2-1.略奪者とレオ
【2.略奪者とレオ】
――この森は何かがおかしい。
足を踏み入れてからどれくらいだ?すでに数日が経った。
目的のギフトを手に入れるどころか、森に翻弄され疲弊しきっている…。
この森は予想以上に危険で、森の中は薄暗く、冷たい風が吹き抜ける。
巨大な虫や魔物が徘徊し、一瞬の油断も許されない。同じところをぐるぐると周回させられている気さえしてくる。
「おい、ここらで一度休憩しようぜ…」一人の略奪者が疲れた声で言った。
ここまで一緒に行動してきたが、一番下品で腐った冒険者の類だ。
名前はサージとか言ったな…。
この連中を仕切ってるヴァルガス、俺と同じ戦士だろう。
奴も同意し、俺達は適当な木の幹に腰を下ろし、しばらく休息を取った。
この数日間、ほとんど寝ていないし、食料も底が見えてきた。
中には疲労と恐怖で精神的に限界が近い者もいる。
略奪者達は、強引で粗暴な連中だ。金目の物を求めて、あちこちで略奪を繰り返している。しかし、この森ではその強気も通用しないようだ。魔物の気配に怯え、互いに不信感を抱き始めている。
こんな奴らとでも組まなきゃここに来る事さえできねぇなんて情けない話だぜ…。
「…おい、ここに本当にギフトはあるんだろうな?」ヴァルガスが苛々と尋ねた。
「ああ、あるはずだ。ルーンマリナの港でも聞いた。この森では何度も災厄が起きてるって。こんな誰もよりつかねぇ島だ、まだ見つかってねぇギフトは必ずある。」
俺はそう言って自分自身をも鼓舞した。
休息を終えた俺達は再び歩き始める。
森の奥深くへ進むほど、危険も増していく。
それでも俺たちは進み続けた。途中、魔物に襲われることもあったが、
ヴァルガスとサージも戦いには相当慣れているようで何とか切り抜ける事ができた。
暫く探索を続けると、俺達は少しだけ森の開けたところに出た。
森の奥深くである事には間違いないが、魔物の気配はない。
木の根が張っている事がほとんどのこの土地だが、ここは岩肌や地盤が見えている。
ヴァルガスの指示であたりに明かりを灯す。
数人が辺りを調べ明かりを置いていく。
するとサージが大きな声で皆を呼ぶ。
「おい!!ちょっとこれを見てくれ!へへ…!なぁ?これじゃねぇか!?」
地盤が見えている壁面に、何か…壊れた人工物であろう木の箱が半ば埋もれていたのだ。
「これは…?」ヴィクターが疑わしげに眉をひそめる。
「わはは!やっとかよ!こ、これが…ギフトなのか!?」
ロイドが興奮を隠せない様子で箱を引っ張り出そうとする。
「待て、中に何が入ってるかわからん。慎重に調べろ。」
ヴァルガスが興奮した全員に注意を促す。
レオは木の箱の取っ手部分に手を伸ばし、慎重にそれを引き出した。
箱は古びて壊れており、苔が生えている。中を覗くと、そこには衣類と小さなアクセサリーボックスの様な小箱が入っていた。
レオは自分で瞳孔が開くのがわかった。ギフトだ。
ボックスを開けると、中には銀の指輪や精巧に彫られたペンダント、この世界では見た事の無い宝石が輝きを放っていた。レオはそれを手に取り、その重みと冷たい感触を確かめた。
略奪者たちはその輝きに息を呑んだ。
「すげぇ…これだけの宝石があれば、当分遊んで暮らせるぜ。」
サージが興奮した声で言った。
「でも、どうやって持ち帰る?この森から出る方法を考えなきゃならないぞ。」
ロイドが冷静に言い放つ。
「そうだな。ここからは森を出る方法を見つけるのが最優先だ。噂が本当かはわからんが、この森に住んでる人間もいると聞く…。もし見つける事ができれば森の出方もわかるんじゃないか?」
そう言いながら、ヴァルガスとサージは視線を交わし合図を出す。
そして、その行動は一瞬で始まった。
サージは突然ロイドの背後に回り込み、首元に短剣を一閃。
ロイドは驚きの表情を浮かべる間もなく倒れ込んだ。
