邪仙襲来

 早朝、ホテルから出てから数時間、既に私は家で寛いでいた。

 遅い朝ご飯、いや、少し早めの昼ご飯にと、買って来たお弁当を摘みながら、テレビを見てまったりと過ごしていた。

 その様子を当然ながら快く思っていない周老子。

――随分と余裕のようだがな、もしかしたら陳との戦争が間近だと言う事を知らんのか?

「邪仙と戦争をしているのは老子、貴方の筈です。北嶋さんは邪仙のゴタゴタは関係無いと断言しました。そして私は北嶋心霊探偵事務所の所員です」

 北嶋さんならば、何を当てにしてやがるんだこの野郎、とか言って殴っているだろう。ホテルでのやり取りの教訓を全く生かしていない。

――だが、貴様等の意向など関係無しに襲って来るであろう事は必須

「ですから、向かって来たら戦うだけですって」

 印南さんの狙いは黒幕の陳 大人故、結局の所は邪仙と戦う事になるのだろうが、それはあくまでも私達の問題。老子の願いや立場は全く慮る必要は無い。まだ私に張り付いてるのか、と逆に聞きたいくらいだ。

 私が仕方ないと思っているから裏山の六柱が黙認しているだけで、本来ならばこの家に害成す霊など入れない事も知らないんだろうなぁ。

 因みに此処で言う、「害成す」は、争い事を私怨も含めて持って来ている事だ。

 せめて偽りの無い心で、道教の為、平和の為と思ってくれればいいのだが……

 私怨で更に横柄な態度を取っていたから、北嶋さんにやられちゃったんだけどなぁ。自分でも反省していた筈なんだけど、あれ?

「もしかして老子、恐れていますか?」

――む…恐れている…か…それは当然そうであろう。認めたく無いが……

 ふむ、恐れて、焦っているから横柄な態度を取っている事に気付いていないのか。

 苛立って八つ当たりしていると思えば、まぁいいかな?

「大丈夫ですって。邪仙が、陳が襲って来ようとも、それがこの事務所である以上、問題なんかありません」

 言うなればホームで戦うって事になる訳で。

 如何に邪仙と言えど、六柱が常時目を光らせているこの家ならば、敗れる事は無い。寧ろこの家で戦う方が、私としては非常に有り難い。

 そんな訳で、家事をこなし、依頼の連絡を取り次ぎ、つまりいつも通りに過ごしている訳だが。

 私は北嶋さんじゃないから、決してサボったりしないのだ。

 こんな状況であれ。

――貴様の自信は解った。此処での戦闘に不安が無い事は重々理解した

 そんな私に苛立ち、居候(?)の立場な筈の周老子が、明らかに殺気立っている。

――現実問題、陳の配下や切り札が挙って此方にやって来たらどうするのだ!!

「挙っては来ないでしょう?崑崙が目の前に在る状態、それに西王母と言う鍵がそこに向かっている状況。そして北嶋さんがその状況を作り上げた事実。これを踏まえて、戦力の半分は崑崙に向かわせる筈」

――半分と言ってもだな……

 不満か不安で口を挟む周老子だが、それに構わずに進めた。

「半分と言っても主戦力は北嶋さんの足止めに使うでしょうから、此方には数で押して来るでしょうね」

 よりしれっと、わざと作ったようにしれっと言い放つ。

 周老子はぶるぶると震えていたが、やがて諦めたように脱力して肩を竦めた。

――其処まで解っているのならばもう良い…儂は奇跡に期待しよう

 なんと、わざわざ嫌味を発するとは。

 まぁ、北嶋さんじゃないけど、面倒臭いから反論もする気にならないが。

――君代ちゃんもなぁ……せめて物解りが良い弟子に引き継がせた方が良かっただろうに

 物解りが悪くて申し訳ありませんねぇ……

 師匠の事を言われて流石にカチンと来たので、一言だけ独り言のように呟いた。

「遠見も先見も仙人の専売特許では無い」

 はっきり言ってしまえば、あのホテルで遠見した事を北嶋さんに見破られたその時から、既に立場は逆転していた。

 符と言う痕跡を残していたんだ。それを手かがりに逆に監視・・を行えたのだ。

 陳 大人が自らを慎重で計算高いと評していたが、やはりと言うか、トップに立った安心感か、私が追跡できる事・・・・・・・・を考えにも入れていない。

 更には今回は今まで以上に不安要素が無い。

 北嶋さんは家族の為・・・・に動いたのだ。

 今も昔も彼が負ける事も考えられないし、私達を蔑ろにする事も無い事は重々承知だけど、家族の為に動いた彼が、全てにおいて邪仙如きに遅れを取る事は無いと断言できる。

 そして夜。

 バラエティーが映っているテレビを消し。腕を天井に向けて腰を伸ばす。そのまま前屈。軽いストレッチだ。

 そして深呼吸。身体中に充分な酸素を取り込む。

「よし」

 そして玄関から外に出る。

――何をしとるのか君代ちゃんの弟子よ?

