崑崙から
空間を切り裂いた北嶋に付いて行った先は、辺りに霧が立ち込め、前も見えない空間。
だが、凄まじい仙気。少なくとも地上には此程の仙気を発している場所は無い。
「ここが崑崙…なのか?」
視界の悪さに北嶋の姿を見失ってしまう恐れがある。呼び止める目的もあり、訊ねた。
北嶋は足を止めて俺の方を向く。
「崑崙だけど、厳密にはまだ崑崙じゃないな。入り口にも入っていないようだ」
「……間違い無いヨ雲行。私知ってるネ。この霞は仙気の霞。まさしく崑崙ヨ」
緊張気味に肯定する立慧。霧じゃなく霞か…そして霞が仙気その物。
成程、高濃度の仙気な訳だ。視界に入る全てが仙気と言う事になるのだから。
「確かに、天帝への門を泰山から崑崙に移した理由が解る……」
本来は天帝へ通ずる入り口は泰山山頂にあったが、仙人は生まれず、道士、即ち人間のみの聖域になった事から、入り口を泰山から崑崙に移したらしい。
その崑崙に立ち入る事すら困難なのだが、流石は草薙、流石は北嶋と言った所だ。
しかし、こうも視界が悪いと少し不安だ。いくら仙気が満ち溢れている聖域だとしても。
「あいて!!」
前を歩いていた北嶋が転んだ。どうやら何かに躓いたらしい。
「大丈夫か?やはり視界が悪いと足元を掬われるな…」
北嶋は文字通り掬われた。逆に北嶋でも躓いて転ぶ事があるんだなと、妙に安心した気持ちにもなった。
「いてて…崑崙ってのは岩山かよ。膝付いたらめっさ痛いぞ……ん?」
膝をさすりながら躓いた物を凝視する素振りを見せた。
「何だこれ?レバー?」
「レバーだと?こんな所にレバーが落ちている訳が…うっ?」
近付いて、屈んで地面のそれを見た俺は思わず仰け反った。
それは、ともすれば牛の肝臓のような外観の肉の塊にも見えた。
だが。驚いたのはそこじゃない。
その肉には二つの目があり、動く事も声を発する事も無く、ただ此方をじっと見ているのみ。
いや、説明はいいか。
要するに、肉に二つの目があった事にとてつもなく驚いたのだ。
「うわっ!何だこれ!?気持ち悪ぃ!!」
「馬鹿言うな!肉だぞ?レバーだぞ?旨いだろうが!!」
「馬鹿な事を言っているのはお前だ!何故こんな所に肉があるのかを不審に思え!何で目があるのかを不気味に思えよ!!」
しかし一声が旨いとか。肉なら落ちている物でも目があっても何でもいいのかこいつは?
――ほう、視肉とは珍しい
寄って来た九尾狐が本当に珍しそうに発した。
「視肉?おいタマ、その肉知ってんのか?」
「私の遠い記憶にもあるネ。間違い無い、視肉ネ」
立慧が事もあろうに、視肉と呼ばれた目のあるレバーを指で突っついた。
「おい、危険かも知れないだろ。安易に触れるな」
――危険では無い。視肉は食用で存在する生き物だ
「食用?この不気味なレバーが?」
改めて見るが、どう見てもレバーに目がある化物にしか見えない。
「ほらな!やっぱり旨いんだよ!」
何故か胸を張って威張る北嶋。
――旨いと言えば旨いかも知れぬ。鹿によく似た味だった筈だ。そうだ、面白い物を見せてやろう
そう言って視肉を四分の一程咬み千切る九尾狐。クッチャクッチャと味わうように噛みながら旨いと呟いた。
「うわぁ……」
九尾狐は今は仔狐の依代の姿をしているも、やはり妖狐だと思わされた。この不気味な肉を、不気味な生き物を何の躊躇いも無く咬み千切ったのだから。
「何を引いてるの?雲行?ほら、ちゃんと見るがヨロシ」
見るも何も、獣らしくレバーを食っただけだろ。
「え?えええ??」
北嶋が視肉に対して寄って行く。
「何だよ。何か珍しい部位でもあったのか?」
レバーの外見なのにホルモンでも出て来たのかよ。生き物ならホルモンもあるかもなぁ。
「ほら雲行!ちゃんと見るネ!!手遅れになっちゃうヨ!!」
何の手遅れだよと思いながらも渋々と目を向ける。
「……え?」
幻覚でも見たのかと思い、目を擦り、もう一度よく見た……
「馬鹿な……再生している……」
九尾狐が咬み千切った後から視肉の肉体(?)が元の状態に再生して行く……
呆気に取られながら少しの間見ていると、それは元通りの肝臓に戻った。
咬み千切った跡など全く無い…!!
