北嶋勇の心霊事件簿17~嘆く女神~
しをおう
家出
俺の名は史上最強の霊能者と名高いハードボイルド、北嶋 勇。
人間に仇成す悪霊、悪魔、はたまた妖怪などを滅する事を生業としているのさ。
困った事があったら、俺の事務所を訪ねて来るがいいさ。
『北嶋心霊探偵事務所』。それが俺の事務所だ。結構有名なんだぜ?
多分。
ん?滅するって仕事は探偵の仕事じゃないって?密かに探る事、それが探偵だろうと?
………まぁ、それも仕事の一部だ。
密かに探った事など無いが。寧ろ正々堂々と探っているが。
あのな、細かい事を気にしちゃいけないぜ。俺はハードボイルドには変わりはないんだからな。
クワークワークワー!!!
……ちょっと待て。
俺の愛玩動物、フェネック狐のタマが、何やらギャーギャー騒いでいる。
因みにこいつの正体は、九尾狐と言って、すげー昔に国を滅ぼした事がある妖怪らしい。
そのタマが訴えるような、この騒ぎ方……
これは恐らく……
腹が減っているんだな。
さて、俺の推理が合っているか確かめようか。
『万界の鏡』と呼ばれるグラサンを取り出す。
これは、望めば全ての世界が視えると言う神器さ。
過去も未来も人の心も、あらゆる事象も、万界の鏡は全て映し出す。小動物の言葉なんか楽勝で解るのさ。
得意気にグラサンタイプになった鏡を掛ける……
――妾を散歩に連れて行かんか!!この戯け者があああああ!!!
……腹が減っているという推理は見事外れたが……まぁ何だ。兎に角、心霊現象、不思議現象で困った事があったら『北嶋心霊探偵事務所』に訪ねてこい。
有能なスタッフが、それなりの金額で見事解決してやる。
ああ、今は駄目だぜ?
今はこの小動物を上手く丸め込む事を考えなきゃならないからな。
何?散歩くらい連れて行ってやれ。だと?
それは却下だな。
何故ならば………
面倒だからさ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――貴様!!毎度毎度いい加減にせい!!
「だから、俺は今忙しいんだって」
そう言って、逆さまの新聞に目を通す勇。その様子にガチ切れ寸前の妾。
――何が忙しいのだ!読んでいる振りの新聞にそんな言い訳を当て嵌めるのか!!そんな演技をする暇があるのなら、散歩に連れて行けと言うておろうが!!
散歩をサボってばかりの勇に牙を剥く。既に1ヶ月、妾の散歩をサボっている。その喉笛をぶち切っても、誰も文句は言わぬだろう。
「あのな、裏山の六柱の世話やら、仕事やらで、俺も多忙なのは知っているだろ?」
――嘘を言うな!!海神も、死と再生も、地の王も、最硬も、ナーガも、憤怒と破壊も!!口を揃えて言っておるわ!!神体に水撒きに来るだけだとな!!
この男の怠けっぷりは、魔王の憤怒と破壊も呆れる程の怠惰ぶりだった。
――怠惰の魔王並み、いやそれ以上かオメェ!!マジでちゃんと掃除しろよ!!
そう、一週間前に喧嘩までして、尚美を困らせていた。
「でも仕事がさぁ……」
頭を掻いて言い訳を探す。
ブチブチと堪忍袋の緒が切れる音が、妾の中から聞こえてきた。
――もう良い……妾が居なくなって悲しい思いをするが良かろう!!
怒りに任せて居間を出る妾。
「待てタマ」
勇が妾を呼び止める。流石に妾が居らぬと悲しいのだ。
――解れば良いのだ。貴様もこれまでの行いを改め、妾を毎日散歩に連れて行っ……
ニンマリして説教をする妾を制して小銭を投げ渡した。小銭は妾の額に当たり、チャリンと音を立てて床に散らばった。
「帰りにタバコ買って来てくれ」
最早堪忍袋の緒が切れるどころの話ではないのは、容易に理解できるだろう!!
――貴様あ!!本当に不愉快な男だ!!
妾は小銭を蹴り返して飛び出した。
勇が何か叫んでいるが、最早妾には届かぬ。
そのまま裏山に走った。苦楽を共にした六柱に、最後の別れの挨拶をする為に。
流石に、奴等に何も言わずに消えるのは心苦しい。
最初の海神の社で愚痴を零しながら別れの挨拶をしている最中、他の柱がぞろぞろと集まって来た。
――姉様、此処を出て行くと言うのですか!?