 怪訝な顔をし、尋ねてくる老子に目を向けず、庭先の空間をじっと見つめながら返した。

「来ます」

――何が来る………

 言って押し黙る老子。

 老子も気配を察したのだろう。あの何も無い空間から漂って来る邪気を。

「空間移動……まぁ、それ位できなければ崑崙には行けませんよね」

 しかし少し手こずっている様子だ。

 そりゃそうだ。此処は北嶋の聖域の一部。人間なら兎も角、道士なら兎も角、邪仙は入って来れない。

「じゃあ少し手助けをしてあげましょう」

 そう言って一枚の札を取り出す。和紙に『文句あんなら来いや』と油性マジックで書かれた札だ。

――符?しかし、そんな物にどれだけの効果がある?

 符に対しては元祖たる道教。こんなに単純明快な、寧ろ注意書き程度の札に効果を感じる筈は無いのだろう。

 言うまでもなく、この札は北嶋さんお手製の超御都合主義の札。道教の、いや、他宗教の常識など通ずる筈は無いのだ。

 躊躇い無く。それを宙に放り投げる。

 空間から邪気が溢れ出てくる……

――こ、これは……無理やり門を開いたのか!?

 まぁ、概ねその通り。

「来やすくなったでしょう?おもてなしはしないけど、手荒い歓迎ならしてあげるわよ」

 言うや否や、空間がひび割れて、黒い胴着を来た額に符を貼られている人間が一斉に飛び出して来た。

 人間、いや違う。

 確かこれはキョンシー。中国のゾンビとか、吸血鬼とかだった感じの妖だ。

 中国では、人が死んで埋葬する前に室内に安置しておくと、夜になって突然動きだして人を驚かす事があると昔から言われていた。

 それが僵尸キョンシーである。 

 性格は凶暴。血に飢えた人食い妖怪であり、更に長い年月が経つと神通力を備えて、空を飛ぶ能力なども持つとされる。

 そのキョンシーが空間の裂け目から溢れ出て来るのだ。

「ちょっと多いかな」

――ちょっとどころでは無い!陳がその気になれば万単位のキョンシーを動かす事が可能なんだぞ!

 慌てる周老子。確かに、万単位の動死体はご近所に迷惑を掛けそうなレベルだ。――その程度のレベルで済む話では無いとは思うがなぁ……

 突っ込まれたが気にしてはいけない。

 北嶋心霊探偵事務所は、今は全然良くなったとは言え、ただでさえ怖がられているのだ。

 以前悪霊の棲む家として、何人もこの家で死亡している事実。

 区画整理をし、ご近所にも沢山家が建ち並ぶようになったが、前まではこの付近に地元の人間は立ち入る事すらできなかった程だ。

 町内のイベント活動に積極的に参加して、漸く得た好感度を失う訳にはいかない。

「仕方無い。せめて印南さんが間に合うまではと思ったけど……」

 開いた空間ごと亜空間に転送する。

 背景が灰色となり、家を含めた裏山全てが転送された。

「さっ、これで遠慮は必要無いわよ」

 印から速攻、術を発動させた。

「浄化の炎!!」

 目の前に飛び跳ねてきたキョンシーが火達磨になり、灼けて倒れて行く――

 だが、流石の数。尚も現れるキョンシー。近付かれたら面倒な事になる。

 浄化の炎で私中心から壁を作り、キョンシーの接近を封じる。

「いきなり不粋じゃない?自己紹介位して欲しいものだわ」

 空間の裂け目の向こう側、未だに姿を現さず、此方の様子を見ている『偉い人』に向けて発するも、慎重なのか臆病なのか返事すら無い。

 まぁ、奴は印南さんが狙っているから、横取りは良くない。

――瞬時の別次元への転送、キョンシーを一瞬で灼き尽くす炎…それ程の力とは……!

「だけど少し効率が悪いですよね」

 しかしと言うか、当然と言うか、此処は北嶋家。裏山に連動している空間。

「動く死体が好き勝手にはしゃげる環境じゃない事は確かですよ」

 言い終えたと同時に、亜空間に雨が降る。

 その雨に打たれてキョンシーが絶叫しながらぼろぼろに崩れて行く。 

 そして私の頭上に現れた神気。それも高位の神気。

――動く死体か。またつまらぬ雑魚を送って来たものだな

 北嶋の六柱の一柱、龍の海神が、キョンシーと周老子に敵意を向けて現れた。

――か、海神…様……

 流石の周老子も首を垂れる以外に許されない。それ程の怒りを老子にぶつけている。

――客人扱い故に見逃してやってはいるが、これ以上我が主の伴侶に無礼な真似は許さんぞ……

 文字通り跪いていた周老子に警告を発して、キョンシーを滅する方に意識を向けた。

――動く死体如きは造作もないが、まだ隠れている鼠がいるな

 簡単に見破る海神様だが、それはそうだ。空間の裂け目から、自ら滅ぼされる為だけのように、溢れ出てキョンシーがやってくるから。

――顔くらいは拝ませて貰うぞ鼠…!!

