第2話 魔法を使って

 ホームルームの時間。予告もなく、席替えをすることになった。

 連絡事項が少なくて時間があるから、と担任が急に言い出したのだ。ふいうちでやれば、それだけでも気分転換になるから、などと言って。

 前列にいるクラスメートは喜び、後列のクラスメートはぶうぶう文句を並べる。それぞれの思惑はあるが、問答無用で席替えが始まった。

 担任が黒板に机の数だけマス目を書き、その中へランダムに数字を並べて書く。その間に、生徒は担任が用意してきた数字の書かれているクジを引く。自分が引いた数字の書かれている席が、新しい席になるのだ。

 一番だからといって、前になるとは決まっていない。真ん中や一番後ろになったりすることもある。

 シャスディの通っていた中学でもこんな感じの席替えがあったが、やっている間は割にギャンブル性があってそれなりに面白い。

 ここはやっぱり、魔法を使うべきよね。

 シャスディは、前でも後ろでも気にしない。問題は、周囲に誰が来るか、なのだ。色々な面で頼りになるクラスメートが来てくれれば、あれこれやらなければならない時にありがたい存在になるから。

 それに、今は隣に来てほしい人がいる。

 ギャンブルを楽しむのもいいが、ここは確実性を求めたい。

 せっかくある力は、使わなきゃ損だ。

 シャスディは、ウェルレイドと自分が隣り同士になるように魔法をかけた。

「よーし、それぞれ自分の席はわかったな。じゃ、移動しろ」

 担任の声で、各自が荷物を持って新しい席へ移った。シャスディは窓際の列で、一番後ろだ。

 自分の席がどこになるかについては何も考えていなかったので、純粋にシャスディのくじ運。それよりも大事なのは、これから。

 どうかウェルレイドが来てくれますように。

 魔法の効力は朝の時計で確認済みだが、さっきウェルレイドにかけた魔法は本人に聞かなければ効果があったのか、確認できない。

 だから、シャスディは祈らずにいられなかった。どきどきしながら、誰が来るかを待つ。

 やがて、やって来て隣の席に座ったのは、ウェルレイドだった。やはり、魔法は効果あり、だ。

 シャスディは思わずバンザイしそうになるのを、懸命にこらえる。代わりに、こっそりと拳を握った。

「よっ、しばらくの間、よろしく」

「うん、こちらこそ」

 応える声が、知らず弾んだものになる。

 これからしばらくの間、ウェルレイドの隣で授業を受けられるのだ。

 そう考えるだけで、嬉しい。

 いや、次の席替えでも魔法を使えば、場所がどこであろうと隣同士だ。これなら、一番前だって構わない。学年が上がるまで……いや、クラス替えの時も魔法を使えば、卒業まで同じクラスでいられる。そして、席も隣同士で。