「お前…!」ロイドの声が途切れると同時に、ヴァルガスもヴィクターに向かって刃を向けた。
「これで取り分が増えるってわけだ。」
「食料問題もこれで解決できそうだなぁ!」嘲笑うかのようにサージが言う。
ヴィクターは反撃しようとしたが、ヴァルガスの速さに追いつけない。
「しまっ…」
ヴァルガスの剣はヴィクターの胸を貫いていた。
「よぉし、次はレオ…お前だぁ。」サージが冷酷な笑みを浮かべる。
「おら。そのギフトをこっちへ寄越しな。命だけは見逃してやってもいいぜぇ…。」
ギラギラとした目で俺を見るサージ。
ダメだ。ギフトを渡しても、こいつらにとって俺を見逃して得はない。
冒険者ではなく、嘘と裏切りに固められた本物の略奪者の気配を感じ取ったレオは、
一瞬の隙を突いてその場を飛び出した。宝石を懐にしまい、森の中を全力で駆け抜ける。
「追うぞ!逃がすな!」ヴァルガスが叫ぶ。
レオはとにかく駆け抜けた。後ろから追いかけてくるヴァルガス達の声が木々の間を抜け、彼の耳に届く。
足元の枝が折れる音、彼の息遣い、心臓の鼓動が激しく響き、周囲の音がより鮮明に感じられる。森の中の薄暗さと湿気が肌にまとわりつき、逃げる方向を狂わせるような錯覚を引き起こす。
彼らがすぐに追いついてくるのは明白だったが、発光虫の微かな光の中、ただ先へ先へと彼は全力で逃げ続けたーーー
ーーー
ヤマタの森の中、アーヴィンは村長の話を念頭に入れ、いつもとはルートを変えて巡回をしていた。かなり昔の災厄跡地付近を探索していると、地面には人が数名通った痕跡に気付いた。アーヴィンは慎重に跡を辿り、略奪者の存在が近くにいることを察知する。
「これは…まだ新しいな、結構近いぞ。早く村に戻って報告しないと。」
アーヴィンは森の中を静かに進み、村への帰路を急いだ。
彼の感覚で言えば一直線に村まで戻る事も容易い。
村までの距離が残り半分といった所、昼間によく使う狩場の方から人の気配がする。
魔物じゃない。この森の魔物は夜に騒々しく音を立てて動く事はない。
あるとすれば俊敏に動き、狙った獲物を狩るその一瞬の音だけである。
音が近づいてくる。人の走る音だ。
アーヴィンは木の裏に身を隠し、音の方向に目を向けた。
間違いない、略奪者だ、そう予測した彼は矢を取り出し弓に掛け、息を殺す。
いや待て、よく考えたらおかしくはないか?人だとして何故この暗闇の中を走りまわってる…?ふと脳裏をよぎる。
その走る音は、大きな木の根に勢いよくもたれ掛かり、この森のこの時間におおよそ似つかわしく無い音が響いた。ほとんど体当たりの勢いであった。
そいつは肩で息をしていて、明らかに疲労困憊の様子だった。
息を切らしながら、膝に手を付き、その脈動を必死に抑えようとしていた。
まだ呼吸も整わず、肩で息をしながら、そいつはまた歩き出そうとする。
アーヴィンはゆっくりと弓を構え、木の裏から半身を出し、矢をそいつに向けた。
「動くな。」続けてゆっくりこちらを向けと指示をする。
一瞬肩の動きが止まったが、またゼェハァと大袈裟な呼吸に戻る。
抵抗する意思は感じない、ゆっくりとそいつは体を向けた。
歳は同じくらいに見えるが、その明らかな筋肉量、大きなハンマーを持っている事から戦士なのだろうとわかる。アーヴィンは一切警戒心を解く気は無かった。
「やっぱり略奪者か。」呟くと同時、アーヴィンは更に弦を引いた。
「待て待て待て待て!待ってくれっ」男は焦り、声を上げる。
息を切らしながら、アーヴィンに向かって手を挙げて答える。
「た、確かに!多分だけど、お前の言ってるその略奪者と行動はしてた!してたけど、訳あって今そいつらから逃げてるんだよ!」
「何者だ。」アーヴィンの定めた狙いは動かず、鋭く睨みつける。
「俺はレオってんだ、冒険者だ。ゾショネラでは多少名の通った戦士だ!と、とにかく、お願いだからまず弓を下ろしてくれ!」レオは必死に訴えた。
