各々の達成
「駄目ですね、と言うよりも、よく此処まで持ったと誉めてやりましょう」
獣医師は目を瞑って首を振り、点滴のチューブ等が沢山付けられているチワワの小さな身体を撫でた。
素人の私にも見た目だけで解る。
まばたきすら困難な程衰弱しきった身体。獣医師によれは、癌が全身を蝕んで、他の病気も併発し、延命すらも厳しい状況だそうだ。
時折ぴくぴさせて、それでもまだ瞳の光は鈍くなっていないチワワ。その生への執着は本当に見事なものだが……
「……本当にあのペット泥棒ぶち殺してやりたいわ」
怒りの感情しか覚えない。あのマンションを建築した邪仙とか言う連中にも。
「ち、ちょっと、どこから入って来たんですか!?」
看護士が慌てていた。不審者でも侵入して来たか?
馬鹿な奴。ここにセクシー刑事が居るとも知らずに。
怒りの鉾先を不審者に向け、憂さ晴らしを目論んだ。
「うっせーな、邪魔すんなよ。俺達はお前に用事なんか無いっつーの」
ん?この声は……
「この病室には警視庁直々に頼まれた患者が居る…あっ!」
看護士の静止を強引に振り切って病室に入って来たのは……
「北嶋さん…九尾狐……」
それと、普通の人間には視認できないであろう、巨大な神気を纏った真っ白い犬。
「兎沢か。この鬱陶しい看護士に離れろと言ってくれ」
脚にしがみついて頑張って侵入を防ごうとしていた看護士に、困ったように目を向ける北嶋さん。
「そ、その神格は……」
――兎沢、貴様には世話になったな。礼を言う
九尾狐が頭を下げた。
「は、はっ!勿体無い御言葉!!」
九尾狐に敬礼する私に向かって北嶋さんが言った。
「看護士に離れろって言えってば!」
慌てて看護士に離れるよう促して、ポカンとしている獣医師にチワワから離れてくれと頼んだ。
――私の王の願い聞き入れて貰い、ありがとうございます
凄まじい神気を持っている真っ白い犬が、私に向かって頭を下げた!恐縮して、ただあわあわし狼狽える他無かった。
白い神格はチワワの前に赴き、呟いた。
――既に終えた命……数々の病魔に襲われ、呪法に障られながらも、未だに息があるとは…何という想い………
それは驚嘆だった。
あれ程の神格が、小さなチワワに感服していると言って差し支え無かった。
「じゃあ頼むぞ白狗」
「しっ、白狗って北嶋さんっっ!!?」
全く恐れも敬意も示さず、普通に接する北嶋さんに、私の方が慌てた。
――良いのです。この御方は私の王なのですから
「さっきも仰いましたが、王ってなんですか!?」
――やかましいぞ女。治癒を司る神の邪魔をするな
九尾狐の殺気の籠もった瞳が私を貫く。背筋に冷たい汗が流れて、固まってしまった。
――終えた命故、暫しの延命、体力回復程度しかできませんが、王の頼み。では……
言うや否や、白い神格から暖かい神気が溢れ出て、チワワを包み込んだ。
それは金色に光る神気。そしてチワワから黒い何かが漏れ出て、金色の神気に逆流して行った。
逆流した黒い何かは、そのまま白い神格に入って行く。
――何という病巣……!これ程の病を抱えて今まで、よくぞ…よくぞ……!
白い神格が天を仰いで涙する。
「お?動いたな。これで少しは持つんだろ?」
――は、はい……しかし体力回復に重きを置きました故、延命は期待出来ませぬ
何か凄い苦しそうな白い神格。もしや…?
「まさか、チワワの病を自らに取り込んだのですか?」
白い神格は苦しそうに、それでも笑いながら頷いた。
――治癒と言えば聞こえはいいですが、実は私は病や怪我を対象から自分に移すだけなのです
これには流石に九尾狐も驚いた様子で言った。
――何と!ならば貴様の身体は病に蝕まれている訳なのか!今まで施したのは、この小さき犬だけではあるまい!?
――ですから、私は崑崙から離れる事が叶わなかったのです。崑崙の超仙気で取り込んだ病を癒やす。これが出来るのは私だけです。故に西王母の留守を任されたと言っても過言ではありません
崑崙?超仙気?