 海神様が空間の裂け目を一睨みすると、砕けた漆喰の壁のように穴が広がった。

 そこはどこかの施設の一室なのか、兎に角広すぎるロビーのような部屋――

 辺りに符が張り巡らせられている。

「は!はわわわわ!!」

 一番奥にいた鼻の下に髭を生やしている老人の男が、更に隠れるように奥に引っ込んだ。

「あれが陳 大人。そしてこの部屋にいる者達が邪仙か」

 ざっと部屋を見渡すと、100人は超える程の邪仙。

 些か肩透かしではあった。この程度の戦力で、本丸を狙うとは愚か過ぎる。

 邪仙が緊張を以て身構える。

「き、貴様等!柱はどうでもいい!神崎を、北嶋の伴侶を捕らえろ!」

 そう言って自分だけ部屋から逃れようと、扉に手をかけた。

「がっっ!?」

 瞬間、陳の身体が弾かれたように押し戻される。

 いや、押し戻されると言う表現は正しくないか。弾き飛ばされたが正解だ。

 陳は、部下である邪仙を押し退けて、私の足元まで飛んで来たのだから。

――易々と逃がすと思ったか。勇殿が不在とは言え、此処は北嶋の聖域だぞ

 最硬の武神様が亀甲の盾を部屋に張ったのだ。あの盾を張られたと言う事は、最早逃げ場は皆無となった。

「ひいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

 みっとも無く狼狽える陳 大人。

――陳!貴様も覚悟を決めよ!うっ……!!

 威喝した周老子だが、言葉を詰まらせる。

 邪矛の切っ先が周老子の喉元に狙いを定めたからだ。

――龍の海神の言う通り、あまりでしゃばった真似は戴けぬ

 あくまでも客人として黙認しているだけで、六柱は周老子を歓迎していない。

 私に不遜な態度を取り続けていた事を、既に承知しているのだから。

 主の留守を守る伴侶に、無礼な態度を取り続けているのだから。

「ふ、ふはは!招かれざる客は貴様も同様のようだな、周!!」

 陳が手を上げて合図をしたと同時に、大量の符が宙に舞った。海神様と最硬の武神様に纏わり付くように辺りを漂う。

「神封じの符か」

「そうだ!私はこれで多数の悪神を捕らえたのだ!!北嶋の柱だか何だが知らんが、少なくとも拘束程度ならばできる!!」

 歪んだ笑みを私に向けて勝ち誇っているが、それは全く意味が無い。

 海神様の聖水が符を濡らし、最硬の武神様の邪矛が難なく斬り捨てる。その動きを封じるどころか、全く効果が無いように。

「なぁ!?なななななな、何ぃぃぃぃ!?」

 余程自信があったのだろう。少なくとも、拘束程度なら可能だと。

 陳は尻餅を付き、部屋の、邪仙の後ろに隠れるように腕をしゃかしゃかと動かして逃走した。

「な、何故全く意味を成さない!?我が道教の奥義の符だぞ!?封神の符だぞ!?蚩尤ですら捕らえた符だぞ!!」

 此処からではよく見えないが、かなり狼狽している様子だ。それは勿論、他の邪仙も同様だろうけど。

「あなたの神封じの符ね、北嶋の六柱には例外的だけど効かないのよ」

「れ、例外?」

 別に教えてあげる義理など無いが、一応言う事にしよう。刃向かう気力すら失せさせる為に。

「北嶋さんが思っちゃったのよ。自分の守護柱は敵には負けないと」

 北嶋さんが思った事は、現実に反映する。創造主に限りなく近い力……

「あなた、ホテルまで遠見の符を使って追いかけて来たわよね?」

「そ、それが何だ?」

「北嶋さんに簡単に看破されたわよね。私達も叱られたわ。「たかがチョビ髭のチンケな札に」って」

「それが一体何だと言うのだ!!」

「その「たかがチョビ髭のチンケな札」は、北嶋の六柱に通用しないと思われちゃったのよ。だから如何に強力な術式を練り込んだ呪符だろうと、あなたの符は単なる紙切れ以下」

 だって私達でも楽勝で見破れると思っていたんだから。神なら通用しないと思っちゃうでしょ普通?