レオと名乗ったその戦士は、森を駆け抜けた時にできたであろう小傷が体中にできていた。
それに全力で走ってきたのだとわかる息遣い。
そして、この森で、この状況で持っている武器に手をかける仕草さえなかった事、アーヴィンは一瞬考えた。
そんなレオの様子を見て、彼が嘘をついているようには見えなかった。
しかし、とは言え彼を完全に信用する訳にもいかなかった。
「訳アリか。だけどこの先は俺の縄張りだ、行かせる訳には行かない。
追われていると言ったな。こっちの道を使え。ついて来い」
この男の話を信じたとして、こいつを追ってくる人間がいるのならば、
村の方に向けて移動させる事だけは絶対にできない。
そして”村がある”という事も気取られてはいけないのだ。
アーヴィンは弓を下ろし、レオを別のルートへ誘導することに決めた。
レオはアーヴィンの後を追いながら、息を整えた。
「助かったぜ…恩に着る。追ってきてるのは二人組の冒険者、お前の言う略奪者だよ」
「一応聞く。何しにここへ来た」
視線を向ける事なく放つアーヴィン。
二人の身長程の木の根。その隙間をくぐりながらレオは言う。
「ん?あぁ、ギフトを探しにだよ。俺を含めた5人組だった。この土地には以前から災厄が起こってただろ?そこらの冒険者は危険過ぎて寄り付かないってんで腕に覚えのあるやつが集まって出稼ぎって訳。けど…」
アーヴィンは黙って耳を向けていた。
「ギフトが見つかった途端、リーダー格のヴァルガスって奴と、サージって野郎が
仲間2人を殺しちまって…。」
少し歩みを早める。
悔しそうに顔を下向けるレオをほんの一瞬だけ見て口を開く。
「…裏切りか。で、次はお前って訳か。下らない争いだな。」
「お前から見ればそうかもな…、ただ他の奴らは知らんが俺も好きでこんな危険地帯に来た訳じゃない。…俺にはどうしてもギフトが必要なんだ。」
そう話すレオの顔つきから、アーヴィンは彼から何か、信念のようなものを感じた。
察しの良いアーヴィンは言う。
「で、追われてるって事は、そのギフト、お前が持ってるんだな。」
「そういう事。今も持ってるぜ。俺達の見つけたギフトはこれだった。大陸じゃほとんど見かけない宝石の類だ、金になりそうだろ?」レオは懐から小さなボックスを取り出し、中を見せた。そこには美しい宝石が散りばめられたアクセサリーが詰まっていた。
こちらが聞く前にギフトを見せるあたり、俺に対しての警戒心はまるでない事がわかる。余程腕に自信があって俺の事を脅威と思っていないのか、もしくは本当に馬鹿正直な男なのだろう。
「…なるほどな、そりゃ追われる訳だ。お前、それが必要なんだよな?俺に簡単に見せていいのか?」
「あん?弓構えて俺に問いかけた時点でお前は悪いやつじゃないよ。さっきのあの瞬間、命を狙うのが目的なら俺はもう死んでるし、ギフトが狙いなら殺して身ぐるみ剥がせばよっかったんだからな。」
内心、面食らってしまったのはアーヴィンだった。
先ほどまで焦っていたレオという男は意外にも勘が鋭く、頭の回る男なのだった。
彼らが進む先には、レオ達が先ほどまでいた場所とはまた別の災厄跡地が広がっていた。
そこは一見、静かで安全そうに見えた。
地面から大きな岩がいくつもでている場所を屋根に、二人は息を整える程度の休憩を取る。
「レオって言ったな。これからどうする。」
「そりゃ、このままあいつらを引き離せるなら、さっさと森を出たいぜ。」
こいつからすれば、それはそうだろう。アーヴィンの顔が曇りそうになった。
「と、言いたいところだけど、あいつ等はこのまま放っておけない。向こうもジリ貧のはずだ、体制を整えて…こっちから出迎えてやる。」
レオは掌と拳を合わせる。
「それにお前、その身のこなしでわかる。この森の人間なんだろ?
