6⃣ sugars ~ある魔法使いの試練~

五十鈴りく

1◇ディオニス・シュペングラー

『お前は誰にも負けてはならない。常に完璧でありなさい』


 父の言葉は呪いのように、五歳の子供の心に刻まれた。

 以後、ディオニス・シュペングラーは弱点、欠点というものを自分に認めなかった。


 このアウレール王国で唯一魔法を必須科目とした学府である、王立レーヴェンガルト魔法学校始まって以来の逸材と謳われ、十六歳で入学して以来の三年間、他者の追随を許さず満点で首位を独走し続けていた。


『――また首位はシュペングラーか。あいつ、実技も筆記も失点なしなんだろ? あんなの、勝てる気がしないよ』

『あいつと同学年なんてついてないな』


 そう、ディオニスにとって同級生は赤ん坊ほど無能に見えた。対等に付き合える人間はいない。


 優秀で孤高。それを当然だと思っていた。

 馬鹿は害悪だ。噂話も薄く笑って振り払う。


 癖のない砂色の髪、淡い緑の目を持つ優美な顔立ち、均整の取れた体つき。

 容姿にも恵まれていて、二年前に父親が亡くなったがために爵位を継いだ若き伯爵でもある。


 常に完璧であれと父に言い渡されてから、ディオニスはその約束をずっと守り抜いていた。

 ――ついこの間までは。



 この春になって、進級試験が行われた。

 ディオニスは最高学年の四年生になるのだ。


 この学校においてはどんなに優秀な生徒にも飛び級制度は適応されない。卒業するには地道に四年間かけて通わなくてはならないのだ。

 一年生で基礎、二年生で簡易魔法、三年生で元素魔法を扱う。そして、四年生は傷を癒す回復魔法。


 進級試験ではその一年で学ぶ魔法の適性を調べ、それによってクラスを振り分ける。Sを始めとし、A、B、Cとあり、ディオニスは当然ながら、三年間Sクラスだった。


 優秀なはずのSクラスの担任ですら生徒であるディオニスには敵わず、何かにつけて教えにくそうにしていて、それを腹の底ではわらっていた――のだが。

 それがいけなかったのか、何がいけなかったのか。



「……嘘だろ?」


 掲示板に張り出された、各学年のクラス分け。

 Sクラスにディオニスの名はなく、だからといってAでもない。

 Bなんてこともなく――。


 記載漏れかと眉を顰めつつ目で追っていくと、あったのだ。ディオニスの名が、Cクラスに。


 思わず苦笑してしまった。こんなリストひとつ間違えず、まともに作れない教員がいるのだと。


 掲示板を眺めている同級生たちがざわつく。ディオニスは不愉快になってそこから離れた。あれでは本当にディオニスが劣等生クラスに入れられたように見える。困ったものだ。


「余計な手間をかけさせやがって」


 制服である金の縁取りがついた漆黒のローブを翻し、ぼやきながら職員室へ向かう。すると、つい最近まで担任だったメルダースに遭遇した。中年で黒縁メガネのパッとしない風貌だが、教員試験に受かっただけあって魔力はそこそこだ。


 ディオニスは内心では怒り心頭だった。しかし、ここは大人げなく喚かずゆとりを見せておこう。微笑を浮べてメルダースに声をかける。


「先生、掲示板に誤りがありましたよ」


 すると、メルダースは呆れたように大きく首を振った。腹の立つ仕草だ。


「クラス分けのことなら、君は間違いなくCクラスだ。非常に残念だよ」

「はぁ?」


 メルダースがおかしなことを言うから、つい変な声を上げてしまった。メルダースの苦りきった表情は、馬鹿にしているのではなく本気で残念だと思っているように見えた。

 ディオニスに向ける視線が、この間まで見せていた畏敬から失望に変わっている。


「私も驚いたよ。人並み外れた魔力値と技術、知識、どれをとっても一級品だった君が、どうして回復魔法に関してだけカス――いや、低能なのか」


 言い直す必要があったのか、結局ひどい言い草だ。もう喚いては大人げないとは言っていられない。


「カスって、どういうことですかっ?」

「まったく適性がない。ゼロ。ということだ」

「ぐっ……」


 メルダースは非常に正直な人間だったらしい。この間までの賞賛も今の失望も心からである。


「筆記に関しては完璧だった。だから進級できた。一年通えば卒業はできるだろう。現在、君の机はCクラスにしか用意されていない。よって、Cクラスで頑張りたまえ」


 その場合、卒業はできるが、実技の結果がカスでは首席卒業は無理だということらしい。


 完璧であり続けたディオニスにとって、それは受け入れがたい現実である。

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2024年11月30日 17:00

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