「な、なんだその訳の解らない理屈は!!」

 声を荒げる陳。それを無視して私は自信満々で言い放つ。

「あなた達は私の暇潰し程度にはなるんでしょうね?」

 そう、不敵に笑って、二柱を控えさせる。

「柱を控えさせた…だと!?貴様一人で全てを相手にするつもりか!傲るな女!!」

 まだ動けるキョンシー達が私目掛けて飛び出して来る。

 硬い身体、関節が曲がらない身体を脚力のみで動かして。キョンシーは死体だから、硬直しているからそうらしい。

 浄化の炎の壁に阻まれ、灼かれながらも、主の命令、呪符の効果で、ただ私を襲おうとするのみ。

「うざいなぁ……」

 海神様の聖水で半数以上滅されているとは言え、やはりその数は面倒だ。

「月の女神、狩猟の神よ!!我が敵を狩る弓を与え賜え!!肉を穿つ銀の矢と共に!!」

 銀色の光が私の全面に集まって来る。

 銀は西洋で破魔の金属。以前日本の妖怪で試した時にも効果があった。キョンシーにも勿論通用するだろう。

「白銀の矢!!」

 無数に放たれる銀色に輝く矢が、キョンシーを貫く。断末魔を上げて滅びて行くキョンシー。だが、まだ沢山のキョンシーは生きている。

 死人のキョンシーを生きているとの表現は少しおかしいか。

 自分で言って少し面白かった。

 だが、流石に数が多い。ならば、と続けて二の矢を放つ。

「間髪入れずに同じ術を!!」

 驚く陳 大人だが、もっと驚かせてあげよう。

「白銀の矢!!」

 続けて三の矢。四の矢。五の矢!!

「!!?」

 目を見開いて驚く。

 しかし、陳 大人……尸解仙とは言え、最後の仙人とまで謳われた人物だ。邪仙の量産・・にも成功し、邪神の復活も成功させ、周老子を間接的に殺害をしている。

 にも関わらず、薄い。

 いや、確かに実力者には違いないとは思うが、何だろう?全く脅威と感じない。

 ファーストコンタクトの遠見や、負を集めるマンションを見る限りは、通り名の如くの人物だと思ったのだが、いざ対面してみると、この薄さは何だ?

 まるで、陳 大人が傀儡であるような、そんな印象すら受ける。

 まぁ、それは兎も角、白銀の矢を十二回発動させた所で、キョンシーの群れは全滅した。

 キョンシーは邪仙化に失敗し、そのまま死んだ道士だが、反陳勢力の犠牲者もキョンシー化していたので、此方の方は滅せずに地の王にお願いし、然るべき処置をして戴いた事を付け加えておこう。

「たった一人であの数のキョンシーを全滅させただと……!」

 いや、最初の方で海神様に手伝って貰ったのを見ていたでしょうに。

「逃げるなら逃がしてあげるわよ」

 北嶋さんが帰って来たら、問答無用で乗り込んで殲滅するだろうけども。あの人は喧嘩売って来た敵には一切容赦しない人だから。

「……あまり傲るなよ娘…」

 殺気全開、邪気を放出させ威嚇する。

「こうなれば人質云々はどうでも良い…娘……」

 わざとらしく一度溜めて、吐き出すように叫んだ。

「貴様は死ね!!」

 これが号令となり、邪仙全てが躍り出る。最も、彼等には退路は無い。私を、御柱を倒さなければ、此処から出る事は叶わない。

「妥当な線だけどやけくそねっ!」

「はははは!如何に貴様が巨大な霊力を持とうが、体術までは鍛えていまい!」

 つまり拳法で来ると言う事か。つか自慢気にバラすなよ……だけど、確かに体術は自信が無い。だから術で応じる。

「雄叫ぶ盾!」

 オハンを喚んで、邪仙の攻撃を防ぐ。現に飛びかかって来た邪仙は、オハンによって弾き飛ばされた。

「あの女、宗教宗派は関係無しか!!」

 リサーチ不足でしょ、それ。私は神仏は勿論、聖魔とも対話しているんだし。

 そして私はある札を宙に舞わせる。同時に、私の姿が背景に溶け込むように消えた。

隠形術おんぎょうじゅつだと!?あの女、仙術まで使えるのか!?」

 流石に面食らった様子だ。隠形術とは姿を消す仙術。いや、姿どころか気配まで消す。

「遠見のお返しと言った所かしら?」

「く!!」

 邪仙達があからさまに動揺する。んじゃこの隙にと。

三山閣さんざんかくの守護!それを指揮する神よ!!」

 一瞬だが時間が止まったように、場の邪仙が固まった。

 それは陳も論外では無い。直ぐに震えながら言葉を発したけど。だが……

「き、貴様……」

 発したと言ってもこの程度。この術の意味を知る者ならば、それが限界なのだろう。

「猛る武を以て我が敵を討ち滅ぼせ!!」

 パニックになり、逃げ惑う邪仙。

「五色の光!!」

 虹色の光が辺りを貫く・・!絶叫し、倒れて行く邪仙!

孔宣こうせんの五色の光か!!」

 孔宣とは、いん王朝の猛将である。

 その正体は虹色の羽毛を持つ巨大な孔雀で、仏教における孔雀明王で、後光のように尾羽を背負っている。

 明代の『封神演義』に、主要人物が属する周王朝と敵対。虹のような五色の光を放って敵を圧倒しまくった。

 その光を邪仙に向かって放ったのだ。

 貫かれた邪仙は、苦しみ、のた打ち回りながら消滅していく。

「仙人は不老不死らしいけど、そうでも無いみたいね」

 言いながら姿を現す。

「孔雀明王の業も確かに使えるけど、邪仙相手なら、孔宣の業の方が都合良かったのかな」

 そう言っても同一神だけど、これはあくまでも邪仙や陳に対する威嚇のようなものだ。

 私にも仙術が使えるのよ。

 ただそれを見せ付けたかっただけ。

 いやはや、北嶋さんに負けず劣らず、私も性格が悪いなぁ。と、一人苦笑いした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 目の前の状況を飲み込むのに時間が掛かった。

 そしてやっと私の口から出た言葉は……

「尸解仙とは言え、仙人を殺した……」

 仙人は不老不死。それをああも見事に滅する事が出来ようとは、予想すらできなかった。

 この女、化物か……!

