4-2.穢れ、襲来
タビーがギフトを発見しているその時も黒風の穢れは歩みを止めず信仰を続けていた。
再び矢が放たれた。
村人達の放った矢は、一斉に黒風の穢れに向かって飛んでいく。
アーヴィンとリセルもそれぞれの方向から狙いを定める。
放たれた矢のほとんどは風の障壁を受け、地面へと落ちていってしまう。
リセルはアーヴィンに合わせる為、対角に移動しながら矢を準備する。
二人で黒風の穢れを挟む形だ。
そして、アーヴィンは木の上から渾身の一矢を放つ。
「師匠っ、今です!!!」
アーヴィンの放った矢は弧を描かず、一直線に黒風の穢れに突き進んだ。
リセルのいる位置から見て、黒風の穢れとアーヴィンとの間には大きな距離がある。
つまり、同時に矢を着弾させる為には、放たれた場所から届くまでの距離を把握し、
矢が的に届くまでの時間を計算し、合わせるように距離を詰めながら二矢目を放つ事になる。
並みの弓使いができるような芸当ではない。
そもそも一度射られた矢の速度を見ながら、走り込んでタイミングを調節する等、神業と言っていいだろう。
しかし、ダークエルフの弓術、リセルの身体能力は並みではなかった。
師匠は伊達では無かった。そう、リセルの『合わせ』は、まさに神業だった。
アーヴィンの放った矢をちらりと見るや否や、脱兎の如く走り込む。
同時に弓を引き絞り、弟子の掛け声に合わせ、リセルは目を見開いた。
弟子の放った矢を見ながら、自身の放つ矢の狙いを定め、同時に当たるようタイミングを計る。
―――ここっ…!
二人の連携は見事という他無かった。
放たれた二つの矢は黒風の穢れの左右を完璧なタイミングで同時に襲い掛かった。
だが、それまで風の盾で防御していた黒風の穢れは、接近したリセルに突如反応した。
纏っていた風を、手に集中させ片刃を振る。
先程までと違い壁で防御するのではなく、自身の武器で薙ぎ払おうとしていた。
アーヴィンの放った矢は、黒風の穢れの左側面へ、だがこの矢は素早く振り下ろされた片刃の阻まれ、折れた矢は無常にも地面へ落ちる。
しかし、リセルの放った矢は黒風の穢れの右側面、あの残酷な片刃の腕の肩部分に命中した。黒風の穢れの動きが一瞬止まる。
「当たった…!でも…」
風の片刃に切り替わり、アーヴィンの矢を落としたその手でそのまま攻撃に転じるのだと理解した瞬間、リセルは危険を察知。
流麗なる狩猟者は咄嗟にバックステップした。
「レオ!!!合わせろっ!!」アーヴィンは咄嗟に叫ぶ。
その瞬間を逃さず、待ってましたとレオが大きなハンマーを振り上げ、リセルとスイッチ。
バックステップするリセルと交代する形で突進した。
しかし、寸前のところで黒風の穢れは再び風を巻き起こし、その風を右手に集中させ、レオの攻撃をかわし、逆に彼を吹き飛ばした。レオは地面に叩きつけられたが、すぐに立ち上がって再び攻撃の構えを取る。
「流石に俺のハンマーは切れねーだろっ…!」
レオは体制を整え、息を切らしながら言った。
アーヴィンは観察を怠らない。
風の壁はあらゆる攻撃を弾くが、その風が腕に集中している時、それが攻撃のタイミングなのだと。
「これでわかった。こいつ、防御と攻撃を同時に行えないみたいだぞ…!」
「皆、体制を整える!攻撃の手を休めるなっ!!」
ユカレイの声が後方から聞こえてくる。
現場に到着した彼は、状況を素早く把握すると、アーヴィンに指示を出す。
「アーヴィン、お前たちはもう一度同時攻撃の準備を。接近できる準備ができるまで風の障壁を出させて時間を稼ごう。私は村人たちの指示に回る!」
「わかった、じっちゃん!師匠、じっちゃんを頼みます!」
アーヴィンは頷き、別のポイントへ素早く移動した。
リセルはユカレイの護衛のために合流し、そのまま行動を共にする。
レオはその間、前線で黒風の穢れを引きつけていた。
黒風の穢れは村の入口近くまで接近していた。村人達の攻撃は跳ね返され、次々と返り討ちに遭っていた。それでも彼らは諦めず、再び立ち上がって挑みかかり、時間を稼ぐ。
「レオ!カリム!もう一度いけるかっ!」
アーヴィンの声に応じて、レオとカリムは構えを取る。
弓兵たちが援護の矢を放ち、黒風の穢れに対抗した。
