貸借一致のカタルシス~あなたが借方(貸方)で私が貸方(借方)。いつまでも一致しているために必要なこと~ 第三巻

木村サイダー

第1話 私は臭い

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――――――――――――――――



ゴールデンウィークに入って、江崎君と阿須那の二人の天使のおかげで、私は経済的危機を少しだけ脱出していた。


まず江崎君に感謝すべき事柄は、勉強だ。


いつも喫茶店や教室で、なかなか授業だけでは飲み込みの悪い私に特別授業を開催してくれる。授業と言っても復習で、江崎君自身もちゃんと覚えているかどうかの復習作業になるからとても良いらしいけど、凄いなあって思う。


実務の癖があるけれど、多分彼なら今でも二級以上の知識持っているんじゃないかな。

実務との差でおもしろかったのは、簿記で最初に習う「開始仕訳」をしないとこが結構あるらしい。


一部上場企業とかになると分からないが、中小企業の簿記は開始仕訳を実は期末にやるところが割とあるみたい。


少なくとも江崎君が経理を見ている会社は税理士の指示のもとそのようにしているらしい。期中は前期の繰越を残したままなかったかのように進めて期末で開始仕訳と繰越の仕訳を一括でやってしまう。


楽で分かりやすいを実務は追求するから簿記としては基本を知ったうえでやらないと『それで当たり前』となるから応用ややっていることの意味が分からなくなる、とも言っていた。どこまでも素直で勉強熱心な人だ。



▽▼▽▼



ごめん、話が逸れた。江崎君の話をすると頭がどうしても彼のことでいっぱいになってしまう。


ええっと、勉強は順調で小テストしてもケアレスミスはあるけれども根本的に理解できていないというところはなくて、学校の勉強と江崎君からの指導を受けて、さらに家での復習と反復で余裕を持っている。そうなると時間ができて余暇を過ごせるようになる。



そこで阿須那。私と一緒にするバイトを探してきた。阿須那はバイトをしたことがない。高校時代は生徒会でひたすら頑張ってきたから時間がなかった。


けどまあそれがバイトのようなもんだとも言える。課外活動でバイトのようなこともしていたからズブの素人ではない。


私たち二人は派遣会社に登録して、交通系ICカードの普及とそれに伴う信販会社のカード入会を勧誘する日雇いのアルバイトをしていた。難波の駅構内に許可を得てブースを作って、そこで契約を即座に行う。


一応初日はとにかく声出しがメイン。二人で声出してお客様に興味を持ってきてもらう。私がやっているとどうも色目の雰囲気がグレーの酒臭いおじいちゃんが寄ってきがちなのだが、それにもめげずに頑張る。


リーダーの方や男性スタッフの方もそういう時は気を使って変わってくれたりもするし仕事もしやすかった。二日目以降は私たちも徐々に先輩方々についてもらいながら契約の仕方を実践で覚える。


頭では理解しているもののいざ前にお客様と対峙したときはなかなかの緊張もの。書くところを間違えて誘導したり、年収のことを複数収入源があって全部書かなきゃダメか?って知らないことを聞かれたりしてアタフタしながら先輩に教えられながら覚えて行く。


頼りない対応に見下されてしまうこともあるけど、上手く行ったときの先輩たちからの「よかったね」の言葉が嬉しかったり、阿須那と二人で呼び込みをしたら結構お客様が集まってくれてノルマをクリアできたとか言われたりで、気持ちが上がることが多かった。


後これは絶対に個人情報だから絶対に言えないことだけど、頭の中で「へぇ~この職業・職種・勤続年数でこれぐらいの年収なんだ」というのがたくさん知れて面白かった。自分が今後就職を考えるようになった時に良いお手本・基準になったと思う。



▽▼▽▼



阿須那は相変わらず友達はあまりいない様子で、本人曰くに。

『ご近所様のように話す友達はできた』そうだ。でも以前よりは慣れも出てきて精神的に安定はしているし、今でも一限目があるときは一緒に学校に行ってる。



あの日結局悪いなあと思いながら、ちょっとでも一緒にいたい気持ちが強かったから断り切ることもできず‥‥というか江崎君にガツンと言われたら私は何も断れる自信はない。


家まで送ってくれた。途中色んなことを話した。やっぱり男たちのことは話せない。めちゃくちゃやんちゃだったことをちょっとやんちゃだったということにした。

『小出し』というやつだ。


だからなのかまったく咎めることはなく、普通に会話が続いた。月明かりに照らし出された私たち、ムーンボウを時々二人で眺めながら歩いた。


街灯で凹凸ができる、影のある顔は芸術的な美しさだった。少し後ろを振り返れば同じく街灯に照らされた並んで歩く二つの大きな影と小さな影。私は決して小さくないのだけど、江崎君が大きすぎるし、江崎君の横では小さな私で居たい。



――――今日もやっぱり誘ってはこないんだね。

男女のそういうこともやっぱり考えてしまう。だけどそこは‥‥



(ところでだんだん臭くなっていってるよね。ね?)


暴れて蹴った壁の上から一気に落ちてきた汚水を被った私の服や髪は、徐々に乾いてきて‥‥‥しかもアルコールが入って歩くものだから体温も上がって、ダブルでどんどんヘドロ臭と酒臭さがはっきりと分かるぐらいきつくなってきている。


――――ええ加減にせい!百年の恋も冷めるっちゅうねん!なんやこのにおい?ヘドロだけちゃうで絶対。猫のおしっこか鳩の何かとか絶対入ってるわ!正真正銘の汚れキャラやん!


だんだん乾いてきて臭くなって、足も靴の中がジュクジュク音を立てているのに、それでも本当に幸せだった。

家に近づくに連れて私の方があるくスピードが遅くなった‥‥嘘つきました。遅くしました。もうちょっとそばにいたかったから。

――――もうちょっとだけ‥‥もうちょっとだけ。


でもあんまり遅れるのもおかしいからやっぱりついていく。そこのところは本当にあまり分かってくれてい無さそうだった。



帰ったらまた間が悪く玄関に阿須那が居た。お母さんに頼まれて片付け忘れた生協の注文品の山積みを解体していた。案の定私たちを見て目を吊り上げて怪しむ。しかし――――


『何よ、お姉ちゃんそのずぶ濡れぶりは‥‥?』

そして近づけば、



『くっさ!くっさ!!何被ったん?どこの下水道で泳いできたん?』

――――阿須那、それは言い過ぎ。しかも江崎君の傍ででかい声で『くっさくっさ』言いすぎ。そこまでは臭くないと思うよ。



とりあえず簡単に怪しいことはしていないことが証明された。

そしてまた阿須那と二人で平謝り。

『すみません、うちの姉、時々頭おかしいもんですから』

――――そういう言い方はないよ、ちゃんと理由があるんだよ。


『あの、もしよかったら家の中でお茶でもいかがですか?』

――――ええー??家に上げるの?お父さんお母さんに逢わせるの?これって挨拶?挨拶になるの?


何分にも突然の阿須那の提案に、心の準備ができていなかった。それどころか着替えの準備も風呂の準備もできていなかった。急にアタフタし出す私。

『あ、いえ、結構ですから。お気遣いありがとうございます』

丁寧に断ってくれてありがとうございます。


もっともっともっと一緒にいたいけど、今回ばかりは本当に助かった。お父さんお母さんにも江崎君が男だとは阿須那もまだ言っていないし、こんな遅くにまだ若い男子とは言え、入ってきたら家族もびっくりするだろうしお母さんも何も用意できていないし、ちょっと阿須那の提案は無理がありすぎた。

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