受け入れるのは、好きだから

ようよう

ないしょ

 雷鳴が轟く豪雨の中、私は一番の友達、しずくを呼び出していた。正確に言えば、呼び出したのは雨が降る前なのだが。

 朝の天気予報では一日晴れ時々曇りの予報だっただけに、このゲリラ豪雨は想定外だった。

 申し訳ないとも思ったが、私から呼び出しておいて今更来なくていいなんて言えるはずもなく、ただ窓の外を眺め不安に駆られながらインターホンが鳴るのを待っていた。


 しばらくすると、インターホンが鳴った。聞き慣れたはずのその音はいつもより弱々しく聞こえ、私は部屋を飛び出し、玄関を開けた。そこには雨にできるだけ濡れないよう走ってきたのか、肩で息をしながらずぶ濡れになった雫が立っていた。


「ごめんね、こんな雨の中。とりあえず中入って」

「それで、今日はなんで呼び出したりしたの?」


 なんの用件も伝えず、来て、とだけ言った私に二つ返事で来てくれた彼女は、そんな当然の疑問を口にした。けれど私はそれに答えるつもりなどなかった。


「とりあえず、そんなずぶ濡れじゃ風邪引いちゃうでしょ。今家誰もいないから、タオル持ってくるから服脱いで待ってて」


 元より用件など何も無かったのだ。ただ雫に会いたい。そう思ったが故の行動。

 こういう時は私の方から向かうのが筋というものだが、生憎私は彼女の家を知らない。一方で彼女は私の家を知っているのだからこうなってしまうのは必然だった。


 けれど、私はそれを口にはしなかった。私たちは恋人同士でも何でもない、ただの友達だ。ただの友達に、会いたいから家に来て、などと言うのはおかしな話ではないだろうか。


 そんなことを考えながらタオルを持って玄関に行くと、雫はずぶ濡れだった服を脱ぎ捨て、上下白のシンプルな下着を着けただけの姿になっていた。


 それを目にした瞬間私の心臓が、ドクン、と跳ね打った。


 普段体育などの着替えでそれに近い姿を見ているはずなのに、私の鼓動はドクドクと脈打っていた。

 雨に降られてしっとりと湿った素肌に、雨に濡れた長く綺麗で艶やかな黒髪が私の鼓動をいっそう加速させる。そんな目で見るつもりなど到底なかったのに、どうしても意識してしまう。


「はいこれタオル。拭いたら私の部屋来て」


 と、なるべく彼女の体を目に入れないようにしながらタオルを押し付けて言い、踵を返して自室へと戻った。

 

 そそくさと部屋に戻った私は、着替えを机の上に置いてベッドに腰かけた。雫は何の恥じらいもなく脱いだままの姿を見せてくるから心臓に悪い。

 少ししてタオルを持った彼女が部屋に入ってきた。


「着替え、そこ置いといたから」


 雫を直接見ないように着替えを指さして言うと彼女は、ありがとう、と一言だけ言って用意した服を着始めた。

 しかし、なぜだか彼女は私の用意したTシャツしか着ずに私の隣に腰かけた。


「な、なんで上だけなの? 下も履いてよ」

「今私たちしかいないんでしょ? 着るのめんどくさいし、このままでいいじゃん」


 冗談で言っていないのはその声色でわかる。短くはない私たちの付き合いだ、わかってしまう。どうして今日に限ってそんなに私の欲情を煽ってしまうのか。雫にその気はなくとも、今の私には十分すぎるほど刺激的だった。


「よくない」


 そう呟き、雫をベッドに押し倒した。彼女はきょとんとした表情で私の目を見つめる。

 私はゆっくりと右手をTシャツの中に入れ、腰からお腹へと指を這わせた。雨に濡れ冷たくなった雫の素肌が私の体温で温められ、溶け合っていくようだった。


 ようやく状況を理解したのか、彼女は顔をそむけながらもまだ抵抗することはなかった。

 それならばとお腹にあった右手を少し上にあげ、心臓の前まで持っていった。トクトク、と少し早くなった鼓動が右手を伝って私の中に響いた。

 今度は顔を雫の首元へ持っていった。かすかに残ったシャンプーと汗の混じった匂いが私の鼻をくすぐる。それに釣られるかのように雫の首に私の唇が触れた。そのまま舌を這わせ、彼女の様子を窺う。


