ドン・プロタジオ渡海記
@kinoshita1992
序
「
初老な男、朱魯璵は儒服を身につけて、低くて、優雅な音が朱の大門前にそう言った。
「国姓爺を、お目通り願い奉りまする」
門前に侍る衛兵たちに伝えた暫く、朱の大門が開いた。
「待っておりました、朱殿。こちらへ。」
この屋敷の側近へ導いて、朱魯璵は長い廊下に歩いている。
(ここに来るのは何度でも不慣れなものだ)
彼は心にそう思っている。
長い廊下、紙で敷いた門と窓、漆喰を施すと思わせる太くて重厚な板木床、武骨と力強い感じが漂っている。中国の
もちろん、老儒者は倭へ行ったことがないが、この厦門は商業都市故、倭国の密貿易商人が時々ここに来たから、それらの人から色々な知らせを聞いた。
そう思いながら、二人はまた襖の前に止まった。
「殿、朱魯璵殿を連れて参りました」
側近は流暢な倭言葉で言上した。多分、この人も「あっち」の人間だろう?鄭軍には倭人が多くいるという事をよく知っている魯璵にはそこまで驚くことはない。
襖には壮大な襖絵を描いた。荒波に幾艘な唐船を乗っている。白い浪花に乗せる船の上に人々に乗って、荷物を詰めていて、分からない彼方へ向かっている。その人々を何が見ているか?この襖絵を見る魯璵を、この絵は自分これからの運命を告げると思わせる。
「通せ」
渋い音が襖の内側に響きながら、障子が開く。
中に入ると、また異様な光景である。
竹の簾を巻き上げるこの広間も同じ板木床を敷いている。その床に、倭の服を着る二人が胡坐している。二人の真ん中に、畳を作った、一段高い上段。
あの人がいる。
錦の袍を身に纏うこの男は目が細い。やや長い、漢人とちょっと離れる顔を持つ、色白な彼は武将とは向いてない。こんな優男は、朝廷で官僚を務めるとか、文士となり、楼閣に詩を詠む方がもっと似合うと、朱魯璵は何度も思った。
こんな男まで戦場に踏み入れたのは、明の終わりの証、世も末じゃ。
「待っておるぞ、魯璵殿」
と、男、
「今回用件が求めると聞き、参上仕りました」
魯璵は手を拱く、鄭成功を挨拶しました。
「その用件を話す前に、」
鄭成功をそばに立つと
「南京の件、誠に口惜しいことだった。」
「それは……」
煌めく刀身を見て、水を流れるような刃を拭く成功は、顔をやや曇った。今この人、何を考えているか?魯璵は知る由もない。
朱魯璵と鄭成功は同じ南明の人間である。
十三年前、崇禎十七年(1644年)、中国の明朝は、滅亡した。
経済の不況と満洲へ南下した満人で建立した新国家―清の騒擾で、国を乱れついに流民を蜂起して、その魁、李自成の手で、滅ぼってしまった。
だが、その李自成も長く続けず、清国に北京を追い出され、天下は異族のものとなった。
朱魯璵と鄭成功の父、鄭芝龍などの明遺臣が明国再興のため、華南を中心に「明政権」を再興し、その南明の正統を奉じて、清と戦う。
「だが、父上が裏切った」
かつて倭から東南アジアまで、七つの海を手にした海賊王、鄭芝龍は、恩賞のために、南明を裏切った。
「所詮父上は海賊だろう、忠義など知る人ではない。だが、父上を失った朝廷は、さらに弱くなった。その時、儂は決めた。自分の手で、自分の道を歩み続ける。これより先は、親に会えば親を殺し、仏に会えば仏を殺す、という善悪を超えた不退転の決意が肝要である」
修羅の道を踏みいれた鄭成功は父の根拠地、厦門島を奇襲し、従兄弟達を殺し、鄭一族の武力を掌握した。その武力で北伐軍を興し、連戦連勝の勢いで南京へ快進撃した。
だが、嵐のせいか?あるいは南京の壁は厚い故か?