アーヴィンの声が聞こえた。
レオはカリムと前線に立ち、黒風の穢れが纏う風の障壁を外すために攻撃を試みた。
レオが攻撃を担当、カリムは防御担当として連携する。
「カリム、俺が打ち下ろしたらすぐに盾を出してくれ!」
「わかりました!!」
レオがハンマーを振りかぶり、全力で振り下ろすと同時に、カリムが片手剣と盾で防御の構えを取る。
ハンマーの重たい一撃に、風の障壁は反応し、障壁から小さな風の刃が発生した。
その刃は彼のハンマーに当たりはしたが、レオ自身にまでは届かない。
彼を庇うようにカリムが前に出る。盾を構え、障壁からの反撃を受けとめる。
片方の手に持っている剣で刺突するが、こちらもハンマー同様に弾かれてしまう。
どちらの攻撃も弾かれてしまったが、風の障壁が薄くなったように二人は感じた。
「くそっ、力技では難しいか…!」
黒風の穢れは一瞬動きが止めたが、すぐに再び防御の風を纏い始めた。
一度距離を取る二人。
レオが叫ぶ。
「アーヴィン!ダメだ!風が邪魔過ぎる!今の俺達の力だけで壁を打ち消すのは無理だ!!…俺とカリムで囮になる!!風が手に集まったら矢を撃ってくれ!!」
アーヴィンは彼の発案に、乗り気にはなれなかった。
サージが惨殺する所を見ていた彼からすれば、味方を囮に使う等考えてもいなかったのだ。
だが、それでも黒風の穢れの肩に刺さったリセルの放った矢を見て、レオの発案を飲む他ない事も認めなくない事実であった。
「…わかった!!レオ、カリム、頼む!ヤツが攻撃に転じたらすぐに引けよ!!」
ミスは許されない、一歩間違ったら二人は死んでしまうだろう。
アーヴィンは二人を信じて次の矢を番えた。
レオとカリムは互いに目配せをしてから、黒風の穢れに向かって接近した。レオが大きなハンマーを振りかぶり、カリムが盾を前面に構えて前進する。
その姿はあえて隙を見せることで黒風の穢れを誘い出そうとしていた。
「…アーヴィン、外すなよ…!」
「っしゃあ!来いや、風野郎!!!」
黒風の穢れは二人の動きに反応し、風の障壁を片刃の腕に集め、攻撃の準備を開始した。
「レオさん、風が解けました!引きましょう!」
「ダメだ!!!すぐに引いたらまた風をまとっちまう!こいつが攻撃する、その瞬間まで引き付ける!!カリムは下がれ!」
レオは真向から黒風の穢れに対峙する。
「…わかりましたよ!!攻撃が来たら盾に隠れてください!!」
穢れの腕にはみるみる風が集まっていき、刃の切っ先から徐々に赤く変色していくのを二人は見た。
穢れはその腕を高く振り上げるとレオ達に向かって高速で大きく振り降ろす。
刃から赤い風の衝撃波が生まれ、それは地面を割りながらレオ達に向かった。
アーヴィンはその様子を見逃さず一の矢を放ち、すかさずリセルに声をかけた。
「師匠、今だ!二の矢を!!!」
リセルは声が聞こえる時にはすでに矢を放ち、それぞれの矢が黒風の穢れの左右から一直線に飛翔、二本の矢は穢れ目掛けて突き進んだ。
黒風の穢れが放った衝撃波は速度を増しながら二人に迫っていた。
「まずい!!」カリムがレオを押しのけ前にでる。
「カリム!!!!」
カリムは咄嗟に盾から手を離し、衝撃波と盾が接触する寸前で身を引いた。
衝撃波の威力は凄まじく、盾は粉々に砕け散り、衝撃波は貫通、カリムに直撃する。
吹き飛ばされたカリムは、村の門柱に激突し気を失う。
レオがカリムに元へ駆け寄る。
「おい、大丈夫か!」
どうやら生きてはいるようだ。
先に木っ端微塵となった盾のお陰か、直撃だったもののほんの少し威力が弱まってくれたのだろう。
しかし、これ以上はどう見ても戦えない。
レオは心の中で感謝を告げ、周りにいる村人達を呼び、彼を村の中まで運ぶように伝えた。
アーヴィンとリセルの放った二度目の同時攻撃。
時間差で放たれた矢は先程と同様、ほぼ同時に着弾を目指していた。
レオとカリムのお陰で障壁が無くなり、アーヴィンの矢は黒風の穢れの胸の近くに命中。
その瞬間、黒風の穢れは大きく咆哮する。
胸の辺りが赤紫と言えばいいだろうか、血管のようなものが光りながら浮き上がり脈動する。
しかし、もう一方のリセルの矢は違った。