「何?どう言う事?」
流石の北嶋も説明を求める程に、それは見事に復元されていたのだ。
「視肉は切り取って直ぐに食べられて、鹿によく似た味わいなんだけど、最大の特徴は、切り取った後から直ぐに再生して元通りになる事なのヨ」
何故か誇らし気に語る立慧。胸を張り、人差し指を振りながら。
「完全食用である故、食べられる事を目的として生きている為、今のように咬み千切られても決して怒らず、直ぐ様再生して新しい糧を提供する。デモ無限に再生できるけど、崑崙のように仙気に満ち溢れている場所でしか生息出来ないカラ、養殖には不向きネ」
まさに霞を食べて生きている仙人の如くだな。
だが、そうか。上手く活用すれば食糧難も一気に解決出来そうだが、やはり都合良くはいかないか。
「……俺、こいつ飼う!!」
「希望に満ち溢れている、宝物を見つけたような純粋な瞳で何を言い出すんだお前は。聞いていなかったのか?崑崙みたいな聖域でしか生息出来ないんだよ」
だから持ち帰る事は無理だ。
「飼って焼き肉にするんだ!!」
「だから無理だと言ってんだろ!!抱き締めずに元の場所に置け!!」
俺は捨て犬を拾ってきた子供を叱るお母さんのように、北嶋から視肉を手放すよう言った。
北嶋はかなり躊躇ってはいたが生息不可能ならば仕方無いなと、渋々渋々と未練がましく視肉から手を離した。
――さて、珍しい物も見た事だし、先に進むぞ
九尾狐が先導し、その後に俺達が続く。
しかし、見事に迷わずに進めるものだ。この高濃度の仙気にも全く臆する事も無く。
妖狐たる九尾狐からしてみれば、仙気に満ち溢れている崑崙などはただ居るだけでも凄まじき倦怠感を感じる筈だ。
そして治癒を司る神の前に立つ事など、本来は決してやってはいけない事の筈――
「九尾狐、本当にいいのか?」
――何がだ?
「治癒を司る神に会う事だ。あの神は病や怪我を癒やす神、延命すらも可能な神。だが、最も恐るべしなのはそこじゃない」
それは妖たる九尾狐にしてみれば、致命的とも言える特性。
「それでも会いに行くのか?そんなに友とやらの犬との約束が大事なのか?最悪、お前は死ぬ事になるぞ」
九尾狐は直ぐ様返答をした。それは考えるまでも無いと暗に言っているようにも感じた。
――何を言い出すのかと思えば、つまらぬ。妾が崑崙に来た理由は、あの主人と再開する為だけに死を越えて生きている小型犬との約束のみ。それ以外は興味が無い
……言い換えれば、治癒を司る神の特性によって万が一絶命しても、自分には関係無いと言う事か……
死ぬ覚悟、いや、目的を叶える為の覚悟。
強い。
ただ凶悪凶暴なだけでは無い。白面金毛九尾狐は全てにおいて強者である。
それを実感する。
「特性?」
「治癒を司る神は、そこに居るだけで並みの妖魔なら滅する事ができるんだ。それ程までの仙気を常に纏って、発している。つまり妖の九尾狐も、治癒を司る神と相対する事が難しいと言う事だ」
そして死ぬ可能性もある。
超超強力な仙気に当てられて、死ぬかも知れない――
「ふーん…居るだけで滅する事が可能な仙気なぁ…しかし、並みの妖魔の場合だろそれ?」
「治癒を司る神は戦闘向きの神じゃないから前線に出た事が無いらしいので不確かだが、伝承によればそうだな」
「ウチのタマは並みじゃねーから問題無い」
此方は全く不安など感じていないと言い切る北嶋。
「いや、だから伝承によればだ。もしかしたら、妖魔の類ならば簡単に滅する事ができるのかも……」
「それこそ不可能だ」
あっさりと否定。考えるまでも無く、あっさりと。
「治癒を司る神の仙気がどんなもんか知らんが、タマがどんなもんかも知らないだろお前」
それは絶対的信頼。
単なる主従関係だと思っていた北嶋と九尾狐の関係だが、どうやらそんな簡単なものじゃないらしい。
確かに、そうで無くては九尾狐が人間に従う筈も無いか。
いずれにしても、治癒を司る神に会いに行く事は決定だ。だから不安など微塵も見せる事無く、九尾狐は先頭に立って進む。
しかし、この高濃度の仙気の中、迷いも見せずに進んで行くのは漠然とした不安がある。
崑崙の山頂、天帝への門に本当に辿り着けるのか?