――安心したまえ黄金のナーガよ。九尾狐は直ぐに戻ってくる
――その通りよ。貴様の居場所は此処しか無いのだからな
――勇殿に一番近い所で仕えておる身。少しは息抜きも良かろう
――はっはっはぁ!オメェ程度の獣が、主人無くして生きられる訳ねぇだろ。暇なのかオメェ?
どいつもこいつも言いたい放題……
元より妾は貴様等の敵!!その事をすっかり忘れおって!!
憤りながらも。澄まして言ってみる。
――妾にお別れの言葉を言うがよいぞ。今生の別れになるのだからな
――我は直ぐに帰って来ると思っている故に……
ガーンとして龍の海神を見た。
先程まで愚痴を聞いて慰めてくれたではないかと、飛び掛かりそうになる。
――つーかよ、みんなそう思ってんだ。晩飯までには帰って来るだろうってな。はっはっは!!
憤怒と破壊の弁に憤慨しつつも、柱を見渡すと、同意するよう頷いていた。
――誰が戻るか戯け者っ!!
妾は半分泣きながら、裏山から飛び出して行った……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ただいまぁ~…………ん?」
お買い物から帰って来た私だが、何かが足りない。
はて?と首を傾げるも、柱の御神体のお掃除に向かう。
「っと、その前に……」
ソファーでカーカーと平和に寝息を立てている北嶋さんを、思いっ切り蹴っ飛ばした。
「うおっっっっっっっ!?」
文字通り飛び起きる北嶋さん。
「起きた?じゃあ裏山に行くわよ」
欠伸を噛み殺しながら、首をコキコキと鳴らしながら、小声で主張してきた。
「今のダメージで、掃除なんかできる状態じゃなくなったんだが……」
なんか大袈裟にお腹を押さえて蹲るし。
「ふーん……」
ギリギリと右拳に力を込めて、北嶋さんの鼻っ柱に近付けて行く。
呼応する様に、北嶋さんは青い顔をしながら下がって行った。
「働かざる者鼻骨を骨折する。だっけ?」
「……働くから鼻骨は骨折する事は無いな。うん」
びょんとソファーから飛び降り、私より先に裏山に出て行った。
「本当に面倒臭がりなんだから……だけど……何かが足りないなぁ……」
何とも言えない違和感がありつつも、私は北嶋さんの後を追った。
海神様の御社で掃除していると、北嶋さんが海神様に呼び止められた。
――勇、九尾狐はどうした?
タマか……そう言えば見てないなぁ。
とか思いながらも、掃除の手は止めない。
北嶋さんは呼び止められたから仕方無いと言わんばかりに、立ち話に突入してしまったけど。
あ~あ、と思いながらも聞き耳を立てる。
「一人散歩してんじゃねーの?つか、どこかの社で昼寝中とかさ」
――いや、確かに先程まで居たが、今は裏山には居らぬ
「ふーん。そーいや出て行くとか騒いでいたなぁ」
ピタリと掃除の手を止めた私。ゆっくり北嶋さんの方を向いて言う。
「出て行く……って?」
「裏山に出て行くって意味じゃねーの?」
――……あやつ…まさか本気で……
あまり関心が無い北嶋さんに対して、表情が曇った海神様。
空を仰ぐと、他の御柱が集まって来た。
辞儀をする私に構わず、海神様が他の御柱に訊ねた。
――貴様等の所に九尾狐は居らぬのか?
――いや、私の所には居ない
死と再生の神様も、深刻な表情に変わった。
――ちょっと待て。まさか本気で?
「地の王、何かお心当たりが……?」
言い難そうな地の王に変わり、黄金のナーガが答えた。
――姉様は勇さんが散歩をサボる怠け者だから出て行くと……常々日頃から思っている様子でした……
聞いたと同時に、北嶋さんの襟首を持ち、顔を近付けた。自分でも解るほど、凄んで。
「……またタマの散歩をサボったのね……」
「ち、ちょっと待て!!またとはなんだ!!極稀に散歩には行っているだろが!!」
言い訳にならない言い訳をしながら、私の右拳に意識を集中する北嶋さん。
そのアホみたいな言い訳を論破しようと口を開く前に――
――奥方様!!今はそんな事をしている場合ではありませぬ!!一刻も早く連れ戻さぬと……!!