黒風の穢れは片刃から風を放出させ、矢をいなす様に跳ね返す。
確かに胸部を目指していたその矢は、穢れの風によって極端なU字を描き、逆にリセルの方向へとてつもない速度で飛んでいった。
リセルは咄嗟に動こうとしたが、避けきれない。
矢が彼女に迫るその瞬間―――
ユカレイがリセルの前に立ち、矢を受け止めた。
「ユカレイ!」リセルが驚きと共に叫んだ。
ユカレイは腹部に刺さった矢に苦痛の表情を浮かべながら、膝をつき、そして力無く倒れ込んだ。
リセルの心は一瞬にして凍りつく、それと同時に激しい怒りが込み上げる。
彼女の矢が跳ね返った結果、自分の夫であり、仲間であるユカレイが重傷を負ったのだ。
「許さない…」リセルの声は震えていたが、その目には決意が宿っていた。
彼女は腰に付けていた鉈を引き抜き、黒風の穢れに向かって突進した。
「師匠、ダメだ!!」アーヴィンが叫ぶが、リセルの耳には届かない。
冷静であるべき戦士としての心が揺さぶられ、怒りに突き動かされていた。
リセルは鉈を振りかざし、黒風の穢れに攻撃を試みた。
しかし、黒風の穢れは片刃の腕でその攻撃を防ぎ、二つの武器が鍔迫り合いを起こす。
圧倒的な力で押し込まれるリセルは、一瞬でその差を感じたが、それでも攻撃の手を緩めなかった。だが黒風の穢れの一撃は重く、リセルの鉈は破壊される。
「リセルさん、危ない!」レオが叫びながらリセルに向かって走った。
黒風の穢れの片刃がリセルに迫り、彼女を斬り倒そうとした瞬間、レオが飛び込んでリセルを救う。
「大丈夫か!」レオは息を切らしながらリセルを支えた。
「くっ…ありがとう、レオさん…」リセルも息を整えながらも、再び立ち上がろうとした。
黒風の穢れは再び風を集め、片刃に力を集中させていた。
周囲の空気を震えだし、片刃が再び赤く染まっていく。
アーヴィン達の間に緊張が走った。
その瞬間、ヤマタの森では聞き馴染みのない、耳をつんざくような『パーン!』という音が空気を切り裂いた。
タビーの撃った銃弾はリセルと対峙していた黒風の穢れの背中に弾丸が命中した。
黒風の穢れは撃たれた反動でよろけるが、足を一歩踏み出しその場にとどまる。
驚いたアーヴィン、そしてリセルとレオが振り返ると、そこには見た事のない武器を構えたタビーが立っていた。
「タビー…!」
アーヴィンは彼がここに来るとは思っていなかった。
さらに、自分が過去に発見して持ち帰り、使い方もわからず放っておいたギフトを使っているのだ。アーヴィンは運命めいた何かを感じた。
「ヤッバ!!…おーい!大丈夫ですかーー!!!」
慣れない手つきでガチャガチャと排莢を行いながら、
レオとリセルに向けてすぐに後ろに引くよう声をかける。
タビーの一声、その行動でレオとリセルは間一髪救われた。
二人もアーヴィン同様に朝のタビーを見ていた為、その行動力に驚いていた。
当の本人と言えば、得体の知れない化け物に向けて放った弾丸、自ら何かに意図を持って攻撃する等、彼には経験がなかった。その指は、その手は震えていた。
―――当たったっ!…いや怖すぎやろ…!無理無理無理!
彼の心はもう迷っていなかった、とはまだ言えないだろう。
だが自分を助けてくれた周囲の人達が危険に晒されている現実を目の当たりにし、
彼自身も戦う覚悟が少しづつできはじめ、震えるその体を制していた。
弾丸を受けた黒風の穢れは幾度かの攻撃でダメージも蓄積している事はわかる。
だが、脅威は依然変わらずそこにある。
黒風の穢れが再び動き始める。
それはリセル、レオから標的を変え、タビーに向けて歩き始めた。
リセルとレオは起き上がり構えをとる。
アーヴィンは木から降り、ユカレイの元へ向かった。
タビーは銃を再び構え、照準を黒風の穢れに向ける。
先を見据えたその視線の先に化け物が映る。
一度照準から目を離し、化け物を見る。
そこには風を纏いゆっくりと自分の方へ向かっている異形。
―――え?これ俺に向かってきてる…?
黒風の穢れは進行方向を少し変え、ゆっくりと一歩づつ
奥井旅人の方への足を進め始めていた。
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