第4話 神官少女の事情

 この世界には多くの神々が実在する。


 実際に姿を見たり、会話したりすることはできないが、その存在は魔法という奇跡によって確かに証明されていた。


 魔法は魔力と神への祈りを合わせ、呪文などの手順を踏むことで実現する。


 魔力自体は、生きている者であれば誰しもが持つものであるため、魔法は生活の様々な場面で活用されていた。


 火神に祈れば火種を生む魔法が、水神に祈れば水を浄化する魔法が使える。そうして、人々は魔法によって文明を発展させてきた。


 では、神々がヒトに力を貸し与える理由は何か?


 それは、ヒトからの祈りが神にとってのかてになっているからだと言われている。


 むしろ、学者の間では、ヒトがこの世界に生まれたのは、神が自らの存在を保つために生み出したのだという説も有るほどだ。


 それだけ、神とそれを信仰するヒトとの関係は深い。その信仰の中心となるのが、各所に建てられた神殿であり、そこで働く神官たちだ。


 彼らは日々、自分たちの神殿にまつられた神に祈りを捧げ、周囲のヒトに自分たちが崇める神への信仰をうながしていた。


 そんな神殿でのセクハラ事件という話の内容にキイチは気の抜けた声になる。


「まあ、セクハラがたいしたことないとは言わねえけどよ。それって勇者に解決依頼するような話か?」


「いえ、これが本当に気持ち悪くて!しょっちゅう私のことを性的な目で見てきますし、肩やお尻に触ってくるし、話しかけ方もネチっこいんですよ!」


「確かにお前、小っこいもんな。それでロリコン野郎に気に入られたと」


「背のことはほっといてください!私はこれでも17歳です!ダークエルフだから成長が遅いだけで、まだまだこれから背は伸びるんです!」


 今までのストレスをぶちまけるようにまくし立て、気にしている身長への言及に反論していたテルルだったが、その表情は急に暗く深刻なものへと変化する。


「それに…、それだけじゃないんです」


「あん?」


「証拠は何もないんですけど、あのヒトは間違いなくもっとひどいことをしている。そのはずなんです。本当に証拠はないんですけど」


「証拠はねえけど、確信はあるってか。お前がそう思う理由は何なんだよ?」


「それは……」


 茶化すのをやめて自分を見るキイチからは、こちらの話を疑っている様子はない。


 それを見たテルルは覚悟を決めて、今まであえて伏せがちにしていた目をキイチにまっすぐ向ける。

 

 テルルが話し始める前にその目を見たキイチは気づいたようだった。


「へえ、なるほどな。よく見りゃお前のその目、魔眼か」


 テルルの両目には花びらを5枚並べたような独特の輝きが宿っていた。


「はい、『感情視の魔眼』と言います。見た相手が今どんな感情を抱いているかが、体の周りに色の付いたオーラのようになって見えるんです」


「心が読めるってやつか?」


 キイチの問いにテルルは首を振って答える。


「いえ、相手の考えていることまではわかりません。ただ、相手が今どんな気分でいるかがわかるだけです。でも、悪意や害意があるかはすぐにわかりますよ」


 片目を押さえながら説明するテルルに対して、キイチは納得してうなずく。


「そうか、そうか。オレのこと見て逃げなかったのも、今落ち着いて話してんのも、オレがお前に悪さしようって気がないのがわかってたからか」


 確かにその通りだ。


 最初に出会った時も、キイチからは悪意が一切見えなかった。だからこそ、彼を治療するという選択を迷うことなく取ることができたのだ。


 それどころか、自分が裏切られた話をしている時でさえ、キイチからは憎悪の感情が出ていなかった。


 どういうわけか、彼は自分を裏切った者たちを全く憎んでいないのである。


 ただ、勇者パーティーとの戦闘の話になった途端、異常な大きさの闘志と喜悦の感情が出ていたのには若干、引きはしていた。

 

 殺し合いが好きという彼の発言は間違いなく本音なのだろう。


「んで、その魔眼で見たてめえの上司はどんなだったよ?」


 話を本題に戻すキイチの質問に、テルルはつばを飲み込んでから答える。


「異常でした。あのヒトが小さな女の子を見る時に出ていた感情は、単なる情欲だけじゃない。大きな悪意、おそらくですが嗜虐心しぎゃくしんを持っていたと思います。それも、普通のヒトなら一緒に出ているはずの自制の念が一切ないままに」


