(8)
「も、もしかして、君は霊感があるのかい?」
見当違いな発言をするイカルさんに、明日香さんが言う。
「ちゃんと説明できる原因が見つかったってことでしょ?」
「はい、一言でいえば、原因は――“音”です」
私はテーブルの上に目を向けて言った。置かれた物はまだ振動している。
「音というのは、空気を震わせる波です。私たちが音を感じるのも、鼓膜が震え、それを脳が認識しているから。音量が大きくなると、耳だけじゃなくて、体に響いて感じることもありますよね?」
じゃあ、と明日香さんが声を上げた。
「ペットボトルも、音の波を受けて動いているってこと? でも、私には何の音も聞こえないけど……」
明日香さんが確認するように、私以外の面々を見た。彼らも、何も聞こえないと答える。
「聞こえなくても、音は存在しています。それは、人間の耳では聞こえない周波数の音の場合です」
「ああ、超音波とか」
「ええ、コウモリやイルカが超音波を発していたりしますよね。犬に指示を出す犬笛も、人間に聞こえない高音です。でも今回は高音ではなく、低音――いわゆる、低周波騒音だと思います」
ということは、と津麦社長が話をまとめた。
「僕たちの耳には聞こえない超低音が鳴っているせいで、偽ポルターガイスト現象が起きたというわけだね。それで、音はどこから鳴っているのかな? 見たところ、ベース以外に音が出るものはなさそうだけど……」
「それはですね――」
まさにクライマックス、最後の一言を私が発しようとした時だった。私たちの背後から、声がした。
「みんなで集まって、どうしたんですか?」
「あ、
明日香さんの言葉に、私はびくりと肩を揺らした。振り返って、まじまじと新たな登場人物の顔を見る。ギター担当、超絶技巧の持ち主と称される、セラ。三人目のメンバー
モデルと言われても違和感のない、美しい顔と長い手足。あまりに整いすぎていて、作り物のようだった。
でも、私が驚いたのはそれだけが理由ではない。彼の声は――。
「聖良、見てコレ」
気安さ故か、イカルさんは言葉少なに聖良さんに声をかけ、テーブルの上を指さした。それを一瞥した聖良さんは、部屋に入り、窓を閉めた。さらに上げてあったブラインドを下ろす。
「スゴイ、止まった!」
イカルさんが声を上げる。揺れていたペットボトルや紙皿が、ピタリと動きを止めた。
「完全ではないけど、その内工事も終わるだろうから」
「工事?」
首を傾げる明日香さんに、聖良さんはさらりと言った。
「物が揺れていたのは、工事で発生する音の低周波成分のせいだよ。人間の耳には聞こえない波長だけどね。……あれ、何この空気」
聖良さんが不思議そうに、首を傾げた。津麦社長はいたたまれないように私を見て、咳払いした。ため息をつきながら、明日香さんが言う。
「聖良が悪いわけじゃないんだけど……ねえ?」
そう、この人が悪いわけではない。名探偵気取りでもったいぶった私が悪いのだ。明日香さんが聖良さんに説明するのを、私は穴があったら入りたい気持ちで聞いていた。
「ふーん……それは失礼いたしました」
聖良さんは私を見て、ニヤリと口の端を上げた。ヤな感じだ。
微妙な空気を振り払うように、明日香さんがパンと手を叩いた。
「さあ、これで三人揃ったから、改めて。マネージャーの音緒ちゃんです。これからよろしく!」
津麦社長が拍手して、ケンちゃんは指笛で盛り上げてくれたけれど、力押し感は否めなかった。
本当に、これからやっていけるのだろうか。不安を胸に抱きつつ、私はよろしくお願いしますと頭を下げた。
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