凄い興味があるが、怖くて聞けない。またぞろ北嶋さんが、無理難題を鼻歌交じりでクリアしたのだと納得するだけに留めた。
その時、チワワは頼りないまでの力を振り絞って立ち上がった。
「え!?動ける筈は無い!?なのに何故!?」
驚き、チワワに寄った獣医師の後ろ襟首をむんずと掴み、後ろにポイと投げ捨てる北嶋さん。
「ぐわ!?」
倒れた獣医師に看護士が慌てながら助け起こして、怒りながら言う。
「何なんですかあなたはっ!無法者ですかっ!」
「無法者とか人聞き悪いなぁ…一応法律には詳しいんだぞ。菊地原のオッサンがうるせーから」
「菊地原って誰ですか!あなたの親分さんか何かですか!?」
「あの、警視総監です……」
言ったら固まった獣医師と看護士。菊地原警視総監の名前をこんな所、こんな時に出すのが恥ずかしいし心苦しい。
「チワワは返して貰うぞ。治療の請求は北嶋心霊探偵事務所に出してくれ」
言ってチワワを抱き上げる北嶋さん。そして九尾狐の背中に乗せた。
「きっ、君っ!フェネック狐に動物虐待する気かね!?」
――こんな程度で動物虐待と言うのならば、日頃妾が受けている仕打ちは一体……
「うっせぇな。ごちゃごちゃ抜かすな。じゃあな」
頂垂れる九尾狐を促し、北嶋さんは病室から出て行った。
「北嶋さん!どこに行かれるのですか!?」
慌てて後を追いかけ、着いた先は、動物病院の地下駐車場。北嶋さんはあの草薙をいつの間にか手に持ち、気だるそうに答えた。
「チワワの飼い主に返すんだよ。早くしないと白狗もきついだろ」
言われて気が付く。治癒を司る神は、チワワの病気を全てその身に受けていた。表情からは読み取れないが、既に死んでいる筈の病巣だ。治癒を司る神の御身体の負担は、私如きが知る由もない程の事だろう。
――お心遣い感謝致します私の王よ。ですが、私の事はお気になさらず
だから私の王って何!?いや、それよりも……
「治療費は全て警視庁が負担します。大量殺人の発見と、犯罪者三名の逮捕に協力戴いたお礼です」
「あれは別に警察の為に見つけた訳じゃねーんだが、儲けた!!」
言って空間に一振り。
その時私は信じられないものを目撃した。
「空間が裂けている…!!」
話には聞いていたが……あの刀は斬れぬものが無いと言う。それが例え何も無い空間であろうとも。
そんな神具を簡単に扱う北嶋さんを、改めて尊敬し、崇める事にした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
草薙で裂いた空間の向こう側は、どこかの病院の屋上だった。
――何故屋上に?
「この病院の駐車場や地下には監視カメラが付いてるからな。俺達がいきなり現れた所が映っていたら、心霊現象になっちまう」
――ふむ、心霊探偵事務所が心霊現象扱いになってしまったら、滑稽極まりない
そんなどうでもいい雑談をしながら階段を降りる。そして六階で勇の足が止まる。
――この階にお前の飼い主が居るのか?
小さき犬は妾の背中の上で激しく尾を振り、キャンと大きく吠えた。
「元気になったじゃねーか。」
――いえ、先程も申し上げましたが、終わった命故、延命はあまり意味を成しません。故に体力回復を重点に施したのです
「どうやって体力回復させたんだ?」
――王も御覧になられたように、私は病を自らに移す事が出来ます。逆に体力を対象に移す事も出来るのです
成程、治癒とは意味合いが違う。
要するに、対象から命を司る物を移動させる事が可能なのだ。
逆に言えば、今小さき犬から移した病を、他の物に移す事も出来ると言う事。もっと言えば、体力を敵から奪う事が出来ると言う事にもなる。
看護士が妾達を発見し、慌てて止めるも、勇は構わずずんずん進む。動物は駄目です。とか、警察に通報しますよ。とか言われても、全く構う事無く。
――良いのか勇。社会的信用とかが、がた落ちになるのでは?
「だってお前、チワワのテンション見ろよ。此処で引き返したら、俺は人でなしになっちまうだろが」
勇の言う通り、妾の背中で激しく振る尾を止めはしない。犬特有の息遣いも激しくなっている。
――すまんな勇
「悪いと思うんならもう家出すんな。するなら面倒事を持って帰るな」
――家出は貴様が責務である散歩をサボるからであろうが!
「馬鹿お前!病院で騒ぐな!マナーを知れよ!」
――その病院に動物を入れて、看護士達を振り払いながら進む貴様はマナーを知っておるのか!!
やいのやいの言いながら進む妾と勇。チワワが一際大きく吠えた。
「おっと、通り過ぎる所だったぜ」
歩を止めた勇は、そこにあるドアノブを回して、これまた勝手に病室に入った。
そこには家族らしき者に囲まれながら、管と言う管が身体中に付けられて横たわっている老婆の姿。
妾達の入室に唖然としている家族を無視し、老婆の枕元へ小さき犬を置く勇。
「おい婆さん、連れて来たぞ」
小さき犬は老婆の顔をひたすら舐める。
激しく尾を振りながら、ひたすら舐める……
「そのチワワ……お婆ちゃんの……」
高校生くらいの孫らしき男が漸く発し、改めて家族は妾達の入室の意味を知った。
息子と思しき男が勇に頭を下げた。
「あのチワワが盗まれてから母は日に日に弱っていきまして……あなたが見つけて連れて来てくれたんですね?有り難う御座います……」
その嫁と思しき女も泣き崩れ、老婆を揺り動かした。
「おかあさん…チロが帰って来てくれたよ…この人が連れて来てくれたんだよ…」
だが、老婆は動く事は無い。小さき犬も、老婆の顔を舐める事を止めはしない。
――勇、治癒を司る神に、老婆の意識を戻して貰ってはどうだ?
――王が御命令下されば、私は如何様にも
だが、勇はそれを首を振って拒否した。
「婆さんはまだ生きてんだから必要無い。チワワと違ってな」
――確かに、既に終えた命を気迫で長らえさせた小犬と違い、あの老婆にはもう少し命の灯が残っておりますが……
――だが意識不明なのには変わるまい?
