第7話 パーフェクトコーディネート

「何してんの里倉、早く早く。乗り遅れるよ」


ジト目で俺のことをにらみつけながら、こっちこっちと手招きするのは、紛れもなく、伊代築美。


うちの学年で、うかの次に人気のある美少女だ。


……うかのことを崇拝するやべえ一面を見て忘れていたが、伊代と俺とじゃステージが違う。


本来なら、このように話したり一緒に出かけたりできる存在ではないのだ。


そのことを胸に刻み、決してやらかさないように気合いを入れて出発したのが今朝。


そして今─────俺は伊代の隣に座っている。


バスの座席が、2人用のものひとつしか残っていなかった。

いや、俺ちゃんと言ったよ?「じゃあ、伊代が座って。俺は立ってるから」って言ったよ?


でもあいつ……「なんで?せっかく2人分スペースあるんだから一緒に座れば良くね?」って。


そうして俺と伊代は、隣同士に座って、今にいたるというわけだが……


おい!何だこの状況!


なんで友達ゼロでクラスメイトとまともに話せない根暗な俺が伊代の隣に座ってんだよ!

完全におかしいだろ!


いや、別に伊代のことが好きとか気になってるとかじゃないんだ。ただ、一般的な男子高校生として、少しばかりドキドキするだけで────。


ダメだ。ひとりで戸惑ってる俺、キモイ。

伊代は何とも思ってないだろうに。


ああどうしよう。うかが普段からベタベタしてくるから前よりか耐性ついたけど、それは見知ったうか相手だったってのもあるし。


ついこないだまで雲の上の存在だった伊代が急にこんな至近距離に来たら、動揺が止まんねえ!


……と、まあこんなふうに焦りを外側に出さないように脳内でだけベラベラ饒舌に言葉を放っていた俺に、伊代が声をかけた。


「おい、里倉。次もう降りるよ」

「あ…はい。そうですね」

「…?なんで急に敬語…?」


うん、そこは見逃してくれ。


○○○


いつぶりかな。服屋に来るのなんて。

俺が服なんか選んでもどうせろくなことにならないし、かといって、家族と一緒に来て選んでもらうのは流石に恥ずかしい。


という理由で、まじでずっーと来ていなかった。

服屋。服の専門店。


俺は今から、ここにある服で、伊代にコーディネートしてもらうのだ。


…なんか家族と来るより恥ずかしくね?


俺のそんな思考には気づきもせず、伊代が先導して歩く。


「林間学校なんだから、このくらいカジュアルな方がいいと思うよ。あと里倉は骨格ストレートだから、これとかいいんじゃない?」


骨格…?なんにも考えたことなかったぞ。


ていうか俺、伊代に「骨格ストレートでさ〜」みたいな話したことない(それどころか自分の骨格わからない)のに、なんで知ってんだ?


骨格って見ただけで分かるの?それが普通なの?


「はい」

「え?」

「これ着てみて。いいと思う」

「もう決まったのか!?」


くだらない思考を巡らせている間に、伊代はもう俺のコーディネートをすませていた。


「もっと時間かかると思ってた」


「そりゃあ、うか様とのデート服とかならもっとはりきるけど。あくまでも林間学校のとき用の服だし。無難に選べばいいでしょ」


伊代が俺にわたしたのは、ニットベストによくあるグレーのズボンだった。


「これくらいなら里倉でも着こなせるはず」


伊代のひどいけど圧倒的に正しい言葉を真摯に受け止めつつ、試着室に入る。そして着替える。


なるほど…たしかにこれなら、俺でもまともに着られる。服に着られてる感がない。

そうだ……普通だ。普通の格好だ。


うなずくと、俺は、カーテンを動かすシャッという音をたてながら、外に出た。


「どう?感想は?」


そこで俺は、つまずいた…これ、どう言えばいいんだ。

せっかく選んでくれた服なのに、普通なんて言われたら、いやなんじゃないか?


少しばかり考えたが、結局正直にこたえることにした。


「………普通の格好」


そう言うと伊代は、ドヤ顔をした。


「でしょ?そうでしょ??普通でしょ?」


「あれ、怒ったりしないの?普通、なんて言われて。」


予想と違う反応に、驚きながら返事する。


すると伊代は、意味がわからないというような顔で、つらつら言葉を放った。


「なんで怒るの?センスが終わってるせいで、普通の格好したくても出来なくて、困ってたあんたのためにセレクトしたファッションなんだから。普通、って言葉は、思い通りにコーディネートできたってことだよ。」


伊代の言葉を受け、納得した。なるほど…そうか。いちいち心配することなかったな。


満面の笑みを浮かべる伊代。俺は思わず、こう言った。


「伊代、ありがとう。すごいよ」


シンプルで語彙力皆無な俺の褒め言葉。

伊代はきっと、すごいなんて言われ慣れてるんだろうけど、それでも伝えずにいられなかった。


「伊代のおかげで悩みがひとつ消えた。本当にありがとう」


俺かそこまで言い終わった時、伊代は……見たこともないほど、顔を赤くしていた。なんでだ?


「何それ、言い過ぎじゃない!?」

「え、別にそう思わないけど。ほんとに助かったし、ありがたくて…」


「ああ、もう!やめてよ。わたし褒められるのにめちゃくちゃ弱いの!それにあんた、曲がりなりにも男でしょ!?女のこと軽々しく褒めるな!」


え、ええ…。

なんだ、どうしたんだ。急に。

ていうか、俺のこと、「曲がりなりにも男」って。


伊代は、最初に待ち合わせた場所で解散するまでそのまま──テンションがおかしいままだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る