戦い

 半狂乱になったレイチェルの腕を、誰かが乱暴に引っ張った。振り向くとアレックスだった。アレックスの手にはショットガンが握られていて、起き上がった羊男に何度も発砲した。


 羊男は多数の銃弾により再び倒れた。アレックスはショットガンを投げ捨てると、うつ伏せに倒れたキティの背中を足で押さえて、刺さったナイフを引き抜いた。


 まるで噴水のようにキティの背中から血が吹きだす。あまりの光景に、レイチェルは泣き叫んだ。


 キティの出血はすぐさま止まり、彼女は何事もなかったようにむくりと起き上がった。


「大丈夫だよ?レイチェル。あたしのケガはもう治った」


 キティはとびきりの笑顔でレイチェルに笑いかけてくれた。レイチェルはぐずぐず泣きながら何とか返事をしようとしたが、うまくいかなかった。


 動きが止まってしまったレイチェルとキティに、アレックスの激しい声が飛ぶ。


「レイチェル!キティ!ぼうっとしない!羊男は回復力がものすごく早い、プランCに変更!」


 レイチェルは口を引き締めうなずいた。レイチェルたちは殺人鬼に遭遇した場合、あらゆる対抗手段をたてていた。プランCとは、相手を拘束して戦闘不能にするのだ。アレックスは何もないところからボウガンを取り出した。


 ただのボウガンではない、フィッシングに使うボウガンだ。ボウガンの弓矢のはしには、ワイヤーがついている。海の巨大な魚に撃ち込むためのものだ。


 アレックスはボウガンをレイチェルに投げてよこした。レイチェルが受け取ると、アレックスも自分用のボウガンを取り出した。


 レイチェルは羊男に向けてボウガンを構える。羊男は体勢を立て直すと、奇声をあげてレイチェルに向かって来た。


 レイチェルは自身の身体に念動力をかけて、フワリと空中に浮いた。レイチェルの射撃の腕はかなり怪しいので、できるだけ標的に近づかなければいけない。


 レイチェルは空中からボウガンの矢を放った。矢は見事羊男の胸に突き刺さった。レイチェルは思わずやった、と叫んだ。


 その直後、何本もの弓矢が羊男に突き刺さった。アレックスの矢だ。空中にいるレイチェルに、アレックスの声が響く。


「レイチェル!早く!羊男を固定するの!」


 レイチェルはハッとしてから、矢につながっているワイヤーの先を見た。ワイヤーの先は輪っかになっていて、輪っかにペグを入れて地面に打ち込めば、羊男を地面に固定する事ができるのだ。


 レイチェルはポケットからペグを取り出すと、念動力でペグを地面に埋め込もうとした。


 だが羊男は、ワイヤーのついた矢が刺さった状態のまま暴れまわる。アレックスは固定をいったんあきらめ、ボウガンからショットガンに持ち替えて、羊男を撃った。


 アレックスの弾丸は羊男の両足を撃ち抜き、羊男は仰向けに倒れた。今だ。レイチェルは羊男の身体に刺さったワイヤーの先すべてにペグを入れた。ペグに念動力をかけると、ペグは勢いよくワイヤーを引っ張った。


 羊男はまるで昆虫標本のように地面に貼り付けられた。レイチェルが一仕事終えて一息ついていると、キティがゼィゼィ言いながら何かを運んで来た。


 キティの腰までありそうなガソリンのタンクだ。レイチェルはキティに駆け寄ってガソリンタンクを受け取る。そのまま羊男の側まで行こうとすると、アレックスに止められた。


 レイチェルはうなずいてタンクのふたを外すと、念動力でタンクを持ち上げた。タンクは羊男の上にくると、逆さまになり、バシャリとガソリンをぶちまけた。辺りにガソリンの刺激臭が充満する。


 レイチェルはポケットから使い捨てライターを取り出すと、着火したまま念動力を込めた。


 ライターは小さな火を灯しながら、ホタルのようにフワフワと飛んで行き、羊男の身体に止まった。直後、激しい火柱があがった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る