もしかしたら、全く見当違いな所を進んでいるのでは無いか?
「何を根拠にして進んでいるんだ?本当に方向は合っているのか?」
九尾狐は面倒そうに振り返る事もせずに言う。
――獣の匂いを辿っているのだ。だから間違いは無い
獣……獣の匂い……
「因みにどの方向に進んでいるのカ?太陽も見えない高濃度の仙気だから、方向も解らないネ」
――恐らくは東
「少し喉が渇いたな。近くにコンビニ無いのか?」
――あるわけ無かろう!
「自販機でもいいんだが」
――あったら逆に妾が驚くわ!!
あったら九尾狐だけじゃなく、俺も立慧も驚くと思う……
と、九尾狐がいきなり脚を止めた。
――そんな馬鹿な話をしている間に、着いたぞ
九尾狐が見上げた先には、石造りの頑丈そうな門。
その門の真正面に、それは居た――
それは巨大な虎。尾が九つある、仙気を放つ巨大な虎だった。
「……
開明獣は、中国に伝わる神獣だ。
崑崙山の九つある門の内、東側の正門である開明門の門番をしているとされる。
成程、開明獣は確かに崑崙の門番に相応しいかも知れない。
事実、俺と立慧は、その仙気に圧倒されて、動く事すら叶わないのだから。
そんな開明獣の方に、全く無防備で進む北嶋。
「北嶋!待て!迂闊に動くな!!」
「動くなっつったって、あの虎が退けない限り先に進め無いだろ」
事も無げに言い放ち、あの仙気を受けても全く動揺も驚嘆もする事も無く、ただ真っ直ぐ向かって進む!!
――勇、穏便に頼むぞ
九尾狐の弁を踏まえると、一応交渉して通らせて貰うつもりのようだが、果たして……
「本来はカタコト娘が「お退きなさい!」とか言って退かせなければならないような気もするんだが、何せ元女王があの様だからな。場合によっては押し通るぞ。普通に」
場合…この場合とは、開明獣が立慧や俺達を襲うと言う事だろう。
しかし押し通るって、どれだけ不敵なつもりなんだと呆れる程だ。
「おい虎。悪いがそこ退いてくれよ。通りたいから」
交渉じゃなく普通にお願いしたー!!しかも丁寧じゃない、寧ろ邪魔と言わんばかりに!!
開明獣はそんな北嶋を見下ろした。
――この崑崙に何用だ人間?場合によっては通してやってもいいが
絶対嘘だろ!如何なる理由を聞こうが、通すつもりなんか無いだろ!
「あー、この山頂に居る筈の治癒を司る神に頼みがあってさ」
――治癒神様に?ふん、あの御方は天帝の側近なる御方。たかが人間の頼みなど聞く訳も無い。だから却下だ
案の定と言うか当然と言うか、開明獣はやはり拒否した。当たり前だ、人間を崑崙に入れる真似を守護が通す訳がない!
「お前程度がそれを決めんのか虎。俺は治癒を司る神に頼みがあって来たんだ。お前の勝手な想像を聞きに来た訳じゃねーんだよ」
開明獣を『程度』って!!