元々人間の敵、伝説の国滅ぼしの大妖、白面金毛九尾狐。
大人しくなったとは言え、私と北嶋さん以外には懐かない。
拗ねている今、万が一、人間を傷付けてしまったら……
――つうかよ、俺様は狐の気持ちは解るぜ?主がこんなんじゃあ、仕えるのも馬鹿馬鹿しくなるってもんだろ?
掃除も手入れもせず、加護で湧かせた温泉に入る事しかしない北嶋さんに、憤怒と破壊の魔王も快く思っていない。
そう言いながらも、入りに来ると嬉しそうなんだけど。
それは兎も角、今はタマの事だ。
「捜して連れ戻して来なさい……今すぐに行きなさい……」
グイグイと襟首を掴みながら揺さぶる。
「ど、どうせ腹減ったら帰って来るだろぐはあっっっ!!」
問答無用にボディにパンチを打ち込む。
そして全く表情が無い顔で、北嶋さんを覗き込んだ。
「聞こえなかったの?今すぐに捜しに行きなさい……」
北嶋さんはお腹を押さえてフラフラしながら、何回も頷いた。
「い、行ってきます……」
トボトボと海神様の御社から出て行く北嶋さん。姿が見えなくなった途端、海神様が話し掛けて来る。
――まぁ、九尾狐は直ぐに帰って来るとは思うが、勇には良い薬だ
違いないと、他の御柱も頷く。
タマが本気で家出したとは、誰も思っていないのだ。
「『家族』を迎えに行くのは家長の仕事ですからね。タマもゴネたりして北嶋さんを困らせればいいのに」
勿論、私もタマが本気で家出をしたとは思っていない。
万が一を考えて、そして北嶋さんへの戒めを込めて、捜しに出るよう言った事の方が大きい。
タマも思う所があるのでしょうし、理解も共感も出来る。今日はタマの大好きな甘味処の稲荷寿司を買って、ご機嫌を取っておこう。
それ以上拗ねられたら、私も面倒くさいしね。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
憤慨しながらテクテクと歩く。
――どいつもこいつも!!妾がどれ程恐ろしい妖か忘れおって!!
苛々しながら歩くと、行く先全ての人間に呼び止められる。
「あらタマちゃん?尚美ちゃんはどうしたの?」
豆腐屋のババァが妾に油揚げをくれた。人間からの貢ぎ物は妾にとっては当たり前故、仕方無しにそれを食う。旨い。
「あれぇ?タマちゃん、一人でお散歩?また北嶋さんがお散歩サボっているんでしょ?」
動物病院の女医とやらが妾の頭を撫でてくる。鬱陶しく思い、それを避ける。
「お?タマ、お使いか?相変わらず偉いなぁ」
コンビニの小僧がタバコを出してくる。勇がよく妾にお使いを申し付けるので、反射に近いのだろう。妾は家出中故、関係ないのでそっぽを向き、再び歩く。
………暫く歩いた後、ハッとする妾。
――ここは妾の散歩コースではないか!!
そう、ここは尚美の買い物に付き合う時の妾の散歩コース。
妾は家出してきたと言うのに!!
習慣でいつも歩く場所に来てしまったか……どうりで人間が馴れ馴れしく妾の名を呼ぶ訳だ……
妾は焦りながら、この場を走り去った。
勇の家の周りは静かだが、少し離れたら、それなりに人間は居る。
先程の場は商店街とか言ったか。
今度は川沿いを歩く。ここも散歩コースだが、夕方でなくば人間がなかなか現れぬ場所。
静か故、歩きながら今後の身の振り方を考えるには、相応しい場所なのだ。
――取り敢えず何処かに身を潜めねばならぬ。勇が捜しに来る前にな……
この様な場合、知り合いの家に厄介になるのが定石だ。
狼の家に行こうか?
だが、彼処にはジジィが居る。妖の妾にきっと恐れるだろう。
烏の家に行こうか?
だが、妖の妾とは基本的に敵対関係故、居心地悪しと成り得る。
グリフォンの所は……遠過ぎるな。海外は遠過ぎる。
黒猫の所はどうか?