妾達は延命を希望しておるのでは無い。老婆の意識をほんの少しだけでも戻してやりたいと言っているのだ。
「それをするのは白狗じゃない。あのチワワの仕事だ」
言われて小さき犬を見ると、それはそれは献身的に、老婆の顔を舐めていた。
「あのチワワは所謂奇跡を起こして来たんだ。まだ灯火が残っている婆さんの目を覚まさせる程度、大した事じゃねーよ」
――成程……邪魔は野暮と言う事ですか、私の王よ
そう言う事だとパイプ椅子に座る勇。
家族も必死に老婆に呼び掛けている。
――あれが……家族………
「さてな。家族の形の一つと言った方が正しいかもな」
珍しく何も言わぬ勇。
いつもなら飽きたとか言って帰りそうだが、今回はそれも無い。
いつもなら勝手に冷蔵庫から飲み物を取るくらいはするだろうに、今回はただ成り行きを見守っている。
暫くして、小さき犬が吠えた。
舐めるのを止め、尾を今まで以上に激しく振り、座った。
その時老婆の目蓋がピクリと動いた。
「母さん!!」
息子らしき男が呼ぶと、老婆はゆっくりと目を開けた……
キャンキャン!!
今度は連続して吠えた。
老婆はゆっくりと傍らに座る小さき犬を向く。
「………チロ……!!」
小さき犬は老婆の顔を舐める。
「お婆ちゃん!!」
孫らしき者が泣きながら起き上がろうとする老婆の補助をした。
「おかあさん…!!」
嫁らしき女が泣き崩れる。
老婆は力無く、それでも精一杯笑って、小さき犬を抱き締めた。
「チロ…チロ…」
老婆の流す涙を舐めとり、嬉しさを露わにする小さき犬。
良かったな……
妾は純粋にそう思い、黙って見ていた。
そんな妾の背中をつつく勇。見ると、親指を廊下に向けている。
そうか、妾の仕事は終わったのか。
少し笑い、廊下に出る刹那、キャン!!と、小さき犬が妾に向かって吠えた。
ありがとうございました。
それは確かにそう言っていた………
それから病院を逃げるように掛け出た。
結構離れた場所に木陰を発見し、そこで少し休む事にした。
空を見上げると、雲一つ無い快晴。
――あの犬は幸せだったのだろうか……
終えた命を気力で繋ぎ止め、地獄と呼ぶに相応しいあのマンションで、ただただ助けを待つ事数年。
飼い主に出会えたのも束の間、本当にもうじき身体が冷たくなると言う半生を生き、幸せだったのだろうか……
「さぁな。それはあのチワワが決める事だ。だがまぁ、お前に礼を言ってたからな、良かったんじゃねーの?」
やはり空を見上げて言う勇。珍しく茶化したりしない。勇も思う所があったのだろう。
――そうだな。あの小さき犬が決める事。妾はそれを手助けしたに過ぎぬ
恐らくは、もう少し、本当に後数分で老婆と共に終える命。
愛する飼い主と共に逝ける事が本望ならば。
妾の家出は決して思い付きでは無く、小さき犬に呼ばれて行ったのだ。
そして、出た家に戻るのが、妾の最後の仕事だ。
「んじゃ帰るか。白狗の身体もキッツキツだろうしな」
言って草薙を喚ぶ勇。妾の同意を待たずに空間を切り裂いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「行ったか北嶋」
裂けた空間が閉じて行く様を見ながら呟く。
「不思議な人だヨネ。妖の頼みを聞く為に、邪仙全てを敵に回し、崑崙まで統治してサ…その妖の頼みが意外過ぎるケドね」
崑崙統治は立慧が譲渡を言い出さなきゃ始まらない筈だろ、と突っ込みたい所だが、止めておく。
――九尾狐の願い、か…偶然出会った犬の為に、延命を願ったのだよな……あの国滅ぼしの大妖が……
結果陳一派を全滅にまで追い込む事態となったが、泰山としても万々歳だ。
俺は素直に喜べ無いが。
震与の事は……俺が救いたかった。せめて亡骸だけでも弔いたかったが、それも叶わない。
――嘆くな雲行。震与の事は儂が甘かったのだ。全ては儂の責
「そうネ。周は見る目が全然無い上に、人に物の頼み方も知らないからネ。こんなにこじれたのは、全部周の責任ヨ」
もう言われ放題の俺の師だが、本人も憤ったりせず、ただその通りだと頷くのみ。複雑な心境ながらも、俺も同意して頷く他選択肢は無かった。
――さて、儂はそろそろ旅立たねばならぬ。悲願も達成した事だし、心残りは無いのだからな
何より、まだ留まっていれば、北嶋に二度殺されてしまうと自嘲気味に笑う老子。
「北嶋は多分…」
「やるでしょうね、奴の発言を撤回させる事は困難です。余程あなたに正当性が無い限りは」
横槍を入れる印南だが、その表情は真剣そのものだった。
老子を案じてでは無い。
友に、北嶋に要らぬ罪悪感を覚えさせない為。そしてその伴侶、神崎さんに悲しい顔をさせぬ為。