 思えば、あの北嶋 勇が、全てを見通せる万界の鏡を所有する者が、この強襲を知らぬ筈が無いのだ。

 知っていて、敢えて何もしなかった。

 自分の伴侶がどれ程の実力を持っているのか、邪仙との実力差がどれ程の物なのかを理解した上で、敢えて放置したのだ。

 警戒すべきは六柱と認識していた私が甘かっただけだ!!

 改めて私は気を入れ替える。

「……雰囲気が変わったわね」

 あからさまに警戒心を露わにし、身構える女に、私は真摯に頭を下げた。

「……今までの非礼、心から詫びよう」

「……謝罪…と言う訳じゃなさそうね」

「謝罪?いや、そうだな、謝罪だ。君の力を過小評価していた事への謝罪だよ」

「そのままの評価で良かったのになぁ……」

 それは恐らく本心。そのまま油断していてくれた方がありがたいとの本心だ。

 だが、全く怯む様子を見せる事は無い。

 それは即ち、本気になった私を相手にしても、遅れを取る事は無いとの自信の現れだ。

「こう見えても私は義理堅い人間でね」

「人間?元人間の間違いでしょう?」

 これは皮肉か挑発か。それはどちらでも良い事だ。

「実力がある者にはちゃんと敬意を表すし、それ相応に対処させて戴くのが流儀なのだよ」

 指揮し、陣を取る。

「体術系の邪仙を先陣に、そして呪術系の邪仙を後方に…か」

「さっきも似たような事はやったんだがね。あれは力押しが可能と思い、適当に出した指示に過ぎない」

 女の唇が微かに動いた。

「先手を取るつもりか!させぬぞ女!」

 号令を出すと同時に飛び出していく邪仙。

 先陣の邪仙が槍を構えて突き刺すように突っ込んでいく。後方の邪仙に呪符で結界を張された。

「破邪の光!!」

 先程の銀の矢よりも遥かに強力な、千を越える光の矢。結界が紙の如く貫かれ、先陣の半数が倒れゆく。

 良い。

 所詮時間稼ぎ故。

 私はその間に呪を唱えた。少し時間が掛かるので、配下の者を捨て石にした。邪仙全てを時間稼ぎに回したのだ。

 符に墨を以てつらつらと描く。その間も配下の者がバタバタと倒れて行く。

 いや、本当に大した女だ。

 あの術は上級の術。本来はこうも短時間で乱発できる代物では無い筈だ。

 いや、そもそも乱発では無いのだろう。余りにも多すぎる光の矢故、そう見えるのだろう。

 つまり一撃で私の配下の半数が倒れたと言う事だ。

「面白い…!!」

 描き上がった符を宙に投げると、黒い雷球が無数に私の周りを漂い始めた。

「迅雷雷光……」

 雷球を女目掛けて放った。道中、配下の者がそれに触れ、身体を抉られ滅したが、それも歓迎。

「味方を…雄叫ぶ盾!」

 女は一瞬唖然としたが、直ぐ様オハンを発動させた。オハンが接触すると、成程雄叫ぶ盾。絶叫しながら雷球と相殺した。

「オハンを一撃で!」

「私の雷球を防ぐとはなぁ!」

 女の盾と私の雷球は互角のようだ。だが、それは予測済み。寧ろ本懐は別の所にあった。

「私は蛇を使った呪が得意でね」

「だから何?」

 相変わらず、光の矢を途切れる事無く放ちながらも、雑談に応じる女。素晴らしい力量だ。

「世界中には、いや道教にも所謂悪神、邪神が多々存在する。伝説に頼らず、私は私の悪神を創りたかった」

「へぇ。邪神を見つけたのはいいけど、制御に困ったから自ら生み出そう。って解釈でいいのかしら?」

 一瞬言葉が詰まる。

 いや、正にその通りだ。蚩尤や四凶もそうだが、どうも私は邪神の制御が不得手だ。

 奴等を捕らえた時も、交渉の為に千単位の生贄を差し出したものだ。蚩尤に関しては、未だに贄を与えて復活の手伝いをする始末。

「君の言う通りだよ。世界中に存在する飼育箱、日本の飼育箱は君達によって破壊されたが、あれも言わば邪神を生み出す為の副産物で編み出した呪法なのだ」

 血で描き上げた呪符を宙に舞わせながら言った。

「さあ、見るがいい!私が創り上げた邪神を!!」

 まさかこんな所で披露するとは思わなかったが、まぁ一興だ。

 宙に漂っていた符が破れて燃え上がり、その炎から一匹の蛇が身をくねらせて現れる。

 それは炎を身に纏い、女に向かって飛び立った。

 回りの邪仙を一瞬に焼死させて。

「雄叫ぶ盾!!」

 咄嗟に喚んだオハンに、炎の蛇が頭から頭突きをかました型になった。

「ぐ!!」

