2◇転落
このクラス分けを認めないとこれ以上騒ぎ立てても、それなら自主退学を選択するように言い渡されるだけだろう。
この学校は規律が厳しい。
優秀で礼節を知る者しか卒業できず、だからこそ卒業生は箔がついて一人前と認められるのだ。
ディオニスは将来のために退学や中退は避けねばならなかった。
挫折という汚点は一生消えない。
爵位と領地があれば生活には困らないが、貴族でありながら退学なんてことになったら余計に立場がない。
屈辱であろうとも、卒業はせねばならなかった。
とはいえ目の前が真っ白で、絶望に片足を突っ込んだ気分だ。それがフラフラとした足取りに出ている。
四年生のための校舎は学校の敷地の南にあり、一見すると塔のようになっている。それぞれの学年の校舎が分けられているのだ。
どの学年も共通してCクラスは一階。他のクラスから見下ろされる一番下だ。わかりやす過ぎる。
ディオニスが教室のマホガニー材の扉を開けると、クラスがざわついた。
腹が立つので誰にも目を向けなかった。Cクラスなんて馬鹿の集まりだから、誰とも話なんて合わない。
その馬鹿とひとくくりにされる自分――。
シンプルだが洒落たステンドグラスが嵌め込まれた窓側の机には、間違いなくディオニスの名が書かれたプレートが立てられていた。
その席にドカリと座ると、苛立ち紛れにプレートを伏せた。人生初めての挫折に胸が抉られる。
それなのに、空気を読めない人間がいた。
「シュペングラー卿、本当にCクラスなんだね。こうして机を並べることになるなんて思いもしなかったなぁ」
妙に間延びした声で話しかけたきたのは、ひょろ長い青年だった。
垂れ目で、いかにもお人よしといった顔立ち。ボサボサの栗毛。
嫌味で言ったわけではないらしい。
ニコニコニコニコ、殴ってやりたいほど嬉しそうに笑っている。
無視したが、それでも怯まずに話しかけてきた。
「僕はコーネル・フィッシャー。三年間同学年だったけど、下から数えた方がいいような僕のことなんて知らないだろうから、一応名乗っておくよ」
知らないし、興味もない。フイッと顔を背けた。
他の生徒たちはビクついて近寄りもしないのに、このコーネル・フィッシャーだけは少しも気後れした様子がない。しかし、この男の魔力はそれこそカスだった。よく入学できたものだ。
「あのさ、僕のことはコーネルでいいから。僕もディオニスって呼ばせてもらうし」
「はぁ?」
「やっぱりそうしないと」
「何が?」
「僕は、友達のことは名前で呼ぶ主義なんだ」
「と…………っ」
ゾワッと鳥肌が立った。
――無理だ。やっぱり、こんなところにはいられない。
受けつけないにもほどがある。友達というのは、同類がなるものだ。
こんなのと友達とか、無理――。
ディオニスはこの安っぽい男と同類のつもりはない。石ころとダイヤモンドが宝石箱の中で一緒に並べられるわけがないのだ。この男にはそれがわからないらしい。
ディオニスは疲れ果てて机に突っ伏したが、コーネルは勝手にベラベラ喋り倒した。
貧乏准男爵の長男、底辺でも一応卒業できたらいいかなと思ってる――だそうだ。
ディオニスはこういう覇気のない人間が大嫌いだった。こんなのと一年もいたら発狂してしまう。
それならどうすべきか。できることは何か。
――回復魔法の適性をどうにかしなくてはならない。苦手だなんて言ってはいられないのだ。
自分のための努力ならばどれだけだってしてやる。
それがディオニスという人間だった。
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