そして、俺と立慧の事を思っての事だ。
――解っておる。刑事よ、貴様にも無礼を働いたな、すまぬ
そして神崎さんの方を向く。
――すまぬが、君代ちゃんの弟子よ……
神崎さんは深く頭を下げた。まるで解っているように。
老子も解っているように、険の取れた穏やかな表情に変わった。
そして老子の身体が光に包まれて、霞のように身体が消えて行った。
――あの男に宜しくな……
そう言いながら、老人は消えた……
無念もあるだろう。だが、一切の恨みつらみを残さずに、消え去った……
「老子…」
俺と立慧はさっきまで老子が存在した場所をずっと見た。
北嶋には全く良い印象を与えなかったようだが、印南には失礼な事を言ったようだが……
俺にとっては最高の師だった。
「ありがとうございました…!!」
もう存在しない老子に向かって礼をする。
「それにしても、やはり凄いネ北嶋サンは」
「「え?」」
俺と印南は同時に発した。
「気付きましたか。流石女仙の生まれ変わりですね」
神崎さんが感心し、微笑を零した。
「ど、どういう事だ立慧?」
「解り易く説明してくれないか、神崎さん?」
「簡単な事ネ。老子は三年間昇天する事無く現世に留まっていたネ。監視と言う名目があろうとも」
「所謂、
言われて初めて気付いた。
「悪霊化…か……」
そうだ。印南の言う通り。死した者は、在るべき場所へ逝かねばならない。どんな理由があろうとも、どんな無念があろうとも。
そうでなくとも、老子は殺された身。それも忌み嫌う敵の策略で、最愛の弟子の手によって。
老子の生前の修行の賜物だろうが、今まで悪霊化しなかった方を評価すべきだったのだ。
「し、しかし、北嶋が其処まで読んでいるとは……」
「勿論、一番の理由は、気に入らないから失せろでしょうが、帰った時にまだ居たらもう一度殺すは、悪霊となる前に引導を渡すと言う意味も含まれていたんですよ」
「だから神崎サンの発言を制したノヨ。「解っておる」ト。「宜しくな」も、周なりの感謝の言葉ネ」
感心する程の洞察力!
西王母の生まれ変わりの立慧は兎も角、神崎さんが其処まで
いや、俺の二柱の守護神、立慧の前世など、秘密にしていた事実を悉く当てた程の霊視能力。伴侶の思考など手に取るようなものなのか…?
「北嶋は甘く無い。悪霊化したら間違い無く斬り捨てる…言わばこの二人に対しての優しさで言ったのか…もう一度殺す、と……」
あくまでも老子を助ける気は無かったと言う事か。
北嶋 勇……シンプルな思考だと思っていたが、なかなか……
俺は知らず知らずに笑みを零していた。
「それはそうと、北嶋さんがさっきの道士に頼んでいた事ですが」
……そうだ!そうだった!
「店!店の方は!?北嶋の怪しげな符の効果は定かじゃないが、桃源郷にも陳の手の者が行っている筈!」
どうする!?今から戻ってみるか!?
「い、印南、此処から桃源郷まで何時間かかる?」
「お前達の店の事か?車で法廷速度を守って走って、約半日以上と言った所か」
「半日以上!?戻っても間に合わないかも知れないネ!!」
焦る立慧だが、俺も負けずに焦っていた。どうにかして桃源郷に連絡を……
「あの…」
その時、神崎さんが申し訳無さそうに手を上げた。
「すまないが神崎さん、今は忙し…」
「電話してみたら如何でしょうか?」
電話!電話があったっ!
しかも俺が持っているのは、文明の最先端、スマートフォン!!今は結構誰でも持っているけども!
「何を焦っているのかは知らないが、北嶋が何らかの札を施したんだろう?ならば心配は要らない……」
印南の言葉も耳に入らず、俺は慌てて店に電話をかけた。
何コール目だろうか。長い、長い時が掛かったような気がするが、実際は10秒程だったのだろう。
つまり比較的早く電話に出た事になるが、何かおかしかった。
『…………は、はい……桃源郷…』
震えている声。怯えている声…間違い無い。
「何があった!?敵が、陳の手の者が来たのか!?」
『……あ、ああ…き、来た…けど……あの変な符のおかげで、店には入って来れなかったようだった……』
入って来れなかった?つまり、あの適当な北嶋の札は効果があった事になるが……
「ならば何故怯えている?敵は入って来れなかったんだろう?」
『………海峰…』
海峰。
遠見で伺っていた陳の配下の道士。いや、あの弁からでは配下ではなく、都合が良かったから近くに居たようだが。
「海峰なら問題無い筈だ。陳の配下の邪仙に撤退を指示しに行った筈だからな」
『その海峰が陳の邪仙を全滅させたんだよ!!』
全滅!?桃源郷を襲った陳の邪仙全てをか!?