 女は前方にオハンを顕現させた儘、後退った。両足を踏ん張りながら、轍をこさえながら。

「初撃を封じたか。流石と言っておこう。それにしても…」

 呆れながら周りを見る。

 蛇の炎によって、場にいた九割の邪仙が一気に焼死した様を見て、落胆した。

通り過ぎた・・・・・だけで灼け死ぬとは…呆れて物も言えん」

 燃え尽き、燻っている状態から、邪仙の魂魄が揺れながら立ち上った。それは炎蛇に向かって吸い寄せられる。

「……魂を吸収した?」

「だから言っただろう?君達が壊した飼育箱は、この呪術によって編み出されたのだと」

 元々は炎蛇が魂を喰らい、成長する様を見て考えついた儀式が、あの飼育法なのだ。

 つまり私の炎蛇はオリジナルにしてベースである。

「陳 大人!あの呪は味方に被害を与える事から、使用を控える事にしたのでは!?」

 生き残った邪仙が慌てふためいて私に詰め寄る。そんな一人の邪仙に横目をくれて、ついでに手のひらを翳してやった。

「ぎゃあああ!?」

 雷球を至近距離からその顔に放った。首から上はただの肉塊となり、首から下は地に伏す。

 魂魄が現れると、何の抗いも出来ずに炎蛇に吸い寄せられて、そして妬かれて邪神の力となった。

「ひ!」

「騒ぐな、餌にされたくなくばな。貴様等程度の替えなど、腐る程居る事を忘れるな」

 誠に煩い連中だ。私が施してやらねば、尸解すら満足に出来ぬ脆弱な者共が。

「言っておくが、成功したのは震与くらいのものだとの事を忘れるな」

 逆に言えば、震与以外はただ尸解に成功しただけだ。本来の実力でも震与に遥かに及ばない屑共が。

 唾を吐き、改めて炎蛇を見る。

「おお…我ながら惚れ惚れする出来よ……」

 感動し、打ち震える。

 その邪気もそうだが、身体的には女の後ろに控えている海神と最硬と同等の大きさ。蚩尤と比べても、何ら遜色は無い。

「私にはこれがある。故に海峰に邪神を扱う権限を与えたのだ」

 何故か邪神は海峰にしか扱えぬとの理由もあるが、私には炎蛇が居る。故にそれ程煩くは言わなかったのだ。

「海峰?」

「ああ、君は知らないか。私の懐刀とも呼べる道士の事だ。こう 海峰かいほうと言う」

「そう、他にも強力な敵がいるという事よね。そして、一応お礼は言っておくわ」

 礼?この女、絶望で頭がおかしくなったのだろうか?可哀想だが、どうせ死ぬ運命。ここで殺す私の慈悲とも言えなくも無い。

「私のノルマを激減させてくれた事、ありがとう」

「うん?」

「私の仕事は邪仙を倒す事。随分と減ったわ」

 不敵に笑い、続ける女。

「貴方を倒す事は私の仕事じゃないもの。印南さんに楽してごめんなさいと謝らなきゃね」

 その余裕の台詞に、私は大人気なく激昂した……!!

「灼きつくせ炎蛇!無礼な女に地獄を見せろ!!」

 私の命を受けて、身に纏っている炎を燃え上がらせる。

「よく見たら、無数の蛇が束になって、一匹の巨大な蛇になっている…」

「ほう、この期に及んで冷静な洞察力よ。その通り、炎蛇は数万の蛇の群れ。いや、数万の蛇が融合した一つの思念と言うべきか」

 蛇を一匹つづ生きた儘火に投下し、呪を込めながら灼き殺し、それを数万匹、数万回繰り返して創った蛇神だ。

 己の身が生きた儘灼かれた記憶が恨みとなり、さながら狂ったように周囲に炎を撒き散らす。

 灼き殺した術者だけを殺す対象から外す所が肝だ。つまり、術者以外は灼き殺す対象となる。

 敵味方問わず、術者以外を灼き殺す蛇神……それが炎蛇。因みに、この呪を使える者は、私の他居ない。

「理解したか女。貴様如き、神を創り上げた私の足元にも及ばないと言う事が」

 せせら笑う。女は恐怖からか、涙を流し、炎蛇を見つめていた。

「……そう…熱かったわね。苦しかったわね。酷い事されたよね……」

「……は?」

 いきなり何を言っているんだこの女は?恐怖で気でも狂ったか?

「大丈夫、助けるから。もう泣かないで」

 泣いているのは貴様だろうに?

 怪訝に思う私だが、女は更に気が触れたと思わざる事をして、それに驚いた。

 いや、驚いた程度では済まない。ともすれば、私が女の仕掛けた幻覚を見たのかも知れないと思う程、それは理解出来ない行動だった。

 女は身を守っているオハンを解除して、両手を広げて炎蛇を呼んだのだ!!