「……っ、ちょっとあかね、やめ、くすぐった……」


 私の肩を押して抵抗のそぶりを見せるも本気で抵抗する気はないのか、その力は限りなく弱く、ただ手を添えるだけになっていた。


 今度は雫の頬に手を添え、親指を唇にそっと触れた。少しだけ荒くなった彼女の息遣いが聞こえてくる。


「今度は何するつもり…?」

「言わなきゃわかんない?」


 雫は最初から分かっていたかのように目を閉じ、私の次の行動を待っていた。徐々に綺麗に整った彼女の顔が近づいていく。もう少し見ていたい気もするけれど、その気持ちをグッと抑え私も目を閉じた。


 唇にやわらかい感触が当たった。

 それは少しあたたかくて、なんというか、気持ちのいいものだった。

 


 数分か、あるいは数十秒だったかもしれない、その瞬間を惜しむように顔を上げると、頬を少し赤らめた雫と目が合った。

 すると彼女は少し微笑み、私の髪を撫でさっき私がしたように頬に手を添えた。


「ねぇ、もう一回」

 

 言われるがまま私は目を瞑り、もう一度口づけを交わす。今度はしっかりと雫の体温が伝わってきて、私は彼女の上で溶けてしまいそうだった。ドクドクといっそう早くなった鼓動が鳴り響く。この心音が誰のものかはわからない。けれど、雫のものであってほしいと思った。


 少し開いた雫の唇から吐息が漏れ出す。私はそれを塞ぐように舌を這わせた。すると彼女もそれに応えるかのように舌を絡めてくる。それと同時に服の袖がキュッと強く握られた。私はその手を掴んで上へ持っていき、指を絡ませ握りしめた。同様に彼女も強く握り返してくる。


 どれくらいこうしていただろう。互いに求め合っていくうち、雫の漏れ出す吐息がだんだんと甘くとろけていった。私はそんな艶かしい声を頭の中で反芻しながら、理性という扉が開かれていくのを抑えられなかった———



 さっきまで真っ黒に染まった空から降り出した雨が窓に激しく打ち付けられていたというのに、今ではその片鱗を一切見せない綺麗な茜色の空が広がっていた。


 私の隣では雫がスヤスヤと眠っている。一人用のベッドに二人で寝るのはさすがに窮屈だったが、今の私にはそれが心地よかった。

 体を起こしベッドを降りようとすると、今となってはただの布切れになってしまった白い下着と私が貸したTシャツが床に散乱していた。


 なんとなく体をひねり、無防備になった綺麗な寝顔の口……ではなくおでこにキスをした。

 あんなことまでしておいて何を今更恥ずかしがっているのだと自分にツッコんでいると、雫も目を覚ました。


「んん……」

「あ、ごめん、起こしちゃった?」

「ん…? ううん、大丈夫」

「それよりさ茜、今日なんで呼んだの?」

 

 さっき私が曖昧にしたせいか、彼女はそんなことを聞いてくる。何と言って誤魔化そうかと言葉に詰まっていると、ねぇなんで? と催促してくる。良い言い訳も思いつかなかった私は誤魔化すのを諦めた。

 

「ないしょ」


 誤魔化すのは諦めたが、私の心の中まで晒すのはなんか嫌だったのでそう言った。

 その代わりにこの話を掘り下げられたくなかった私は別の話題を振って話を逸らすことにした。


「そんなことより、なんで抵抗しなかったの? いくらでも逃げれたよね」


 すると雫は人差し指を顎に置いて考えるそぶりを見せ、いたずらな笑顔でこう言った。


「ないしょ」

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