その先は、凄まじい事態だったと震える声ながらも説明をした同士。その内容は、まさに驚愕そのものだった。
ドアにカーテンを引き、外の様子を伺っていた同士。何分あんな札一枚程度の効果が信じられる筈も無く、突入してきたら迎え撃つつもりで武器を片手に構えていた。
だが、邪仙達はどんな武器を使おうが、どんな術を使おうが、店に入って来れなかった。
ガラスを割ろうと投石しても跳ね返される。ドアに体当たりしても自らの方にダメージが来る。
この時初めて北嶋の札の恐るべし効力を知ったらしい。
安心するも、不安なのは変わらず。やはりカーテン越しから様子を見ていると…
「皆さん、陳 大人は死んじゃいました。よってこの戦争は私達の負けです。速やかに撤退をお願いしますね」
突如、 唐突に現れ、退却を促した海峰。
仲間の邪仙もいきなり現れた海峰に戸惑ってはいたが、陳が死んだ事の方が衝撃が大きかったようだ。
誰一人認める事無く、今まで以上に強硬手段を取り、見境無く投石をし始め、狂ったように角材を振るう邪仙。
無論、店には何の影響も無かったが、あからさまに海峰の機嫌が悪くなったのが解ったそうだ。
「困りますねぇ、私が殺されちゃうじゃないですか……あなた達が勝手に殺されるのなら兎も角」
海峰からどす黒い邪気が竜巻状に足元から現れた。
店の中に居た同士にも、はっきり解る程の明確な殺気、邪気。
今まで暴れていた邪仙達も、その只ならぬ殺気を感じ、動きを止めて海峰を見た。
「混沌、食べていいですよ。手段を選んでいられる程、あの男は気長じゃないみたいなんで」
その発言を受けてか、待ち構えていたのか、やはりいきなり海峰の後ろに巨大な黒い犬が現れた。
――西洋の魔王とやり合って、消耗した魔力の補充の足しにもならないが、まぁ、仕方無い…!!
赤く光る瞳が歓喜に歪んだと同時に、場にいる邪仙全ての腹が裂け、腸が飛び散った。
その後は阿鼻叫喚の地獄絵図が如く。
黒い犬は邪仙一人づつ、一咬みで喰らい、地面に染み込んだ血のみを残して綺麗さっぱりと喰らい尽くした。
事を見守って震えている同士に向かい、細い目を更に細めて、笑みを浮かべた海峰。
「もう大丈夫ですよ。すみませんが、地面の血は洗い流して貰えますか?」
そして黒い犬を還し、自らも店に背を向けて立ち去った。
少し機嫌が良くなったようで、鼻歌を歌いながら……
話し終えてからも震える同士を宥め、血を洗い流すよう指示し、電話を終える。
「……海峰…何者ネ…」
「北嶋が言った、お前のやり方なんか知るかはこの事か。敵が敵をどの様に始末するのかは知った事じゃない」
言って奥歯を噛み締める印南。敵とは言え、殺人は正義感の強い印南にとっては許し難い事のようだ。
「それより、話に出た黒い犬とは一体?」
神崎さんの発言を受けて、西洋の魔王がいきなり現れた。崑崙での戦闘の傷がまだ癒えていないようで、所々出血していた。
――そいつは多分、混沌っつう四凶…だったか?の生き残りだな
「酷い傷…休んでなきゃ駄目じゃない」
――そうしてぇんだがよ。俺様の聖域の右側から来る神気が凄過ぎて、右半身側がチリチリすんだよ
それは崑崙の方角、か。
――貴様も気になって休めない時があるのか
龍の海神が意外だと驚いた。
――あのな、オメェの聖域の隣だぞ?オメェも気になって休めなくなるぜ。小さいとは言え、あの神気はエデンと同種のモンだからな
糞面白く無ぇと吐き捨てるように言う。
基本的に悪魔の憤怒と破壊の魔王には、あの神気は気に障る物のようだった。
――ああ、いい機会だから言っておくぜ。あの犬っころは俺様がぶち殺すから、横取りは無しだぜオメェ等よぉ?
――攻めて来るのかい?その混沌とやらは?
死と再生の神の瞳が光った。いや、その柱だけでは無い。北嶋の柱全ての神気に、一本の線が入ったように研ぎ澄まされた。
「……凄い………」
思わず言葉に出る程感動した連帯感。
宗教宗派問わずの異種の神、または悪神が、こうも纏まっているとは、俄かに信じがたい事だ。
――おい、ボケっとしていないで答えて貰おう。混沌とやらは攻めて来るのか?この北嶋の聖域に?
地の王がいきなり俺に振った。
いや、知らないけどと言える雰囲気じゃない。普通に怖い!
――申し訳無いが答えて戴きたい。攻めて来るのなら、この北嶋の守護神、金色のナーガが……
――おい、話聞いて無かったのか!あの犬っころは俺様がぶち殺すんだよ!!仕留め損なっちまったからな!!
――某が護り通す故、ご安心召されよ奥方様
もうやいのやいのと収集が付かなくなる。
困り果てた俺に、神崎さんが救いの手を差し伸べた。
「多分、攻めては来るかと思います。ですが、今直ぐ言う訳じゃなく、それなりの期間があるかと」
確信したように、はっきりと言い切る神崎さん。そして更に続けた。
「彼に再び会う時、それは恐らくは最終戦争。目的は滅びです」
――何故言い切れる神崎?
地の王の目が細くなる。裏付けを欲しているようだ。
「それは俺も聞きたい。神崎さんは確信があるように言い切っていますが、根拠は?」
「視たからです。海峰…でしたっけ?彼の属する組織が」
「組織?海峰は泰山の道士でショウ?今ははぐれ道士だケド」
「なんか固そうな道士だな……」
はぐれに反応する印南だが、彼も聞きたがって口を挟んだ。
「神崎さん、教えて下さい。最終戦争とは一体?」
神崎さんは場に居る全員を見渡して、ゆっくりと口を開いた。
「……スピリッツ」
北嶋の柱全ての表情が変わった。俺や印南はよく解らずに首を捻ったが。
――成程、奴か。しかしよくぞ視れたね神崎 尚美。
「巧妙に隠していましたけど、綻びが少しありまして。多分北嶋さんには隠しても無駄だと開き直って、綻びを治さなかったんでしょうね」
綻び?無駄?