「おいで…」

 防御を捨てて呼び込む様に!!

「馬鹿な!?灼け死ぬぞ!!」

 この時私は自分がどのような表情をしたのか解らなかった。命を賭してじゃない、命を捨てて呼び込んでいるように見えたのだから。

「大丈夫、絶対に助けるから……」

 馬鹿な!恨みで灼き殺す他考える事の無い炎蛇を、助ける・・・だと!?

 当然のように炎蛇は女に向かって炎の大砲の如く突き進んだ。

 そんな炎蛇に、女はただ優しく微笑んでいただけだった…!!

 女に触れるか触れないかの刹那、炎蛇が急停止して、その身を引いてたじろいだ。

「新しい柱か!!」

 既に控えている海神と最硬の他に、黄金の大蛇が蒼い瞳を炎蛇に向けていた。

――困ります尚美さん。勇さんが不在の今、このような無茶をされては、自分達がどの様なお叱りを受けるか解りません

 黄金の大蛇…黄金のキングコブラは、心底呆れたように女を窘めた。

「キングコブラ…ならば、炎蛇が引いたのも理解出来るか…!!」

 炎蛇のベースは大陸にいる蛇。それは毒蛇でも無毒でも、様々だ。

 要するに蛇なら何でも良い。

 そしてキングコブラは、蛇を捕食する蛇。

 単純に天敵故退いたのか!

 だが、それだけでは退いた理由にはならない。炎蛇は理性など無い。その身を灼き、見る者全てを恨みの炎で灼き殺す神……

――この蛇はかつての自分に似ています。ですから自分が何とかしましょう

 かつての自分…聞いた事がある…遥か昔、人為的に蛇神にされた暗黒のキングコブラ、ナーガ……

「そ、そう言えば、ナーガは北嶋によって呪いから解き放たれ、自ら北嶋の守護神として戻って来た…と……」

 黄金のナーガは蛇としても呪いとしても、その歴史や経験でも、炎蛇を遥かに超えた存在。

 いわば格の違い・・・・によって退いたのか!!

「大丈夫、心配してくれてありがとう」

 うっすら微笑み、炎蛇の頭を抱く女…!肉の灼ける匂いがする!!

「馬鹿か貴様!?流石に薄皮一枚は結界を張っているようだが、炎蛇の恨みの炎の前では何の役にも立たん!!」

 立つ訳が無い!灼き殺す事しか概念に無い呪いの蛇神だ!!今は黄金のナーガを目の前にして臆しているが、炎まで沈静した訳では無い!!

 だが、何故燃え尽きない?肉が灼けているのは確実だが、何故表面的に何のダメージも無いように見える!?

――やれやれ…黄金のナーガの言う通りだ神崎 尚美。君に何かあったら、我々が北嶋 勇に殺されてしまう

 突如現れた神気…炎の不死鳥、死と再生を司る神か!?

――初めて試みたが、どうやら上手くいったようだ。安堵したよ

「……!!女が灼ける傍から再生をしている!?」

――その通り。本来私の『再生』は転生の意味合いだが、ご覧の通り、肉体を再生する事も造作ない事なのさ

 だから見た目はダメージは無いのか!

――とは言っても、痛覚まで遮断している訳じゃない。肉体が灼け爛れる、地獄のような苦しみを神崎 尚美はしっかりと受けている、死なないだけ、再生を繰り返しているだけ。その痛み、苦しみは想像を絶する事だろう

 何と言う精神力……!

 常人ならば苦痛でショック死してもおかしくは無い状況の中、微笑みながら炎蛇の頭を抱き、慈しんでいるとは……!!

「痛かったね…もう大丈夫、安心して」

 女が慈しむようにを抱いた腕に力を込めると、ナーガによって制されていた状態の炎蛇の力が緩んだ!

「馬鹿な!沈静しつつあるだと!?」

 業火の如くだった炎も徐々に小さくなって行く!

「恨み辛みの呪いの蛇が、貴様如きの言葉に反応する訳が無い!!」

 あってたまるか!あれは私が長きに渡り創って来た神だ!

 目の前の現実を受け入れる事が出来ない私は、有らん限りの声を上げた。

 認めたく無い!認める訳にはいかない!!炎が沈静するなど、あってはならない!!

「そう、そうね。悲しかったのよね…怖かったのよね…もう大丈夫だから、ね」

 目を見開き、炎が完全に消えたのを目視しても、認める訳にはいかない!!

「私の呪術がそんな簡単に破れる筈が無い!!殺せ炎蛇!女を灼き殺せ!!」

 だが、炎蛇は事も在ろうが、一つの大蛇と化していた身体を分裂させて、元の一匹づつの蛇に戻った!!

「私の縛りがそんな簡単に解ける筈が無い!これは悪い夢だ!!」

 取り乱しているのが自分でも解る。

 それ程までに目の前の現実を認めたく無かった!!

