ですね」
「え? 女性?」
面倒くさいなと思った。
女たちは顔がよくて優秀で伯爵位を持つディオニスにまとわりつき、媚びるのだ。ねっとりとつきまとわれると、鬱陶しくて疲れてしまう。
ライエ名誉教授は少し首を傾げたかと思うと、机に座って眼鏡をかけ、サラサラと何かを書き始めた。それをディオニスに笑顔で差し出す。
「これが禁止事項です」
「…………」
それを読み、自分は本気で信用がないのだな、と思った。
【禁止事項】
その一『理由なくむやみに体に触れない』
その二『大声を上げて恫喝しない』
その三『人格を否定する言動を取らない』
その四『着替え等の覗き行為を禁ずる』
その五『性交渉厳禁』
その六『期間中の外泊は避ける』
その七『課題内容を当人を含めた誰にも話してはならない』
その八『彼女の過去を詮索しない』
その九『どんなことからも彼女を護る義務を課す』
「言っておきますが、女には不自由しておりません。手なんか出しませんよ」
ここへ来て傷つきっぱなしのプライドを奮い立たせてディオニスは言い返した。
ライエ名誉教授は笑顔を見せつつも目が笑っていない。
「あなたが彼女を大切に大切に扱うことを願っています」
「…………はい」
これが課題なのだ。
その女性からライエに報告が行くのか、それともディオニス自身の回復魔法の上達ぶりを見るのかはわからないけれど、これは課題。相手がどんなわがまま娘であろうと、耐え抜いてみせよう。
「彼女の名前はアンネリーゼ。とても心優しい娘さんですからね」
アンネリーゼ。
名前だけ聞いてもピンと来なかった。
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