第6話 森の中で

 シャスディは慌てて後を追ったが、ウェルレイドは普通に歩いているはずなのに速い。全然追い付かないのだ。

「ねぇ、ウェルレイド……お願い、待ってよ。……ウェルレイド!」

 シャスディの声など、ウェルレイドには全く聞こえていないようだ。

 ウェルレイドが女のそばまで行くと、女は彼の肩に手を置き、ゆっくりと抱き締めた。途端に、ウェルレイドの身体は女の腕の中で崩れ落ちる。

「ウェルレイド! ちょっとあなた、誰なのよっ」

 あとわずか、という所まで来ているのに、シャスディは二人に追い付けない。

 女はシャスディの方を見て、冷たい目で笑った。まるであざ笑うかのように。

 そして、ウェルレイドを連れて、雑木林のさらに奥へと入って行く。

「待ちなさいよっ」

 足が止まっていたシャスディは二人を追うべく、雑草をかき分けて走った。

 あれ、何か急に暗くなってない?

 どうして、こんなに暗いのだろう。もちろん、夜にはまだ早すぎる。夕方と呼ばれる時間帯のはずだ。

 暗くなったせいか、ウェルレイドと女をシャスディはすでに見失っていた。足跡らしきものは、どこにも見当たらない。

 だが、落胆している時間なんて、なかった。

 シャスディは二人を捜すため、追跡する魔法を使う。ホタルのように小さな光が点々と現れ、女の去った方角を示してくれた。

 光が教えてくれる方へと、シャスディは急ぐ。

 あの女、誰なのよ。こんなに早く歩けるなんて、おかしいわ。こっちは走ってるのに、まるで地面をすべって移動してたみたい。それに、あんな風に人間をどうかしちゃうなんて……あれって、まさか魔女?

 妙な状況に、シャスディはふっと思い至った。

 もしかすると、あの女が今日ずっとあたしを狙っていた犯人かも。あたしに攻撃しても手応えがないから、そばにいたウェルレイドをどうかしようとして……。

 そこまで考えて、シャスディはぞっとする。

 とんでもないわ。あたしが魔女になったことで彼が巻き込まれるなんて、冗談じゃない。絶対に彼は返してもらうんだから。

 なぜウェルレイドが狙われたのか知らないが、シャスディのそばにいたために目をつけられたのだろう。

 シャスディは好戦的な気分になりつつ、先を急いだ。

「……ここの雑木林、どうなっているの?」

 周りの雰囲気が変わった気がして見回せば、雑木林はすっかり森のようになっている。ウェルレイドと魔女にばかり気を取られて、環境の変化に気付かなかった。

 雑木林には、細い木が数本生えている程度のはず。なのに、今いる場所には樹齢何十年、何百年になるであろう大木が、そこら中に生えている。

 どう見ても、知っている雑木林の広さではない。前も後ろも果てが見えず、木ばかりだ。

 入ったことはないが、樹海とはこんな感じなのだろうか。

 足下には雑草ではなく苔が生え、気を付けて歩かないと滑りそうになる。

 それでも追跡の魔法はちゃんと効力を発揮していて、光はさらに先へと続いていた。

 ここまで来たからには引き返せないし、もう帰り道もわからない。それに、ウェルレイドを取り返すまで帰るなんて、シャスディにそんな気はなかった。

 奇声のような音が、どこからか聞こえる。その声らしきもの出しているのが、鳥なのか獣なのかすらも、よくわからない。

 こんな樹海のような森なら、こういう音もあって当たり前のように思える。だが、やはり聞いていて気持ちいいものではなかった。

 シャスディに魔力がなければ、今の声に震え上がっていただろう。今だって、ちょっと肩が震えてしまった。そのことが、やけに悔しい。

「わっ」

 がさっと音がして、シャスディの行く手に変な生き物が現れた。醜い顔をした、小太りの鬼のような生き物だ。

 ゲームなんかに出て来るゴブリン、とか? でも、ちょっと色が違うような。

 背丈は、シャスディの半分程。額から短い角が出ていて、目付きは悪い。武器になる物は持っていないようだが、その指先に光る爪は短くも鋭い。引っかかれでもしたら、十分に大ケガだ。

 そんな生き物が、三匹いる。身体の色はそれぞれ赤、青、黄色と信号みたいだが、笑えない。

 よその国では、悪役のモンスターを緑にする傾向があるって聞いたことがあるけど。緑じゃないからって、目の前のこれが味方になってくれそうな気配は……まるっきりないよね。