う~ん……この中では一番良い気がする。
うむ、黒猫の所へ行こう。彼処ならば妾の別邸みたいなものだし、何より客の妾には礼儀を以て接してくれるだろう。
そうと決まればと、妾は国道に歩を進めた。
黒猫の所も確かに遠いが、夜に九尾に戻れば、一晩で到着できるだろう。
妾は夜までに国道に出るように、早足で掛けた。
人間を避けるように裏道等を使い、国道を目指す。
――ぜぇ、ぜぇ、面倒だな……どうせ妾は家出した身、九尾に戻って黒猫の所へ駆けても良いのだが………
そう思うも、勇との約束がそれを思い留まらせる。
――ちっ、つまらぬ軛があるものだな
それを律儀に守っている妾も妾だが……
――……あの馬鹿者、今頃心配しているやもしれぬな……
段々と心細くなっていく。勇が半狂乱になり、妾を捜している様が目に浮かぶのだ。
――やはり妾が折れれば良い話なのかもしれぬ。散歩など一人でも出来るからな
だが、意気揚々と飛び出した手前、すごすごと戻るのにはかなりの度胸がいる。繊細な妾が、そんな真似が出来る訳が無い。
うーん、うーん、と悩んでいる時、一台のワゴン車が妾の傍に停車した。
其方に顔を向けると、ワゴン車から真っ青な顔のやつれた男が飛び出して来た。
その男は妾を捕らえようと近寄ってくる。
妾の依代は仔狐故、このような輩は実は珍しくは無い。
だが、仔狐の儘とは言え、たかが人間に捕らえられる妾では無い。今日も簡単に撃退して退けようとした。
その時漂って来た匂い。
ワゴン車から匂ってくる獣臭……
耳に聞こえるのは、不安そうな犬、猫の鳴き声。
こやつ……盗人か!!
恐らくワゴン車には盗んで来た犬や猫、または珍しい動物が押し込められているのだろう。
動物から飼い主を奪い、転売して糧を得る腐った輩だ。
そんな者に容赦は必要無い。
人間を殺せば、流石に勇や尚美が悲しむ故、せめて半殺しにしてやろうぞ。
男に向かって牙を剥く妾。
「うっ!!フェネック狐って意外と迫力があるんだな……」
怯む男に飛び掛かろうと身構えた瞬間!!
「諦めるか……マンションも手一杯になってきたしな……」
男の家にも、盗まれた動物達が居るような内容を漏らす。
躊躇した。ここで撃退するのは容易いし、少なくとも、ワゴン車に居る動物達は、逃がす事が出来るだろう。
だが、男の家に居る動物達は、転売される運命から逃れられぬ。
そして、妾は無敵無敗の北嶋心霊探偵事務所の所員でもある。
勇なら、尚美なら捨て置かない、通りすがりの事件。
ならば、妾も捨て置けぬは道理!!
妾は男の横を通り過ぎ、自らワゴン車に飛び乗った。
「え?マジかよ?棚ボタだ!!」
男は妾を逃がさないようにと、直ぐ様ドアを閉ざした。
そのままワゴン車を走らせる男。文字通り逃げ出すが如く急発進をしたが、妾は尚美の運転に慣れている故、この程度の運転には動じる事は無い。
「いやー!!ついてる!!フェネック狐が手に入るなんてな!!」
妾を掴もうと伸ばして来た手に咬み付くと、慌てて手を引っ込めた。
「おおっっ!?凶暴だな。早い所、売っぱらなきゃな……」
男は妾をチラチラ見ながら、運転に集中し出した。
妾は男を無視し、取り払われた後部座席に山積みになっている檻の方へと移動した。
――居るわ居るわ……仔犬、仔猫、兎もか……イタチも居るな……
檻の中には、他から盗まれたと思しき小動物達が、恐怖と不安で震えている。
――安心せよ。妾が直ぐに助け出してやる。暫し辛抱しておれ
動物達は妾の正体が直ぐに理解できたようで、一瞬別の恐れを抱いたが、妾に敵意が無い事や、助ける為に潜り込んだのを知り、幾分緊張を和らげた。
満足し、頷く妾。
あとは男の家に着くまで、やる事は無い。
妾は平らな場所を探して、そこに丸くなった。
勿論、勇や尚美に知らせる為に、念を送りながら。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「へぇ?なかなかやるじゃない、タマ」
御神体のお掃除途中に、タマに
――俺にも視えたが、妖の九尾狐がなぁ……いや、北嶋の者ならば、それくらいはするか
御神体を磨かれている途中の地の王も、感心して唸った。
「他の柱の御社も急いでお掃除しなきゃ!」
北嶋さんもタマのメッセージを視て、恐らく直ぐに戻ってくるだろう。
鏡をちゃんと掛けていればだが。
兎に角、それまでにお掃除を終わらせなくちゃいけない。
――他の柱には俺から言ってやる。直ぐ準備して向かえ
「お心遣いは有り難いのですが、これも必要な事。途中で投げ出す訳にはいきません」
北嶋さんの方針、柱横一律序列無し。
残りの御神体のお掃除を放棄して、向かう事は有り得ない。多少なりとも贔屓を感じてしまうだろうから。
――ふっ、律儀な事だ。北嶋なら喜んで放棄しそうだがな
違いない、と私も笑う。
そして私は、お掃除の続きを黙々とこなした。
憤怒と破壊の魔王の御社のお掃除が終了した時に、漸く北嶋さんが戻って来た。
「神崎、準備しろ。直ぐ出発するぞ」
「解っています。ちゃんと鏡を掛けていたのね。偉い!」
嬉しく思い、頭を撫でる仕草をする。
「何やろうとしてんだよ?いいから急ぐぞ。少しヤバいかもしれん」
ヤバイ?何で?相手はたかがペット泥棒でしょう?