俺達の肝が冷えたのは言うまでもないだろう……
――言いよるわ人間。そっちの狐も何か言いた気だが、貴様は妖。聞く事すらせん。失せるが良い
「あ?なんだこの虎は?つまり俺に喧嘩売ってる訳か?なんだ、それならそうと言ってくれりゃ…」
一気ににやける北嶋。手っ取り早く済んで良かった。表情がそう言っている。
「待って!私達は争いに来たんじゃないヨ!お願い事をしに来たんでショ!そうダヨネ九尾狐!}
立慧が止めに入るも、開明獣の気配が一気に変わった。
――九尾狐…だと?
それは警戒心を極限まで高めて、いつでも戦い始められるように、臨戦態勢をも取ったのだ。
「何だ、お前本当に有名なんだな、タマ」
――貴様と同じく悪目立ちと言う所だ
北嶋と九尾狐の掛け合いを見て、更なる驚きの声を挙げる。
――白面金毛九尾狐が人間と同じ目線に……!あの悪名高き妖狐が……!
逆に不快感を露わにした北嶋。
「同じ目線って何だ虎。タマはウチのペットだぞ。家族って言えよこの虎。とらドラかお前は」
流石にとらドラでは無い事は俺にも解る……
――家族―!!!
尚更驚く。その様子を隠す事すら忘れて。
「つかカタコト娘、お前がビシッと命令すりゃいいんだよ。そのいつもより5センチ深いスリットのチャイナは何の為だ?」
「別に深いスリットは戦闘服じゃないヨ!勝負服なだけ!」
「誰と勝負すんだよ。兎に角言えよ。「西王母の名において命ずる」とか何とか、格好つけてさぁ」
「確かに私は西王母ダケド、だから永い間不在だったカラ、命令権限があるかどうか怪しいんだってバ!!」
開明獣は更に更に驚き、今度は固まってしまった。
そして漸く絞り出すように発する。
――せ…西王母様……
開明獣は微かに震えて、驚愕の表情を浮かべ、遂には地に伏し、限界まで頭を下げ出した。
――その気配…小さくとも間違い無く西王母様…!!よくぞ…よくぞ帰って来て下さいました…!!
「え?こんなに長い間、留守だった私に頭を垂れてくれるのカ?」
立慧自身は意外そうな表情をして、寧ろ立ち竦む。
「良かったなカタコト娘。やっぱり5センチ深いスリットが功を奏したんだよ」
「私の美脚ガ!?」
「……小さな気配と言ってただろうが…」
軽く頭痛がして眉間を押さえる俺。
「まぁいいや。つー訳で、西王母のお許しを戴いてだ、俺はこの崑崙に治癒を司る神に会いに来たんだな」
したり顔の北嶋。
「だからここを通らせて欲しいネ」
――西王母様の御命令ならば、私が背く筈が無い
開明獣は身体を起こして、脇に除けで道を開いた。
「助かったぞ虎。あの儘じゃ、力付くで押し通るしか無いと思ってたからな」
――貴様の為では無い。西王母様の御意志は私の意志も同然
ふーん、とそこを通ろうとした北嶋。
と、その時、俺達の背後から、凄まじい四つの邪気が現れた!。
何だこの邪気は!?未だかつて感じた事の無い邪気!巨大で、そう、目の前の開明獣すら飲み込んでしまうような、深淵の底から現れた邪気は……!
――ここは危険だ!おい人間、西王母様を早く山頂にお連れしろ!!
言うや否や、目に見えぬ速さで最後尾の俺の後ろに回り込む開明獣と九尾狐!
「あ…ああ…し…四凶?」
四凶だと!!
立慧の言葉を受け、俺も背後の邪気を見る!
一つは巨大な犬の姿をした、長い毛が生えており、爪の無い脚は熊に似ていて、自分の尻尾を咥えてぐるぐる回っているだけの怪物……
一つは身体は牛か羊で、曲がった角、虎の牙、人の爪、人の顔持つ化物……
一つは翼の生えた虎で、犬のような鳴き声を挙げている化物……
一つは虎に似た体に人の頭を持っており、猪のような長い牙と、長い尻尾を持っている化物……
聞いた事のある姿、いや、それ以上に醜悪な姿で、そこに佇んでいる!!
