第2話 訳あり同士の出会い

「お、おさまりましたかね?」


 長時間、身を伏せていた状態からテルル・ポロニはようやく体を起こす。


 ここは、山の間を縫うようにして作られた街道の端。近くにより大きな街道が整備されてからは、滅多に使われることのない裏道である。


「な、何だったんでしょう?ものすごい音がしてましたけど」


 旅路の途中、突如として鳴り響いた轟音と爆発音の連続にわけも分からず身を伏せていたのだが、特大の地響きが起きたのを最後に辺りは元の静寂へと戻っていた。


 上空は木々の枝葉で覆われ、遠くの様子は分からない。爆発音と同時に閃光が見えた気もするが今は夜の闇しかなく、聞こえる音もすぐ隣を流れる大きな川の音だけだ。


「も、もしかして近くに魔王軍がいて防衛軍と戦闘してたとか?だとしたらまだ近くに呪塊じゅかいがいるかも?やっぱり一度戻って…。いえ、戻ったところで何の解決にもならないですし、そもそもせっかく抜け出してきたのがすべて無駄に……」


「むうぅ」と周囲を歩き回りながら考え込むテルル。


 長い金髪に浅黒い肌、そして尖った長い耳が彼女がダークエルフという種族であることを示していた。


 黒を基調とした簡素な法衣と聖印が刻まれた木製の杖を装備し、体格に見合わない大きなリュックを背負った小柄な神官少女は、やがて決意を固めた表情で顔を上げる。


「よし!ゴブリンくらいの弱い呪塊なら私でもなんとかなりますし、このまま予定通りにクリウス公国に行きましょう!」


 決意表明のように拳を天に突き上げ宣言した直後、


 ザバァッ!!


 隣の川から何者かが勢いよく飛び出してきた。


「みきゃああぁぁぁぁっ!」


「あーしんどっ!なます切りに丸焼きの上、川底泳がされるとか、さすがに勘弁だぜ。…あん?」


 テルルの悲鳴と飛び出してきた男の悪態が重なり、続いて地面にひっくり返ったテルルと全身切り傷だらけの上、焼け焦げた男との目が合う。


「……」

「……」


 数秒の見つめ合う沈黙の後、テルルは叫んだ。


「どうしたんですか!その傷!」


 ◆◆◆


 ――数十分後、


 2人の間には魔力で明かりがともるランプが置かれ、周囲を淡く照らしていた。


「いやぁ、悪いな。傷の手当てしてもらった上に飯までもらっちまって」


 テルルのリュックに入っていた干し肉をかじりながら、額に角の生えた男は礼を言う。彼のかたわらには背負っていた大きな鉄棒が置かれていた。


 ひとまず、全身に消毒のための浄化魔法をかけ、治癒魔法で止血し、患部に包帯を巻いている。


 ほぼ全身包帯だらけで、本来なら動けるようなケガではないのだが、なぜか男はヘラヘラと笑いながら元気に自分の前に座っていた。


「いえ、さすがにこんな大ケガ放っておけませんし、光神の神官としては当然ですよ」


「当然かぁ?普通、夜道でオレと会ったら悲鳴上げて逃げるけどな。あのケガなら呪塊と勘違いされても文句言えねえ自覚あるぞ」


「そんな……。確かに最初は驚きましたけど、悪い人には見えませんでしたので」


 そう言われた男はポカンとした表情でテルルを見る。


「悪い人に見えねえなんて生まれて初めて言われたわ。お前、目は大丈夫か?」


 確かに、彼の顔はお世辞にも善人には見えない。むしろ、チンピラや盗賊と言われた方がしっくりくる。


 しかし、テルルにとって見た目は相手の人格を判断する材料にはならない。


 目の話題が出たことに内心ビクリとしながらテルルは話を変える。


「そ、それよりもその真紅の角。アイアルド王国の誇る勇者パーティーのおひとり、キイチ・ドドグラ様ですよね。お噂はよく聞いておりますよ」


「ん?…ああ、なるほどな。勇者の仲間だと思ったから助けてくれたわけか」


 実際には、勇者パーティーの1人と気づいたのは治療を始めた後なのだが、キイチの方はその説明で納得した様子だった。


 目のことを誤魔化せたことに安堵あんどしつつ、テルルは打算的に考える。


 キイチの大ケガは先ほど響いていた戦闘音が原因なのはまず間違いない。


 おそらく、勇者パーティーと魔王軍との戦闘があり、負傷した彼だけが仲間とはぐれたのではないだろうか。


 つまり、このまま勇者パーティーと合流できれば、自分を悩ませている問題を勇者たちに解決してもらえるかもしれない。


 そんな、淡い希望を抱きつつ、テルルは話を切り出す。


「ドドグラ様、私はテルル・ポロニと申します。セラミの町にある光神の神殿で見習い神官をしている者です」


「光神の神殿っつうとアレか。隣の公国から派遣されて来るやつか」


 現在、アイアルド王国と隣国のクリウス公国は同盟関係にある。


 その証の一環として、光神を主神として崇めるクリウス公国から結界魔法にけた光神の神官が派遣され、いくつかの町に神殿を構えて町を守る結界を張っていた。


 テルルはその神殿の1つに派遣されたクリウス公国の出身者だ。


「はい。それで、あの、恩着せがましいとは思いますが、勇者様たちにぜひ相談したいことがありまして、お目にかかることはできるでしょうか?」


「ああ、スマン。それムリ。さっきその勇者パーティーから追放されてきたとこだから」


「へ?」


 テルルの抱いた希望をキイチはあっさりと打ち砕いた。


「ど、どういうことですか?」


「実はな、――――」




 数分後、先ほど起きたことを聞かされたテルルはあまりのことに頭を抱えた。


「じゃあ、ドドグラ様は無実の罪を着せられて捕まりそうになったってことですか?」


「まあ、今の話だとそうなるか。前から城のお偉いさんからは嫌われててな。色々やらかしてたのもあって、このたび晴れてクビになったわ。パーティーの連中からも抜けた方がいいとは言われてたしな」


 残った干し肉を口に放り込みながら、キイチは呑気のんきに答える。


「それでそんな大ケガを…。捕まえるためとはいえ無実の仲間に対してここまでするなんて…」


「まあ、ケガしてんのはオレがあいつらに殺し合い仕掛けたからだけどな。素直に逃げときゃここまでにはなってねえよ」


 テルルの中での勇者パーティーのイメージは清廉潔白な国の英雄だった。


 その理想像が音を立てて崩れそうになるが、キイチの発言によってイメージはさらに混乱の渦に飲まれてしまう。


「そういえば、そんなこと言ってましたね。よく考えてみるとどっちもどっちでは!?裏切られたとはいえ、何でいきなり仲間を殺しにかかるんですか!?」


「いやぁ、昔から殺し合いが何より好きでよ」


 狂った発言をためらうことなくキイチは口にする。


「せっかくの機会だしあいつらとも1回はっとくかと思ってな。でも、さすがに4対1だと一方的にボコボコにされたわ。やっぱあいつら強えし連携もすげえんだよ。今までは大人数なら大振りで吹っ飛ばせばいいと思ってたけど、強い奴の集団とやるならもっと手を増やさねえとダメだな」


 嬉しそうに語るキイチの表情と自分のを見ながら、テルルは悟る。


(なるほど、悪い人ではなくヤバい人でしたか)


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