怪訝に思い、首を傾げる。
「ああ。そっか、結界か」
一人納得したような北嶋さん、結界って言っても……
――俺様にも視えたぜ。たかが盗人。結界なんか張れるかよ
憤怒と破壊の魔王も、私と同じ見解だ。たかが盗人、普通の人間、結界なんか張れる筈がない。
「盗人?ああ、タマを連れ去った奴の事か。確かに切っ掛けはそいつだな。まぁ、行けば解る。黒蛇、喚び出したら直ぐに応えろよ」
――はあ?ちょっと待てよ?たかが盗人に柱を出すってのか?
「そうよ北嶋さん。相手はただの人間。霊視したけど、それは間違い無いわ」
タマが敢えて誘いに乗ったのは、マンションにまだ閉じ込められているであろう動物達を助ける為。
ワゴンの男は霊能者でも無いから、警戒の必要も無いのは、タマも理解している。
「あれは俺にしか解らない結界だな。多分霊力が強ければ強い程、気が付かない。兎に角、早く出発だ」
珍しく急ぐ北嶋さん。
私と憤怒と破壊の魔王は、互いに顔を見合わせて首を捻った。
BMWに乗り、霊視した道順を走る。
徐に北嶋さんがスマホを取り出した。
『もしもし?いきなりどうした北嶋?』
「おう天パ。手柄取らせてやるから、今から言う住所に来い」
コールの相手は印南さんか。
北嶋さんはナビをピコピコ押して、住所設定をした。
「案外遠いわね……」
二県先の所にタマがいるようだ。わざわざ遠出してペット泥棒をしていたのかと腹が立つ。
『手柄?手柄はいいが、事件か?』
「大量殺人事件だな」
キキキ!!と車が暴れた。驚いてハンドル捌きを間違ったのだ。
「ばっ!!殺す気か神崎!!」
真っ青になる北嶋さん。
「た、大量殺人事件!?ペット泥棒じゃないの!?」
『ペット泥棒?大量殺人事件と何の関係が!?いや、それなら地元の県警に……』
「ただのポリじゃ無理だ。特殊調査部隊じゃなきゃな」
またまたギョッとする。心霊調査部隊が捜査しなきゃいけない案件を、あのペット泥棒が行っている?
いや、ペット泥棒はただの人間の筈……
「いいから来い天パ。勿論、普通の事件もあるから、地元県警にも連絡しろ」
返事も聞かずに電話を終える北嶋さん。
「あーあ、面倒な事になったなぁ……」
北嶋さんは本当に面倒臭がって、煙草に火を点けて、苛々を忘れようとしていた……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
長らく車に揺られたが、遂に停車するワゴン車。ひょこっと顔を覗かせて辺りを窺う。
普通の家だな。確かマンションと言ったか。
なかなか立派なブロック塀に囲まれている、楕円形の建物。6~7階程度か。
結構な段差があるブロック塀の門に当たる入口に乗り上げるワゴン車。
ザワワワワワワワ!!!!
ブロック塀を越えた瞬間!!そこは全く別の異質の空間となった!!
怯えて一斉に吠える盗まれた動物達!!
「ちっ、うるせぇな。毎回こうだ。やっぱりこのマンション、なんかあるのか?」
盗人は苛々して舌打ちをする。それにも驚く妾。
この男、何も感じぬのか?この地獄のような、負のオーラしか無い空間なのに!?