「確かに、強固な結界を張っていたネ。霊視や遠見を反らす結界。綻びまでは見付けられなかったケド、流石だネ神崎サン」
立慧も結界までは知っていたのか…恥ずかしい話、俺は全く解らなかった…
「解らなかった…何者だ、あの道士…」
印南も解らなかったのか。仲間意識を感じて、印南の肩をポンポンと叩いた。
「うん?なんだ?」
「い、いや、何でも無い…ところで、スピリッツとは?」
「滅びの使者…だったかな?兎に角、今の人類を滅ぼそうと目論んでいる、アボリジニ系の人物ですが、詳しい事はまだ……ですが、北嶋さんだけは生かしたい。らしいです」
「滅びの使者?そう言えば海峰は滅びの象徴と言っていたような気がするが……何にせよ、大風呂敷は畳むのが容易では無いでしょう」
今の時代、人類滅亡とか、意味不明だ。滅亡させて得るメリットがさっぱり解らない。そして、北嶋は除外の意味、俺には全く理解し難い。
「いずれにせよ、いつかまたぶつかる相手ではある。その時まで力を付けて迎え撃てばいいだけだ」
「そうだな。印南の言う通り、ただそれだけの事だ」
開き直りにも似た結論だが、それしか無い。海峰が何者か、スピリッツが何を企んでいるのかは知った事じゃない。向かって来るなら受けて立つのみ。
「ところで、あの聖獣だが、何故此処に居る?」
印南の指した先には、開明獣が一人ポツンと輪から外れて、此方を伺っていた最中だった。
「あれは崑崙の門番、開明獣ネ。崑崙移動の際、ついて来たネ。
「そもそも崑崙移動と言うのが解らないが、そうか。崑崙が移動したから、門番もついて来た訳か」
――違う!いや、崑崙は確かに私が護るべき聖域だが、、人間界に来てしまったのは不可抗力だ!
言いながら神崎さんの前に歩を進める開明獣。そして神崎さんに一枚の金属製のプレートを渡した。
――君の伴侶が崑崙に置き忘れていったものだ。私はこれを届けるように、あの西洋の魔王殿に頼まれたのだが、御覧の通り、崑崙共々人間界に来てしまった訳だ。こうなればあまり意味を成さないが、頼まれた事、返しておく
――はあ?オメェまだ渡してなかったのかよ?そんな様で任せておけとか、よく言えたよなあ?
あからさまに不機嫌になった憤怒と破壊の魔王。それを宥めながら、神崎さんはプレートを受け取った。
「わざわざありがとうございます。開明獣…でしたね。崑崙の門番として有名な聖獣…ですが、これからどうしますか?」
――崑崙は此処の聖域の中に入ってしまった。門番としての役目は、この聖域の柱たる面々を見たら、退く意外に選択肢は無い
確かに、北嶋の六柱が直接では無いにせよ崑崙を護る事になるだろうから、開明獣は御役御免となるだろう。
そうで無くとも、天帝への入り口としての機能は永久に失われてしまった。
崑崙の利用価値は、崑崙に生息する仙丹の材料くらいの物になったが、その仙丹を欲するは邪仙。此処に崑崙が在る限り、邪仙は手が出せない。
開明獣は自由を得たと同時に、仕事を失ったとも言える。それは治癒を司る神にも当てはまる事だが。
「では、新しい仕事を紹介しましょうか?」
――生憎だが、私は人間の為には働かぬ。私はあくまでも崑崙の門番
「そうですね。ですが、元とは言え、崑崙の女王の護りに不備がある、とは思えませんか?仮にも女仙の生まれ変わり。敵は陳一派だけでは無いでしょう?」
微笑しながら立慧を見る神崎さん。立慧もその提案に驚きながらも、頷いた。
「そうネ。開明獣が護ってくれるなら、これほど心強い事は無いネ」
「成程、確かに立慧は崑崙から外れたとは言え、西王母の生まれ変わりである事は変わらない。そして陳だけが敵では無い事も事実」
開明獣が立慧を護ると言うならば、立慧は桃源郷に引き籠る事は無くなる。もっと自由に、人間らしい生活が可能となる。
――敵は邪仙だけでは無いと言うが、ならば誰が敵なのだ?