「
禍々しくも圧巻な四匹の邪神!!その四凶が崑崙の地に降り立ったのだ!!
「何だあいつ等?」
「……中国神話の魔王…とでも言ったら解り易いか。兎に角敵である事には間違い無い…!!」
俺も双剣を構えて戦闘体制を取った。
――勇、ここは妾達が足止めする故、西王母を早く山頂に連れて行け
開明獣に九尾狐、そして俺――
開明獣と九尾狐は兎も角、俺程度の道士が足止め出来そうも無い相手だが、同感だ。
「立慧を頼んだぞ北嶋…!!」
「何言ってんだタマ?お前が頼まなきゃ意味無いだろが?おら来い」
と言って九尾狐の首輪を引っ張る北嶋。
――クワッ!し、四凶はあの七王と同じクラスだぞ!開明獣とその道士だけでは太刀打ちできん!!それに時間も惜しい。貴様の手を煩わせる暇も惜しいのだ!!
「四匹だろ?つまり四撃。そんなに時間掛かるか?」
こいつは四匹を四発で倒すつもりか!?しかもその弁だと、一柱一撃と言う勘定になるぞ!!
――人間!あまりふざけた事を言わず、西王母様を早く山頂にお連れするのだ
開明獣が心底呆れながら進言する。
北嶋はきょとんとしながらそれに答えた。
「だから七王レベルなんだろ?一撃以上必要あんのか?」
流石に俺も突っ込まずにはいられない。
「七王とやらがそのレベルなのかは知らないが、奴等はそんな生易しい化物じゃないんだ!!これ以上お前と問答している時間も惜しい!早く立慧を連れて行け!!」
――一撃云々は兎も角、妾は貴様が負けるなど微塵たりとも思って居らぬ。だが、時間が惜しいのは事実
少し間を置き、溜め息を付く北嶋。
「お前の案件なのにお前が居なくでどーすんだよ。傷だらけコックはただ付いて来ただけだから構わんけど。まぁ、仕方無いか」
言いながらポケットから財布を取り、中からカードを取り出す。
「何だ?こんな所でクレジットカードを出す必要あるのか?」
「クレカじゃない。これはゲートだ」
見せられたので見ると、それは金属の黒いプレート。それに黒い蛇が描かれていた。
「おら来い黒蛇。仕事だ」
それを地面に放り投げると、あの四凶に引けを取らない、いや、それ以上の黒い邪気が、竜巻のように立ち上った!!
それは黒い巨大な蛇。周りに青白い鬼火を纏わりつかせながら、赤い瞳で北嶋を見下ろしている――!
その圧倒的な魔力に、俺と立慧は言葉を発する事すら叶わず、ただ呆然と見上げるのみだった……
そしてその蛇は四凶を一瞥し、低い声で発した。
――俺様はやんねぇぞ
「あん?やらねーって、どう言う事だ?」
――あのレベルを相手取るなら手加減出来ねぇ……
「手加減する必要ねーだろ。普通にぶっ殺せよ」
明らかに敵だろがと、事もあろうに、この巨大な悪神に対して蹴りを入れる北嶋!俺と立慧は勿論の事、開明獣ですらも青ざめた!
――いってぇな…兎に角、俺様は昔の俺様に戻りたく無ぇんだよ。俺様は今の俺様を気に入ってんだからよ……
「昔のお前なんか知らんが、つまり悪魔王の代理としてのお前に戻りたく無いって意味か?」
更に慄いた。
悪魔王の代理!?だとすると、この黒い蛇にはどれ程の戦闘力があるんだ!?
そんな俺を余所に、黒い蛇は北嶋に対して首を振って否定した。。
――俺様は凶悪で残虐なんだよ。その力はあくまでも俺様が気持ち良くなる為に使ってたんだ。オメェ等と出会う前まではな
「要するに、人間の俺達と過ごす事によって、それが引く行為だと解って反省した訳か」
引くって!もっと違う言い方があるだろうが!!