だが解せぬ……
ブロック塀までは何も感じぬ、ただの家だった。
此程の悪意が満ち溢れている家なのに、なぜ入るまで気付かなかった?
ブロック塀を越えた瞬間まで何故………?
もしや、ブロック塀は境界線の役割を担っているのか?しかし、一体何のために?
妾が考えている最中、未だに騒がしく吠える動物と共に、ワゴン車は地下の駐車場に入って行った。
地下駐車場は更に暗い、いや、冥い。さながら地獄の入り口のようだ。
だが、問題は此処ではない。
この下に何か居る!!
ギリギリと牙を剥く妾。
この感覚、転生前のナーガに近い。悪神として、水谷の地下に封印されていた時のナーガだ。
妾が緊張している最中、バタンとドアを開け、エレベーターに動物達が入った檻を乗せる盗人。
「本当に凶暴そうだな……ほら、こっち来い」
盗人は妾を恐れながらも、近くにあった箒を使い、妾をエレベーターの中へ追いやろうとする。
この下も気になるが、今は動物達の救出が先か……
追われた振りをし、エレベーターの中へ入る妾。
「意外とすんなり入ってくれたな」
安堵し、自らも乗り込む。
3階を押し、扉が閉じるエレベーター。
1階を示す上部の表示板。
2階を示す上部の表示板。
そして、3階を示す上部の表示板!!
いきなり冷えてくるエレベーター内!!怯え過ぎて吠える事を止め、ただ震える動物達!!
何だこの階は!?
身構える妾!!その時、エレベーターの扉が開いた!!
ブァワアアア!!
凄まじい冷気がエレベーター内に侵入する!!
無数、いや、無限にいる霊!!
虚無の表情をし、ただ彷徨して蠢いているのみ!!
――霊道か!!
ざっと視たが、3階すべて霊道になっていた。いや、わざわざ霊道を探し、3階に当たるように建築したような……
盗人がエレベーターから3階へと一歩進めると、先程までは
「……首筋が痛ぇ…何なんだ一体?病院でも異常無しと言われたんだがなぁ……」
首の後ろをトントン叩きながら、檻をエレベーターから3階へ移す盗人。
霊は憑依する時、首の後ろから身体に入って行くと言う。盗人が首を痛いと思うのは当然の事だ。
しかし、侵入した霊全ては、直ぐ様盗人から出て行く。
――まさか……盗人も勇と同じ能力があるのか?
勇も霊魂などに憑かれる事は無い。
興味深く思い、盗人を霊視する妾……
――何!?
盗人に霊魂が入り込めぬ訳だ。
既に先住が盗人には居たからだ。
それは、悪意を持った蠢く肉!!
昆虫の幼虫のような身体をグニャグニャと震わし、入り込んだ霊魂を喰っていた。
追い出された霊魂は、ただ、蠢く肉から
盗人に憑いているのは、地下の更に下に居るアレの肉の種子と言った所か!!
今は3階の霊魂を喰らう程度だが、盗人は確実に蝕まれている。
恐らくはこの家に越してくる前よりも、生気が格段に減っている筈。
盗人として生計を立てたのも、アレの導きか?
しかも
警察に捕まらないのもアレの護り……徐々ではあるが、生気を奪う代わりに、あらゆる敵から護っている……
寄生虫――
正にその表現がしっくり来る!!
妾が視ていたその間、動物の檻を全てエレベーターから運び出し、自室と思わしき部屋に入れて行く盗人。残りは妾のみとなった。
「ほら、来い来い………」
怯えながらも妾に近付いてくる盗人。憑いている寄生虫が激しく拒み、暴れている。
盗人は胸を押さえ、息を切らせながらも妾に近付いてくる。
「ケホ…ほ、ほら…来い……」
蒼白になり、カタカタ震えながらも近付いてくる盗人。
知らぬのだ。己が憑かれている事実を。
だが寄生虫は妾を拒む。
宿主を、己を守る為に。
ちょうどその時、奥の部屋から一人の男が出て来て、エレベーターに乗ろうとした。
盗人は顔を伏せ、妾に無理やり手を掛け、部屋に引っ張り込もうとした。
五分刈りの短い髪の、少し太っている男。サングラス越しで盗人を睨む。
「獣がうるせぇよ!!早くドアを閉じろ!!防音設備が完璧なマンションじゃ無かったら、殴り込みに行っていた所だぜ!!」
苛立ち、エレベーターのわきの壁に蹴りを入れる五分刈りの男。
……こやつにも憑いているな。盗人より少し大きい、幼虫のような寄生虫が。
もしや、このマンションの住人全てに憑いているのか?