「解らないネ。ただ、海峰の例もあるように、泰山には他にも何かしら企んでいる連中が居てもおかしくは無いネ」
成程と唸る開明獣。
――西王母様の護りならば、確かに私の仕事。西王母様が望むのであれば、私はそれに従うまで
「頼りにしてるヨ!」
――お任せを……
崑崙から外れて一安心だが、これで更に安全を得た事になる。胸を撫で下ろすも、この流れを作った神崎さんに驚嘆せざるを得ない。
「あなたは恐ろしい人だ、神崎さん」
「そうですか?まぁ、慣れてますので」
笑う神崎さんの後ろには、北嶋の柱達が護るように連なっていた。
慣れているとはそう言う事か。切っ掛けは北嶋だろうが、此処までの神格を揃えたのは神崎さんに他ならない、と言う事だ。
全く、化物は一人で充分なのに、此処にも化物が居るとは……
苦笑いしながらも、妙に納得がいった。
北嶋は彼女じゃなければ駄目なのだ。逆も真なり、神崎さんも北嶋じゃなければ駄目なのだろう。正に
「あ、帰ってきましたね」
神崎さんが見ている方向に一斉に視線が集中する。
空間が裂け、あの呑気な男が、
「ヒゲジジィは還ったか。ぶち殺すチャンスを失ったな」
「よく言うな。全く、お前は退屈しない男だよ」
俺達は北嶋を見ながら笑った。当の本人は訳も解らずに首を捻っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「まぁいいや。助かったぞ白狗。じゃあな」
よく解らん空気ながらも、仕事を終えた白狗を労いながら自由にしてやる俺。
――じゃあなとは一体?
首を傾げる白狗。言葉が足りなかったと気付き、付け加えた。
「ああ、そっか。岩山は裏山に移動させたんだったな。勿論必要な時に来て使っていいから」
――いえ、そうでは無く、私を傍に置いて貰えるのでは無いのですか王?
「え?せっかく自由になれたのに、まだ岩山に固執すんのか?勿体無いだろ?」
益々首を捻る白狗。意味が解らんのだろうか?
「だから仙界だっけ?の好きな所に行けるんだっつーの。岩山の神気が必要なら、いつでも来て補充しても構わんし」
――先程から自由自由と仰いますが、崑崙に留まるのも私の自由なのでは無いのですか私の王?
言っている意味が解らない。
俺と白狗は向かいあった状態で互いに首を捻りあった。
そこへ神崎が呆れながら間に入って来た。駄目ね、駄目駄目ね。とか、小馬鹿にしながら。
「つまり、治癒を司る神様は、裏山に居たいと仰っているのよ」
「だから、せっかく自由になれたんだから……」
「自由になったんだから、好きな場所に居てもいい筈だろ?」
「んだから、わざわざ岩山に固執する必要は無い……」
「いいじゃないか。此処に留まりたいと言っているんだから。嫌になれば他に旅立つ事だって自由なんだろ?」
それはつまり、俺の負担(社掃除やらメンテナンスやら)が増えると言う事か!!
いや、よく考えたら殆ど神崎が行っているな……俺の負担は皆無と言っていいな。
「神崎はいいのか?」
「私は大歓迎よ。決まっているでしょ?」
つまり、神崎は社掃除やらメンテナンスやらが増える事に喜びを感じている、って訳なのか?そんなにドMだったっけ?
「じゃあ来い白狗。後で神体買いに行こう」
――有り難き幸せ……
白狗は恭しく頭を下げた。つか、早く神気取り込んで、病気を打ち消さなきゃならんのでは無いのか?
「話は後だ。早く岩山に行こう」
――御意
俺は白狗を連れて岩山に向かった。神崎も天パも傷だらけコックもカタコト娘も北嶋の柱もタマも…なんだっけあの虎?
まぁいいや、兎に角全員、魚群リーチのように群を成して俺達に付いて来た。
「近付けば近付く程圧倒される神気だな…」
天パもそうだが、場に居る連中全てが感心するやら呆けるやらで動こうとしない。
「何しに来たんだ全く…」
白狗を促すと、岩山の麓に行き、座って目を閉じて意識を集中した。
岩山の神気が、白狗を
「見事なものね…これが崑崙の神気…」
「いや、これができるのは白狗だけらしい」
「成程、病気を自身に移し、崑崙の神気で癒やす、か。正に治癒を司る」
「いや、意味合いは若干違うらしい」
白狗から受けた説明をドヤ顔で、知っていたように説明する俺。みんな感心して俺を見ている。
いいぞ、もっと俺に感心しろ!俺は調子に乗せると伸びる子なんだ!!
「何ニヤニヤしてるの?」
「俺を崇める群集の熱き視線を感じて恍惚しているのだ」
「相変わらず素直過ぎる奴だな」
呆れる天パと同じ時に、白狗が身体をプルプル震わせた。
――お待たせいたしました王。小さき犬から移した病巣は、全て清められました
「え?意外と呆気ないな?」
もうちょっと、あーとかうーとか言って苦しむのかと思ったら違った。まぁいいんだけど。
「今日はちょっと疲れたから、社や神体は明日だな」
――仰せの儘に
恭しく頭下げられてもなぁ。ちょっと心苦しい。俺の頼みを聞いて貰うだけだったからな。
「そうか、ならば今日は俺が腕を奮おう。旨い中華を食わせてやる」
傷だらけコックがにやりと笑った。
「おー!頼むぞ傷だらけコック!これで食材を買ってくれ!」
俺は財布から10万円を気前良くポーン、と渡した。そしてふと思い出すと同時に発した神崎。
「そのお金、渡したお金じゃない?お金使わなかったの?」
ヤバい!小遣いにしようと思っていたのに!
「ああ。移動も警視庁のヘリを使ったからな。北嶋は殆ど金を使っていない筈だ」
何チクってんだよ天パ!!いらん事言うな!縮毛強制するぞ!!