 女性を見て男性が情欲の感情を抱くのは珍しいことではない。


 むしろ、感情が見えるテルルにとっては当たり前の光景だ。中にはそこに嗜虐的な感情が混じっている様子も何度か見てきた。


 しかし、その場合でも自分を抑えようとする自制や自責の念とも言える、相反する感情が一緒に出ていることがほとんどだった。


 その自制の念が一切ない、ということは――


「つまり、もう何度もガキに手ぇ出してて躊躇ちゅうちょが無くなってる可能性が高いってことか」


 核心を突くキイチの発言に、震えながらテルルはうなずく。


「今日、神殿に隣接している孤児院の視察から帰る時にさり気なく聞いてみたんです。小さい女の子をどう思うか。そうしたら、あのヒトからは大きな殺意の感情が見えました。顔は笑っていましたけど」


 あの時は正直、生きた心地がしなかった。


 『感情視の魔眼』のことは上司も知っている。テルルに自分の内心を知られていることは彼も気づいているだろう。


 だからこそ、その日のうちに神殿を抜け出して来たのだ。


 故郷のクリウス公国に助けを求めるために。滅多に使われない裏道を通っていたのも、上司が追ってくるのを警戒していたからだ。


「うん、うん。そいつは大変だったな」


 話を聞き終えたキイチからは、疑いの感情はなく、少しだが期待の感情が出ていた。自分の話を信じてくれるのは有り難いが、ワクワクするのはやめてほしい。


 やはり、この人物は感性が普通のヒトとは大幅に違うようだ。


「よし。そいつが一線越えた変態クソ野郎なのはわかった。早めに尻尾つかんで絞めた方が良さそうだな。手ぇ出されたガキの居場所とかわかんねえの?」


「いえ、あの人がセラミの町に赴任ふにんしてきてまだ1ヶ月も経っていません。今のところ、行方不明になった子どもはいませんし、私が見回った限りでも被害にってそうなほどの負の感情を持っている子は見つかりませんでした」


 幸運なことに、他国で犯罪を犯すには時間と準備が足りなかったのだろう。セラミの町に上司の魔の手にかかった子どもは、まだいないはずだ。


「今までは、公国でやらかしててこっちの町ではまだ手は出してねえと。だとしても時間の問題って気がするな」


「はい、他に当てがなかったのでクリウス公国に直接報告しようとしていましたけど、それでは間に合わない気はしています。対応にどれだけ時間がかかるかわかりませんし、証拠のない私の話を信じてもらえるかも怪しいです」


 そもそも、見習いである自分とあの上司との間には圧倒的な立場の差がある。


「たとえ信じてもらえたとしても、光神の神使しんしのひとりであるあのヒトであれば、私の話なんて簡単にもみ消せるかも――」


「ちょい待ち。お前の上司って神使なのか?」


 神使という単語を聞いたキイチは、目の色を変えて聞き返してきた。その反応とあふれてくる感情を見て、テルルは自分の失言に気づく。


「ええと、はい。確かに私の上司の神官長であるニオブ・ブロウミン氏は公国の神使ですけど…」


「そうか、ただの変態神官だと思ってたが、まさか神使とはな」


 神使とは、神からのを受け、強大な魔力を宿せるようになった者たちのことだ。


 魔力は全ての生き物が持つものであり、神からの恩恵である魔法は初歩的なものなら、神に祈りを捧げることで誰でも使うことができる。


 しかし、神からの加護を受けるには、大がかりな儀式を行い神に呼びかけ、対象となる者に神の力を分け与えてもらえるよう祈る必要があった。


 この儀式の成功率はかなり低く、加護は誰でも受けられるようなものではない。


 故に、加護を受けられた者は神に選ばれた神の使いという意味を込めて、神使と呼ばれていた。


 神使になった者は持てる魔力が倍以上に上昇し、加護を授けた神がつかさどる魔法を習得しやすくなるため、より強力な魔法を使うことができる。


 そのため、神使になった者の大半は軍の主戦力となり、国の要職などの高い地位に就く。


 そんな強大な力を持つ神使が敵であると知り、キイチからは勇者パーティーの時と同じく、過剰な闘志があふれ出ていた。同時に期待が確信に変わった喜びの感情も見て取れる。


「そいつは都合が良い。それに――がありそうだ」


 キイチの発言を聞いて、テルルは再び悟る。


(あ、相談するヒト間違えた)



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