尚美に少しでも情報をと、霊視し、念を送る妾………
6階まであるこのマンションに、住人は3名だと!?しかも、全て3階に入居しているだと!?
ならば、と、残り1人を霊視してみる。此方は女だ。
キツい香水を振り、着飾り、今は男と会っている為、部屋には居らぬ。
共通している3名すべて、犯罪者だと言うのも驚く所でもあった。
何はともあれ、盗人の部屋に入らねば始まらない。ここは素直に従う妾。
――地獄か此処は…………
絶句した。
キッチンとベッド以外、全て動物の檻に埋め尽くされている部屋には、病気になっている動物が多数……
排泄物の匂いが支配する盗人の部屋。
衛生管理が全くなっていない。
明日にも死にそうな動物達が、妾を見付けて訴える。
助けて……
帰して……
此処は臭いよ、汚いよ、怖いよ………
憤りを隠せない妾。
罪無き生き物を、最愛の飼い主から引き離し、あまつさえ命を蔑ろにするとは!!
だから妾は動物達に言い放つ。
――貴様等は全てこの妾が助け出す!!暫し辛抱せよ!!
尾を払い、空気を浄化する。多少だろうが、苦しみを取り除ければと思い、した行動。
だが、その行動を良しとしない者が現れた。
そやつはトイレの扉の横の壁からヌッと上半身のみを現し、飛び出さんばかりの目玉を妾に向かって剥き、伸び放題の髪を振り乱し、にやりと汚らしい笑いを浮かべた。
――その風貌、貴様、大陸の者か!?
黒い衣服に黒い帽子。何かの修行僧と言った感じだ。
その壁から上半身のみを現した汚らしい男が、更に歪んだ顔になり、妾に接近してきた。
――古の大妖……白面金毛九尾狐ともあろう獣の王が……随分と甘くなったものだなああぁ~………
馬鹿にしたように笑う壁の男。
小物が……!!
尾で薙ぎ払おうとしたその時!!今度は天井から別の者が現れる!!
――俺達を祓っても無駄さ……俺達は無限に現れる……
天井に視線を向けると、次はベッドの中から顔のみ現れる、更に別の者。
――さっきから念を外に発信しているのは知っているぞぉ~……それも無駄だぁ~……
ベッドに目を向けると、更にキッチンの壁から別の者が現れる。
――思念は全て遮断している……霊力が高ければ高い程、その
面倒だな、全て滅するか。
そう思った瞬間、全ての動物達が騒ぎ出した。
怯えたのだ。壁と言う壁、天井全てから、上半身のみ現す者達に。
――帰れ…帰れよ!!貴様はお呼びじゃない!!
――ヒャヒャヒャ!殺すか俺達を?それでもいいさ!!既に命を差し出しているからなぁ!ヒャヒャヒャ!!
――ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!
無数に在る上半身のみの者達が、一斉に笑い出す。
動物達は怯え、泣き叫ぶ。
その瞬間、この部屋は、紛れもなく地獄と化していた。
――ふん、動物達の命を盾にしたか
帰らねば動物達を今すぐ殺す。それは嫌だと動物達が騒ぎ出したのだ。
――案ぜずとも、夜中には帰る事になろうぞ。それまではゆるりとさせて貰おうか……
殺気を放つ妾。残念ながら。嘲笑されて黙っている程大人しくは無い。
――消えろ小物共!!
壁から現れた者達が緊張を露わにするも、妾の尾の方が速く薙ぎった。
ボッ!ボボボッ!
壁から現れた者達が消え去って行く。
――九尾狐!!善に組するのは愚かしい事……ぎゃああああ!!
取り敢えずは、現れた者達は滅した。
だが、当然ながら、まだ
妾は
――善に組する?妾が従っているのは善では無い。妾より遥かに強き男と、その伴侶のみ。貴様等こそ尻尾を巻いて逃げよ。死にたくなければな……
好戦的な妾の怒気。それに呼応し、身を捩り出す地下の更に下の存在……
身の危険を感じているのか、その禍々し畏怖のオーラをどんどん放出させていた。
だが、それに構っている暇など無い。
妾は全ての動物達を
取り敢えず一安心し、最後の一匹を
――貴様は………
その最後の一匹は、先程の連中が現れても決して鳴く事もなく、禍々しい負のオーラが襲って来ても、決して嘆く事もなかった小型犬。
犬種は確かチワワ、とか言ったか。恐らく長き時、この部屋に閉じ込められていたのだろう。
小さき身体が病に蝕まれていた。
妾の見立てでは、治療不可能。もって数日。
だが、その瞳には強い意志が宿っている。
飼い主の元に必ず帰る。
他の動物達とは遥かに違う、強い意志。故に絶望もしなかったか!!