そんなヤツに命助けてもらっておいて、人殺しの二人組をここに置いていくなんてしたら、例え助かったって寝ざめが悪くなるぜ。…ここまでありがとな。」
体にできた傷を確認しながら、肩を一回、大きく回す。
驚いた。どうやらこの男、一人で略奪者相手に立ち向かう気概らしい。
しかし諦めている節はまったく無く、怯えや恐怖といったものも感じない。
戦って、勝つつもりなのだ。この男は本当に戦士なのだ。と、アーヴィンは思った。
「おい。」
アーヴィンはレオに向かって布袋を投げる。
「食え。少しだが痛みがマシになる。」
「お、おう、すまん、助かる。」
布袋を開いたその中には、乾燥させた丸い木の実が入っていた。
見た事もないその実をレオは口にいれ奥歯で噛んだ。
噛んだ瞬間を見計らったかのようにアーヴィンが言う。
「うまくはないぞ。」
時すでに遅し。レオの口内は電撃が走ったように渋みと苦味が広がった。
「お前これ…毒だろ…こんなまずいもん初めて食ったぞ…」
「目も覚めて、いい気付けになったろ?」と少しだけ微笑み、そして彼は決めた。
「俺はアーヴィン。その略奪者、捕まえて大陸に送り返すとこまで手伝ってやるよ。」
彼は弓に掛かる弦を調整しながらレオに向き直った。
その言葉を聞き、レオは口内の強烈な苦味も忘れてキョトンとしてしまう。
「なっ…い、いいのか?」
アーヴィンは弦の調整を終え、次に矢じりの本数を数えながら言う。
「お前の言う通り、略奪者をこの森にそのままにしておく事はできない。
放っておいてこの森で死ぬのは勝手だが、手練れなんだろ?下手に生き延びられちゃ困るからな。
お前が前衛、俺が視界の外から弓で援護するって事でいいか?」
そうして、ちらりと覗いたレオは納得の顔で頷いた。
アーヴィンとレオは休憩を終え、次の行動を考えていると、遠くから複数の足音が聞こえてきた。アーヴィンは瞬時に反応し、レオに静かにするようジェスチャーを送る。
「来るぞ。あいつらだ。」アーヴィンは低く囁いた。
耳がいいなんてものではない、レオにはまったく聞こえなかった。
「どこから?」レオも身を伏せながら、すぐに反応する。
「あっちの方角だ。足音が二つ聞こえた。」
ハンドシグナルでその方向を指す。
二人は一度、アイコンタクトを取り散開した。
岩を盾に各々で身を隠し、息を潜め、アーヴィンとレオは相手の動きを伺うのだった。
張り詰めた空気が二人に絡みつき、
迫る脅威は一刻と近づいてきているのであった――
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