だが、まぁ、黒い蛇はかつての残虐非道振りを反省し、今を北嶋に捧げている、と言う訳か。
一体何があったのかは知らないが、悪魔王の代理程の悪神が改心した転機があり、今はそれに満足していると。
成程、手加減出来ないとは即ち、かつての残虐非道な悪神に戻ってしまうかも知れないとの危惧からか。
それなら何となく理解出来る……って、おいおいおいおい……
そこまで聞いた北嶋は、膝を曲げた儘上げて、黒い蛇の尾の先端を思い切り踏み抜いた!!
――ぎゃあああ!な!なにしやがるんだオメェ!!
相当のダメージを負ったのか、黒い蛇は文字通り飛び跳ねて、涙目で北嶋を睨み据えた。
「何をらしくないアホみたいな事抜かしてんだ。お前から戦闘力を取ったら温泉くらいしか残ってねーだろが」
温泉と言うのがイマイチ意味不明だが、戦闘力しか能が無いみたいな言い方は傷つくだろうが!!
たまらずに割って入ろうとした俺を手を翳して制し、北嶋は続けた。
「お前、ひょっとして俺を殺しちまうみたいな事考えている訳?それなら不要な心配だ。お前も解るだろが。「お前如きが俺を倒せる訳が無い」だろ」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!おいっ!怒らせるなよっっっ!!明らかに単体の四凶よりも邪気が凄まじいだろうがっっっ!!」
手の甲で北嶋の胸を叩く。突っ込みと言う奴だ。こんな場面で行う事じゃないが、そうせざるを得なかった。どんだけ高見に居るつもりなんだこの日本人はっっっ!!
そんな俺を無視して北嶋は続ける。
「あのな、お前が多少やんちゃしようが、そりゃ俺も神崎も怒る時もあるだろうが、それを許す事が出来るのも
悪魔王の代理とまで呼ばれる悪神が、身体を硬直させる。
家族……許す……
例え
――オメェ正気か?俺は悪魔……しかも七王の頂点として創られた存在だぜ……
そんな自分を
しかし北嶋は実にあっけらかんと、何を言ってんだこの馬鹿はと言わんばかりに返した。
「家族じゃねーか。お前だけじゃない、海神も、死と再生も、地の王も、最硬も、黄金のナーガも、みんな俺の大事な家族だよ。だからたまに掃除をサボる程度の事、笑って許してんだろお前等もよ?」
……つうか…神や悪魔を家族って……凄い一律に平らに均してんじゃねぇか。
だが、それが北嶋 勇……
何者をも恐れず、敬わず、崇めず。神も悪魔も普通に受け入れる、全てに置いて規格外な男……
そうなると、伴侶の神崎、だったか?その存在がかなり気になる……
こんな馬鹿げた男と添い遂げようと、正気の沙汰じゃない女の事を。
――神崎には存在する事を許されて、オメェからは家族として必要とされ、か?たかが人間がこの俺様を随分と低く見るじゃねぇかよ
言葉とは裏腹に、険が落ちた風に緩やかな表情に変わった。
――だが、まぁ、オメェの言う通り。万が一俺様が狂っちまったら、オメェが
そして四凶に身体を向けて、俺達の盾になるように身体を向けてて、高らかに吼えた。
――北嶋の六柱が一柱、憤怒と破壊の魔王だあ!!家長の命を受け、オメェ等を喰い潰す!!
周りの青白い鬼火が激しく燃え上がったが、それとは裏腹に、悪神の表情は晴れやかだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
全く、悪魔の分際でメンタルが弱いな。お前程度がこの俺をどうにか出来る筈無いっつーの。
だが、まぁ、やる気ってか、色々吹っ切れたようだし、良しとするか。
凶暴凶悪が売りなら、それに準じればいい。結果、暴走みたいな事になりゃ、俺がちゃんと躾し直してやるだけだ。
「おら、これで問題無いだろ。行くぞタマ」
タマは微かに頷いた後、黒蛇に近寄った。
――すまんな憤怒と破壊。恩に着る
――カッ!まぁ仕方無ぇ事さ!
タマがあからさまに不愉快な顔をして首を捻る。
――……まぁ、
――………!
――………!