「そう……」
ジト目で俺を見る神崎。脂汗全開の俺!
殺されるのか?こんなつまらん事で、この北嶋が!!
やがて神崎は溜め息をつき、大仰に肩を竦めた。
「劉さん、私が車を出しますから買い出しに行きましょう。10万もあれば、沢山の宴会料理ができますよね?」
「全部使う必要も無いとは思いますが…予算内で豪華絢爛にします」
神崎はニッコリ笑って俺を見る。
「今日は宴会よ北嶋さん、あなたのお小遣いでね」
「お、おぅ……」
凄まじい嫌味を受け、俺は若干引きつりながら頷いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
暗い道。洞窟内のような道を歩く。
暫し掛かるが、気にしてはいけない。
やがて目に飛び込んで来るであろう景色に胸を弾ませる方が素敵だからだ。
光が見える。其処に辿り着けば、私は愉悦してしまう。
いや、私だけでは無いだろう。私の仲間全員が、全てそうなる事だろう。
その景色に心を奪われてしまえば、最早話どころでは無い。
故に報告を受ける私の、私達の長は光の手間、まだ洞窟内で私を待っている筈だ。
その光に人影を発見。
ほぅら、やっぱり……
流石は私達の長、この太古の楽園の王だ。解ってらっしゃる。
「只今戻りましたよ、スピリッツさん」
開いて無いだろとよく言われる目を更に細め、笑顔を作ってスピリッツ…私達の長に手を上げて挨拶をした。
「ご苦労…とは言え、知っているけどな」
遠見で視ていたと言う事だろうが、彼的には違うらしい。
知らなければならない事は勝手に見えてしまうらしいのだ。
情報は彼にとってもやはり重要らしい。
そう、 この滅びの使者でさえも。
「知っているのなら話は早い。蚩尤、無事
「回収ね…言い得て妙だな」
蚩尤は元々は陳が発見し、隠していたものだが、予定が狂ったので手元に置きたくなったらしい。
予定とは、本来起こる筈の終末戦争が起こらず、あまつさえその敵同士が仲間になってしまった事らしい。
彼曰わく、だから私がやる羽目になった。と。
「しかし、蚩尤は必要ですかね?混沌だけでも良いような気がしますが」
「蚩尤は恐らくはしゃしゃり出るであろう悪魔王サタンにぶつける為に必要なんだよ。もっとも、北嶋 勇が相手だ、予定が狂う事は間違いないので、何とも言えないがね」
「ふむ、悪魔王にですか…」
一体どの様な戦いになるのか想像もできない。サタンと蚩尤の争いだけでも充分滅びそうなものだと思うが。
「もう一つ、聞こうか」
「震与さんの事ですか?それならば
「道士との約束を簡単に破ってまで必要なのか、あの邪仙は?一応反魂は終わらせて
必要かと言われたら微妙かも知れないが、震与は雲行の足止めには絶対に必要な存在だ。
あの道士は自分でも気付いてはいないが、私達に匹敵する実力を持っているのだから。
「まぁまぁ、ただの保険ですよ。一応念の為ですね」
面倒になってお茶を濁したが、彼にはお見通しのようで、薄く笑った。
「劉 雲行か。ふむ、成程」
「私は別に雲行さんと戦いたい訳じゃないんでね」
出来る事ならば滅びのその日まで寝て過ごしたいものだが、儘ならないだろう。
「君が其処まで警戒する相手だ。頭の片隅にでも留めておこう」
「片隅って…ならばスピリッツさん。あなたの最も警戒すべき相手は誰なんですかね?やはり北嶋 勇ですか?」
彼はゆっくりと目を閉じ、言った。
「神崎 尚美だよ」
これは意外だった。確かに北嶋 勇だけは生かそうとの目論見。故に警戒すべきと言えばそうでは無いとも言えるが、その伴侶を重きに置いているとは。
「新人類の繁殖相手は女ならば誰でも構わないが、奴だけは駄目だ。旧人類の神々、あるいは聖魔、殆どから加護を受ける事も可能な女。これでは新人類の番として意味を成さない」
確かに、あの若さでは有り得ない程、膨大な神仏、聖魔との対話回数。いくら水谷の業を受け継いだと言っても、その量は質と共に数多の霊能者を遥かに超える。
「それに実力も申し分無い。新人類を除けばあの女が最強。創造主の加護さえも受けているからな」
創造主……天帝か……
「ならば神崎さんのお相手はスピリッツさんにお任せですねぇ。私では役不足で力不足のようですんで」
「ふ、ふははははははははは!!」
いきなり笑う。洞窟内故に笑い声が反響し、耳元で笑われているようで少し不快だった。
「何がおかしいので?」
「いや何…ぷっくく…」
そして彼は殺気の籠もった瞳を以て私を見る。
その瞳、眼力と言っていいか。身も魂も引き裂かれるような、明確な殺意。
仲間と言えど、私達は旧人類。彼にとっては滅ぼす対象。
私達は何故私達を滅ぼそうとするこの男に従っているのか解らなくなる時がある。
いや、解ってはいる。
私達は全員
理由は各々違うが、全員が全員死を望んでいる。
そして彼は歪んだ笑みを口元に浮かべて、私を見ながら言った。
「よくも言う。地仙ともあろう者が」
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