この攻勢にて鄭成功は清の反撃を受け、敗北を喫した。
「南無三、紅が数多流れてしまった…」
鄭成功は嘆いた。
「ねぇ、先生、何でわしは失敗しました?武略か?人望か?それども、わしは和でもない、唐でもない和藤内でございます?」
成功の目が細く、だが鋭く朱魯璵を見つめる。その心まで射抜く目差しは次その手に握る刀を朱魯璵へ斬りかかろうと思うくらいです。
「恐れながら申し上げます…」
敵は一枚二枚上手ならまだしも、南京攻略戦は鄭成功一人だけで戦うので、ただでさえ強い敵、清とは、孤軍には戦えまい。と朱魯璵を言った。
「国姓爺様は元々武将ではありませんぬ。強い武人を味方し、人望をあげ他の勢力と仲間にしないと、反清復明の大望など夢のまた夢と存じます。」
「武将ではない…かぁ」
彼がつぶやいた。
「ですが、先生の言うことは、ごもっともと思う」
このために、わしのこの身を存分に使ってもらおう。先から気を萎えた鄭成功は、突然目が光っている。
朱魯璵の背中はゾッとする。
(元々、彼はこのことを話すために、わしをここに呼ぼうとするではござらんか?)
そんな読みが朱魯璵の心にふと過った。
「儒者、朱魯璵よ。お願いしたい儀がある。わしの名、国姓爺和藤内の名をかけて、日本へ乞師せよ!」
「はい~」
やっぱりか。前から朱魯璵はそういう日がくるのは予想した。
先年、鄭成功の父、鄭芝龍と薩摩の
「だが今回は違う。たとえ大樹公が応じなくでも、誼がある松浦様も動くはず。強い武人なら、日本には山ほどおる!」
日本から北へ、我々は南へ挟み撃ちすると、チャン!と刀を鞘に納めた鄭成功笑った。
「きっと勝てる」
だが、その笑顔に、何かやけくそが思わせると、朱魯璵が思ってる。
「それも出来ないなら、わしも次の一手を用意した」
「次の一手?」
「そんなことより、市九郎」
朱魯璵の疑問を無視している鄭成功は、右側に座る若い人に声をかけた。
「先生を日本へ送る船を用意せい。護衛も頼むぞ!」
「畏まりました!この『八艘飛び』の原田市九郎は、朱先生を無事に日本へ送ります!」
あれは倭の二つ名だろう?若者は太刀を立ち、甲高い声で応じた。
「頼もしき候」
「いやいや、待って!」
機嫌がいい鄭成功に対して、朱魯璵は疑問だらけだ。
「確かにわしは日本へ何度行きましたか、国姓爺様ほどの繋ぎがおりませぬ。事を成すかないかともかく、何でわしを?」
そもそも、国姓爺様の手のものを派遣する方が、よっぽどよいではございませんか?それは朱魯璵最大な疑問だ。
「わし自ら行くのか?そうしたい気持ちはやまやまじゃが、あいにく今のわしは別の策がおる。だから魯璵殿をわしの名代として倭へいくのじゃ」
「策?」
「そうじゃ」
わしはここに出る。鄭成功の答えは朱魯璵をさらに驚いた。
「何ッ!」
「わしは
と、鄭成功を言った。
「わしは今四面楚歌じゃ。南京攻めを負けたわしを、清は虎視耽々と狙っておる。この厦門も、すぐに危うくとなっただろう。ちょっとこの折になぁ、この何斌という男はわしに進言してきたのじゃ」
左側にいる、朱魯璵と歳をあまり離れない、惣髪をした初老な男は狐のような目で朱魯璵を見ている。彼は扇子を杖の代わりに体を支えて、薄い唇で笑った。
何斌は確かに鄭芝龍の配下ですが、漢人のはずなのに、この人、明らかに倭人…
何者にすり替わったのか……この人を不気味を感じる。朱魯璵心の中に、この人に近づかない方がいいという予感が出る。
「高山国は土地が広く、大概は筑紫の地と同じ、硝石と硫黄の量も多い、鉄砲や仏郎機(フランキ、大砲のこと)を使うなら、不自由ではおりません。今
「それはわしの新拠点には相応しい」
「あそこも日本、ルソンなどの国を貿易出来るゆえ、先住民の撫民をうまくやれば、清と対抗するのは不可能ではございません。たとえ叶わないとしでも、覇業の地となり、一廉の弓取でもでき申す」
「ははは、流石張孔堂よ!」
そう。鄭成功の目が、この時変わった。
「その次の一手は、わしらで永暦帝様を神輿にして、自分の国作りをやる」
「なッ…」
正気な沙汰とは思いません。あの忠臣鄭成功はそのようなことを…
「もしそういう場合になると、帝様も許しくれるだろう。そうしないと、わしら清の統治を嫌なものは、すべてこの地に、鏖にして、血の海になるだろう…」
何かが憑いてると思う鄭成功は、次は懐にあるものを探している。
「先生、もし、日本へ着いたら、この刀の御紋を知る人を伝えよう。」
あれは黒漆塗りの倭刀ですが、短い。鄭成功はその刀の鯉口を抜き、その鎺に、確かに何かの紋をあしらう。
「
あれは剣唐花という紋である。
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