何か知らんがめっさ睨み合いをするタマと黒蛇。空気がどんよりして重くなった。
つか、そんな事している暇じゃ無い筈だが。他ならぬタマが急かした筈だが。
「おいお前等、そんなつまらん事で……」
つまらん事と言った瞬間、タマと黒蛇がめっさ殺気の籠った瞳を俺に向けた。
――まぁまぁ、よく聞けや狐。俺様の方が年上になる筈だろ?んならやはり俺様が兄貴じゃねぇのか?
――蛇程度の頭でも理解できるように易しく説明してやろう。妾が先に北嶋の家に来たのだ。それならば妾が姉と言う事になる筈であろう
「………」
「………」
この凄まじい殺気が飛び交う中、言いたいが言い出せない傷だらけコックとカタコト娘。
だから変わりに言ってやった。
「そんなくだらん理由でマジに殺し合いしそうな殺気を放つな馬鹿共が!!」
――くだらねぇ、だと?オメェは人間だから知らねえのかもだが、序列ってのはかなり重要なんだよ!!
おお…マジで怒っている……
――序列など妾には大した意味など無いが、それでも
此方は当然の権利だと胸を張る。
つか、どうでもいいわ。
治癒を司る神に会いに来た理由を忘れてんじゃねーだろうな?目の前の四匹の敵の存在はドスルーかよ。
――オメエとはここで白黒はっきりしとかねぇと、後々面倒になりそうだなぁ……?
黒蛇の青い炎がアホみたいに燃え上がる。
――やれやれ…理解力の無い馬鹿な弟を持つと、姉は苦労するのだな
対して本来の姿に戻るタマ。
こいつ等マジでやり合うつもりか?
アホじゃねぇの?
俺は全力でそう思った。
「お、おい北嶋…と、止めなくていいのか?」
傷だらけコックが不安MAXだと俺の肩を揺さぶる。
「単なる兄弟喧嘩だろ?だけどまぁ、時間もアレだしな」
やれやれと肩を竦めて一歩踏み出そうとしたその時、黒蛇が赤い瞳を俺に向けた。
――おいオメェ、それは
直ぐ様タマが反応。
――
面倒臭ぇ!
激!面倒臭ぇ!!
そんなもんどっちだって構わねーわ!!つか、家に帰ってからやれよ!!
「あ、あはははは……やっぱり家族だから喧嘩位するよネ」
この空気に耐えかねたカタコト娘が、場を取り繕うように愛想笑いしながら発した。
――だよなぁ…
――
薮蛇だと、愛想笑いの儘固まるカタコト娘。
そしてギギギ…と音がしそうなゆる~い勢いで俺に顔を向けた。
愛想笑いの儘。。
俺は跳び跳ねて、先ずは黒蛇の頭、そして落下途中にタマの頭をぶん殴った。
――ぎゃあああ!
――クワァァァ!
地に着地すると、奴等は丁度頭を地に付けて悶絶宜しく蹲った。
「うっぜぇぇぇぇぇ!!この馬鹿共が!!
真っ青になる傷だらけコックとカタコト娘。
口をアホのように全開に開けながら。
――くっ……些か不本意ではあるが…確かに勇の言う通りか……
フラフラしながらフェネック狐に戻るタマ。
――畜生、悪魔の俺様の頭ぁ、思いっ切りぶん殴りやがって……仕方無ぇ…あの四匹で憂さ晴らししとくかよ……
涙目を四凶に向けて、八つ当たりしようと目論む黒蛇。
――行けオメェ等。これから先は俺様のお楽しみだ。邪魔すんじゃねぇよ
仕切り直しと言った感じで四凶に牙を向く。
――頼んだぞ憤怒と破壊
――カッ!家長様の御命令じゃ逆らう訳にもいくまい。俺様もオメェもな
微かに笑いながら背を向けて歩き出すタマ。
「やれやれ、漸くか。行くぞお前等」
促されて微妙な表情の儘、タマの後を追う二人。
「遠慮すんじゃねぇぞ」
――だから手加減は出来ねぇよ。安心しろ、普通にぶっ殺してやる
じゃあ安心だと呟き。俺も背を向けて崑崙の山頂へ繋がる門を潜った。
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