第2話

 もしやとは思っていたが、本当に相手は結衣だったようだ。


(紅葉先生も待ち合わせ相手の事を知らないまま来たのかな……)


 透華が名乗り忘れていたこともあったが先の一件で気づかなかったということは、少なくとも顔までは知らなかったのだろう。


 結衣はといえば、かなり戸惑っていた。


「え、え?」


 ──♪♪♪──♪♪♪──


 そうこうしていると、電話のコール音が響いた。


『透華、結衣さんとは会えたかな?』


「え、うん会えたけど……?」


 拓水に、言われたとおりに結衣と会えたことを伝えると、スマホをスピーカーにしてテーブルに置くように言われた。


『こんにちは、結衣さん。聞こえているかな?』


「聞こえてますけど……え、拓水さん?」


 どうやら拓水と結衣の間には面識があるようだった。


『早速だけど本題に入ろうか。透華、突然だけど明日から紅葉さんと一緒に暮らしてもらうね』


「は?」

「え?」


 透華と結衣の声が重なる。


「一緒に暮らすってどういうことだよ⁉」


『そのままの意味だよ』


 驚きのあまり問い返すも、拓水の回答はあまりに要領を得ない。


『少し事情があって、紅葉さんには透華と一緒に暮らしてもらうことになったんだよ。本当はもっと早く言おうと思っていたんだけど、手術のスケジュールが立て込んでしまってね……申し訳なかったね』


 あまりの突拍子のなさに頭が追い付いていない。


「え、え? 透華さんって、女の子じゃ……?」


『ああ、透華は息子なんですよ。言っていませんでしたか?』


「ええっ⁉」


 結衣は結衣でまだ状況を把握しきれていない様子だ。


 拓水はきっと病院内からかけているのだろう。電話口からは誰かの声がかすかに聞こえる。


『──ん? ああ、わかった』


 電話の向こうの誰かにそう言った拓水から、透華は嫌な気配を感じ取る。


『すまない、二人とも、急用が入ってしまった。透華、あとの詳しいことは紅葉さんに聞いてくれるかい』


「え、ちょっと待って──」


 そう言ったものの既に通話は切れており、あえなく虚空に響くのみだった。


「「……………………」」


 透華と結衣の間には長い沈黙が流れる。


 透華は完全に思考が停止してしまっていた。


「……あの、今わかっていることを共有しませんか?」


 先に口を開いたのは、結衣の方だった。


「ええ、是非お願いします。僕は何も知らないんで……」


「じゃあとりあえず、私の知っていることから話しますね──」


 そうして結衣は順を追ってわかっていることを話し始めた。




 ◇◆◇




「──という訳で今に至る、という感じです」


「なるほど……」


 結衣の話によると、二カ月ほど前からストーキング被害に遭っていた結衣が自身の母に相談したところ、拓水に相談することを勧められたそうだ。そこで拓水に相談したところ「透華が近くに住んでいるから一緒に住むといい」と言われ、今に至るらしい。


「……母と拓水さんは面識があったみたいで……。それで相談するように勧められたみたいです」


「なるほど」


「一緒に住むことを勧められたのでてっきり女の子なのだとばかり……」


「ああ……よく勘違いされます」


 透華という名前はどうも女性名に見えるらしく、名前だけ見た人に勘違いされることは少なくなかった。


「というか悪いのは父さんですよね。碌に説明もしないで……。本当に申し訳ないです。昔からあんな感じなんです……」


 もちろん透華自身も困惑していたが、他の人にまで迷惑をかけていたとなれば申し訳なさが勝つ。


 拓水は賢いのだが、常識からずれているのだ。息子を女性と二人で同居させるなど、到底普通の考えではない。


「いえ、私が困ってるのでどうにかしようと考えてくれたんだと思うんですけど……」


「いや、だとしても男と同居とか嫌だと思いますし、そもそも教師と生徒だし、流石に、ですよね?」


 言葉がまとまらないが、言いたいことは伝わるだろう。透華と結衣の同居はどの面から切り取ったとしても常軌を逸している。


 流石に同居はなかったことになるだろう、と透華は思った。思ったのだが──。


「あの……私、賃貸契約解除しちゃったので明後日から家ないんです……。明日引っ越そうと思ってました……。どこか別な場所を借りるのも時間がかかるし、結城さんなら安全そうだし……」


 ここに来て同じ被害者だと思ってきた結衣に外堀を埋められる展開が到来してしまった。


「な、なんでそんな無計画なことを……」


「例えどれだけ性格の悪い人と同居することになっても、一人でストーカーに怯えて過ごすよりましかな、と……」


「ホテルに泊まるとかは……?」


「私、新任なのでそんなお金ないです」


「……本当に言ってます?」


 その問いかけに静かに首肯する結衣を見て、本気なのだと理解した。


 教師と生徒という関係性や男女という懸念点と、住む場所を失う女性を放り出す良心の呵責がせめぎ合う。


「このままだと住むところなくなるので、お願いします。出来るだけ邪魔にならないようにしますので……」


「えぇ……? わ、わかりましたよっ! 明日から……お願いします」


 しかし原因が自身の父親にあることもあり、最終的には結衣の希望を呑むことにした。


「はい、よろしくお願いします」


 こうして二人の不思議な関係が始まった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年1月10日 18:00
2025年1月17日 18:00
2025年1月17日 18:00

高校に入学したら保健室の先生と同棲することになった 松柏 @pepepe27

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画