――安心せよ。必ず今夜中に助け出す故……!
天晴れと思い、そやつにだけは単独で声を掛けた妾。
小型犬は黙って頷く。しかし一言。
この期を待っていました。
ただ一言、そう言った。
本来ならば話すのも辛い身体の筈。
良き飼い主と巡り会えた動物に、稀に居るのだ。
強き信念が宿る者が……!!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
印南さんと待ち合わせしていた喫茶店に到着した私達。入店すると、既に印南さんが待っていた。
私達に気が付き、手を上げる印南さん。その席、印南さんの正面に座る北嶋さん。私は一つ会釈をし、北嶋さんの隣りに座った。
「言われた通り、兎沢隊10名と地元県警を待機させたが…一体なんだ?あのマンションには特に怪しい所は無いが」
北嶋さんは珈琲とサンドイッチをオーダーし、出されたお水をカポカポと飲み、息を付く。
「お前、マンションの中に入らなかっただろ?」
「ああ。外から監視したが……」
「あのマンションを囲っている塀な。あれが霊力のある奴を騙してんだよ」
じーっと印南さんが頼んだツナサンドから目を離さずに、北嶋さんが話した。
「あの塀で張っている結界で、霊能力がある奴はマンションは視えない。視られたらヤバいモンを飼っているからな」
「証拠にタマの思念はマンションに入ったと同時に途切れました。北嶋の柱も、「普通のマンションにしか見えない」と、言っていましたし……」
溜め息を付き、椅子に深く腰を掛けた印南さん。
成程、霊的な何か、それも呪術的な何かが行われているのは理解した。と言い、更に続けた。
「大量殺人事件は?特殊部隊は兎も角、県警を動かした手前、それなりの証拠が無ければな……」
その懸念はごもっとも。
それについては私も全く北嶋さんに聞かされてはいない。
二人で北嶋さんの顔を見る。
北嶋さんは印南さんのツナサンドに夢中なようで、私達の視線に全く反応していない。
「腹減ってんのか?」
「すごぉくな」
黙ってツナサンドを北嶋さんの前に滑らせる印南さん。待ってましたとそれを頬張る。
「夜中に……派手に地震を起こす……その時全て解る……」
食べながら話しているので、途中で途切れるのが何だかなぁ……
「おいおい、建物を壊す気かよ?」
呆れる印南さんだが、止める素振りは無い。
「マンション自体存在しない方がいいんでしょう。さっきから壊す、壊す、と……」
周囲に絶対迷惑を掛けないと約束し、取り壊す事を印南さんに納得して貰う私。
「北嶋の中じゃあ決定なんだろ?それに、地震で壊れるマンションは手抜き工事だ」
特に異を唱えない印南さん。見て見ぬふりをする、と云う事なのだろう。
「ああ、ワゴン車最低3台……手配してくれ……盗まれたペット達を運ぶ車だ。後は動物病院の医者だな」
印南さんのツナサンドを全て食べ終えた北嶋さん。その直後に運ばれてきた自分のサンドイッチに手を伸ばし始める。
「了解。他には?」
「お前等ポリは……犯罪者3人捕まえて……壊れたマンションを調べりゃいい」
「大量殺人事件はペット泥棒を捕らえるついでかよ?」
普通に頷く北嶋さん。他の事件には特に興味は無いようだ。
「ウチのタマが……手掛けた案件のついでだからな……」
やれやれと珈琲を啜る印南さん。私も運ばれてきた紅茶に口を付ける。
「何時決行だ?」
「……深夜0時でいいだろ」
「了解。それまで滞りなく人員を配置させておく」
「でも、中のタマに知らせる方法は?」
「俺が直接言いに行く」
……まぁ、北嶋さんに細かい戦略は似合わないから、多分そう言うとは思ったけど……
呆れるやら頼もしいやら感じたが、考えても仕方ない。
私も黙って残った紅茶を口に入れた。
次の更新予定
2025年1月15日 00:00
北嶋勇の心霊事件簿17~嘆く女神~ しをおう @swoow
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