 全ての蛇が解けたと同時に、女が両手を広げて呟いた。

「地の王、この蛇達にどうか導きを」

  ウォオオオ………

 どこからか獣の咆哮が聞こえたと同時に、女の頭上に穴が穿たれた。その穴に炎蛇、いや、蛇達が吸い込まれるように昇って行く……

「これは冥穴!?」

 しかも昇る・・と言う事は昇天したと言う事か!!

 全ての蛇が昇り終えたと同時に、冥穴が閉じた。

「こ、こんな馬鹿な……」

 力無く膝を地に付く。私の呪術によって創り出した神が成仏しただと…しかもあの短時間の説得で!!

――神崎が身を以て示した想いだ。通じぬ訳が無い。その想いに応える事こそ、北嶋の柱の仕事だ

 ふと顔を上げると、そこには巨大な神気を纏った白い虎が、私をいつ咬み殺そうか伺っているように、怒りの瞳を以て牙を剥いていた!!

「うわああああ!!」

――小物が!!北嶋の聖域でふざけた真似を!!

「ひいいいい!!」

 地べたを這いながら右に逃げようとすると、そこには最硬が!

「はっっっ!?」

 左には死と再生。後ろには海神……

 私は神に…北嶋の守護柱に囲まれていた!! 絶体絶命とはこの事か!!

 生まれて初めて失禁すると言う失態を演じ、視界が涙によって定まらぬ事態となる。

――尚美さん。命令してくれさえすれば、自分はいつでも

 黄金のナーガが二股に裂けている舌を出しながら、鎌首を持ち上げ私を見下ろしていた。

「ち、ちょっと待て!解った!私が悪かった!!」

 本当は土下座をしてこの場を凌ぎたかった所だが、少しでも動いたら柱が私に襲い掛かって来るようで、身動き一つ取る事が出来なかった。

――悪かった、と。ふぅん…見上げたものだな。だから殺してくれと自ら申し出るとはね

 死と再生の神が自身から炎を発しながら軽く羽ばたく。

「熱っちぃっ!い、いやそうじゃなく!!」

――熱い?奥方様は貴様の呪術で作り上げた炎を献身的に浴びたが、泣き言一つ言わなかったがな?

 最硬が蛇矛をゆっくりと私に向けた!!

「待て待て待て待て待て待て待てぇぇぇぇぇ~!!」

 最早動かないとか言っていられなかった。いや、厳密には動いたのではなく、勝手に身体が震えて動いていた。

「ちょっと待った!!」

 北嶋の柱全てが制止した声の方向を向いた。

「印南さん。遅かったですね」

 女があからさまに安心したように、息を付きながら発した。

 あの男は確か西王母の潜伏先の料理屋で北嶋と共に居た刑事。

 男が女よりも更に安堵し、息を切らせて近付いた。

「はぁ、はぁ、間に合ったとも言えない状況ですが、ギリギリですか?」

「ええ、ギリギリです。もう少し遅かったら、御柱が陳を殺している可能性がありました」

 いや、我々は命令が無ければ動かぬよ、と海神。

 刑事はそんな柱全てに頭を下げる。

「どうかこいつは俺にやらせて欲しい!!」

 ……そう言えば…この男は私を打ち倒すと豪語していた。もしかしたら、ここから逆転可能か!?

「そ、そうだ!君は私を倒したいのだろう!?どうだ、君と私の一騎打ちと言うのは?それで私が勝ったら私を見逃すと言うのは?些か都合の良い提案ではあるが!!」

 最早恥も何もあったものでは無い。生き延びるチャンスがあれば、何であろうとそれに縋り付く。

「俺に勝ったら…か。俺は構わないがな」

 言うな否や、腰を落として構える刑事。

 よし、刑事は掛かった。

「印南さんに勝てたら…ね。流石邪仙の長、諦めが良いわ」

 皮肉を言われたのか、何なのか良く解らないが、女も了承した、と取っていいのか?

 いや、解らぬが、ここは押し切るが吉!!

「聞いたか北嶋の柱よ!主が了解したのだ!それに背く御柱ではあるまい!!」

 大仰に声を張り、主張する。

「全くご都合主義ね。まぁいいわ。勝てたらね。それが一番難しいんだけど」

 女の台詞を聞いて、柱全てが女の後ろに控えた。

 良し!勝った!

 この刑事も恐るべしだが、御柱を相手取るより遥かに分がいい!!

「ふ、はははは!!はははは!!貴様には礼を言わねばならんなぁ!!はははははははは!!」

 男の方を向いて笑う。

「お前は俺が倒すと決めていたからな。感謝する事は無い。死期が少しだけ伸びた程度に」

 俺の左拳が微かに下がった。初動を見切られるとは、未熟!!

 私は懐から符を取り、それを掲げる。

「死ね!男!!」

「貴様がな!!」

 同時に踏み出そうとしたその時!!

 北嶋の家の裏山の北東方向に、未だかつて感じた事の無い凄まじい仙気・・が現れた!!

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