 ここに棲む、魑魅魍魎などのたぐいだろうか。妖怪と言うには、見た目のスケールが小さいように思えた。雑魚モンスターと呼ぶ方が、絶対に合っている。何にしろ、不気味だ。

 さっきの魔女の手下、かしら。こうしてあたしの進行方向に出て来たってことは、先へは行かせないつもりね。こんなのを出してきて、あたしが逃げ帰ると思ったら大間違いよ。

「あんた達、逃げるなら今のうちよ。あたしは急いでるんだから、手加減はしないからね」

 言葉がわかるのかわからないのか、鬼達は道を譲ろうとはしない。

 シャスディに向かって、赤が突進してきた。ころころした身体の割りに、動きが素早い。いきなり爪が倍以上に伸びて、シャスディを襲う。

「きゃあっ」

 かろうじて、シャスディは赤鬼の爪攻撃から逃れる。と、続いて青、黄色が襲いかかってきた。動く順番も信号と同じだ。青は拳を繰り出し、黄色は蹴りを放つ。

 こんな所で足止めを食ってる場合じゃないのよ、あたしは。

 シャスディはどうにかそれらをよけ、体勢を整えると右手に力を込めた。

 それを見て、三匹が同時に地を蹴る。赤は顔を、青は胴を、黄色は足を狙って、それぞれ攻撃してきた。

「三つまとめて、あっちいけーっ!」

 シャスディが右手を振ると突風が吹き出し、鬼達はその風に飛ばされて周りの木に当たった。

 強い風だから、かなり激しく当たったに違いない。地面に落ちた後、鬼達はそのまま動かなくなった。目を回したらしい。

「だから、手加減しないって言ったでしょ」

 シャスディはベーッと舌を出して、先を急ぐ。

 こんな奴らに、わざわざとどめを刺す時間ももったいなかった。

 再びシャスディは魔法の光の後を追うが、なかなか追い付かない。森はさらに深くなっていくようだ。

 こういう場所は歩き慣れていないから、木の根や蔓に足をとられてしまい、時々転びそうになる。そのせいで、追う時間が余計にかかってしまう。

「こんなのんびりなんて、やってらんないわっ」

 魔女がウェルレイドに何をするか、わからない。

 シャスディを誘い出すための人質、というだけならまだいい。もし、それだけではなかったら。

 今までシャスディを狙っていたのに、それをウェルレイドに変更した。シャスディに対して、思うような結果にならなかったから、という理由で。

 業を煮やしてシャスディにやったようなことを、今度はウェルレイドにする、ということだって考えられる。

 シャスディに対する見せしめか、八つ当たりで。

 ウェルレイドは、シャスディのような魔女じゃない。魔法は使えない。シャスディがされたのと同じことを、本当にされたりしたら。

 階段から突き飛ばす。ガラスを割る。熱湯をかける。上から物を落とす……。

 本当にこういったことをされたら、状況によっては普通の人間だと死んでしまうことだってある。

 ウェルレイドはカラスを教科書ではたいているから、カラスの恨みを買っているかも知れない。

「よーし、こうなったら」

 シャスディは、大きなホウキを出した。魔女が空を飛ぶとなれば、やはりホウキだろう。

 それにまたがると、シャスディは見えないエンジンを吹かしてスピードを一気に出し、光が続く方向へと飛ぶ。

 しばらく前ばかり見ていたシャスディだが、ふいに後ろから気配を感じて振り向いた。

「げっ……何よ、あれ」

 やはり、シャスディを追って来るものがあった。

 まともな姿はしていない。顔は人間のようだが、身体は大きな鳥。鳥部分は黒いからカラスだろうか。

 カラスという鳥は、やはりシャスディのしもべにはなってくれないようだ。

 ハーピーって奴かしら。名前がどうあれ、人面鳥よね。

 ほとんど猿に近い顔。アニメやゲームで似たような魔物を見たことはあるが、本物は背筋が寒くなるような姿だ。まさか自分が実物と対面するとは、思ってもみなかった。

 そんなのが今度は五匹……五羽というべきだろうか。とにかく、五体いる。

 かなりスピードを出しているはずのシャスディに、みるみるうちに追い付いてきた。ごていねいに、足には鉤爪がついている。周囲は暗いのに、光っているのがわかって不気味だ。

 キーキーという猿みたいな鳴き声を出しながら、シャスディの真後ろまで追ってきた。

 こんなストーカー、気持ち悪すぎでしょっ。

 シャスディはさらにスピードを出して振り払おうとするが、相手も同じように速度を出す。差は変わらない。

 シャスディの背中に向かって、一体がかぎ爪をたてようとしてきた。

「ちょっと、そんな危ないものはしまいなさいよねっ」

 間一髪で避けた。こんな形で、タトゥーなんて入れたくない。

 人面鳥達は、シャスディの身体に次々とその鋭い爪をたてようとする。全てをぎりぎりの所で避けているが、これでは引っ掻かれるのも時間の問題だ。

 さらには、逃げるのに精一杯になってしまい、光の道からすっかり外れてしまった。このままでは、目的地からどんどん離れてしまう。

 んもぅっ、冗談じゃないわ。こんな追いかけっこはごめんよ。

「あんた達に負けてあげる程、あたしは優しくないからねっ」

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