 どうしてもっと早く、この魔力を授からなかったのかしら。

☆☆☆

 現代文の時間。

 ウェルレイドが当てられて、教科書の文章を読む。間近でウェルレイドの声を聞けて、シャスディは幸せの絶頂にいる気分だった。

 あー、やっぱりいい声だなぁ。

 いつもは退屈なだけでしかない授業も、これだけで朗読劇にでも来てる気持ちになれる。

 自分でも思うが、恋とはかなり現金なものだ。

 次の数学の時間は、配られたプリントの計算問題をさせられた。

 その答え合わせでウェルレイドのいる列が当てられ、問題の数からいってもウェルレイドは絶対に当てられる。

 計算問題の常として、後になる程、複雑・難解になってゆく。ウェルレイドは、見事に一番ややこしい問題だ。これは、一番後ろの席にいる者の宿命かも知れない。

「うわ、やばいなー。よりによって……」

 ウェルレイドは数学が苦手ではないが、得意でもない。ちょっとつまづいているようだ。

 ここはもちろん、あたしの出番よね。

 シャスディはウェルレイドが困っているのを見て、早速魔法を使う。

 計算問題に効果があるだろうか、と思ったが、すぐに答えは導き出された。頭に浮かんで来たのだ。

 その答えをノートに大きく書き、教師の目を盗んで机を叩くとウェルレイドに合図した。

 ウェルレイドが音に気付いて隣を見ると、答えがそこにある。ちょうど、どうにかひねり出した答えと同じで、安心した。

 それから「ありがと」というつもりで、こっそりとシャスディの方を見ながら親指を立てる。

 やった、ウェルレイドの役に立っちゃったよー。

 前に出て黒板に答えを書いているウェルレイドの背中を見て、シャスディはまたまた幸せ気分を満喫していた。

 好きな人を助けられる。何て嬉しいんだろう。

「シャスディって、数学が得意なのか?」

 戻って来たウェルレイドが尋ねる。

「え、得意って訳じゃないけど……たまたま解けたのよ」

 そっか。急に成績がよくなったら、カンニングしてるんじゃないかって疑われたりするかもね。

 カンニングしているのと同じなのだが、シャスディはそんな細かい部分など気にしていない。

 用心しなきゃ。魔法の使いどころは、もっと気を付けないとね。少しずつ正解率を上げて、いつの間にかクラスのトップに……みたいな感じにしていかないと。

「そうか。ちょっと焦ってたんで、助かったよ」

 ウェルレイドにそう言ってもらえれば、シャスディにすればどんなお褒めの言葉よりもありがたい。

 まだちっちゃい魔法しか使ってないけど……あー、魔女になって本当によかった。

☆☆☆

 次は社会だった。何の教科だろうと、今のシャスディに恐い学問はない。

 急な質問、超難問を出されたとしても、間違いなく答えられる自信がある。

 でも、こういう時に限って当てられない。いつもなら「当てられませんように」と祈り続けるくせに。

 今の時間が平穏なことを、ちょっと不満に感じるシャスディだった。

 さっきの時間「急に成績が上がったら、うんぬん」と考えていたのに、当ててもらって答えたい、なんてことを考える。実はちょっと目立ちたい、と考えるタイプかも知れない。

 窓の外を眺めると、いい天気だ。窓際の席は、誰にも邪魔されずに外が眺められる。すかっとした青空で、気持ちがいい。

 その青い空に、ぽつんと何かが浮いている。何かの影らしいが、よくわからない。

 シャスディがぼんやりとそれを見ていると、どんどん大きくなってきた。こちらへ向かっているようだ。

 鳥、かな。まさか、飛行機だ、いや、空飛ぶスーパーヒーローだ、なんてことはないよね。

 自分が魔女になったから、世の中何でもあり、のように思えてしまう。本当にスーパーヒーローが飛んで来ても、きっとシャスディは驚かないだろう。

 見ているうちに、影はどんどん大きくなる。形を見る限り、やはり鳥のようだ。さらに近付いて来ても真っ黒なところを見ると、どうやらカラスらしい。一羽がこちらへ突進してきているのだ。

 え、ちょっと……本当にこっちへ向かってきてない?

 カラスは迷うことなくこちらへ、シャスディのいる方へ向かって飛んで来ている。

 はっとした時には、すでにカラスは開いた窓から教室へ侵入していた。迷うことなく、シャスディに襲いかかってくる。

 スーパーヒーローが飛んで来ても驚くつもりはなかったが、初対面のカラスに襲われれば、さすがのシャスディも驚いた。

「きゃあっ」

 カラスは鋭いくちばしや爪で、シャスディを襲う。気付いた周りの女子生徒も、突然の襲来に悲鳴を上げた。

 あたし、カラスに恨みをかう覚えはないわよっ。

 視界の端で、ウェルレイドが本を振り上げるのが見えた。教科書でカラスをはたく。急な横入りで、わずかにカラスがシャスディから離れた。

 それに乗じて、シャスディは魔法を使う。ウェルレイドにはたかれたと同時に、風のかたまりをぶつけたのだ。

 これなら、端から見れば「ウェルレイドに強くはたかれて飛ばされた」という形になっているはず。

 勢いで壁に叩き付けられたカラスは、目を回したようによろよろと飛び上がる。さすがにこれ以上は不利、と思ったのか、入って来た窓から出て行った。

 人間ならチッと舌打ちして、という様子で。

「何なんだ、一体。おーい、大丈夫か、シャスディ」

 時間にすれば、あっという間だった。

 黒板に説明文を書いていると、後ろできゃあきゃあと悲鳴が聞こえ、男子生徒が教科書でカラスをはたいている。

 前にいた先生にすれば、何事かと思っているうちにカラスが窓から飛んで行った、としかわからない。

 それでも、どうやらシャスディが襲われていたらしい、ということがわかったようで、様子を見にやって来た。

「はい、何ともないです」

 襲われた時、とっさに防御魔法を使っていたらしい。無意識のうちに、結界を出して自分を守っていたようだ。

 それに、ウェルレイドが教科書でカラスをはたき、遠ざけてくれたおかげで、カラスにダメージを負わせられた。あのままだと、くちばしや爪で傷付けられていただろう。

 シャスディが「何ともない」と答えたので、先生も深く追及はせずに前へと戻った。状況を目撃していないので、大したことはない、と思ったようだ。

「本当に大丈夫か? ケガしてないか?」

 ウェルレイドが心配して、声をかけてくれる。

 やっぱり、ウェルレイドは優しいなぁ。

 気にかけてもらって、シャスディはたまらなく嬉しかった。友達に声をかけられれば、それももちろんありがたいと思うが、やはりシャスディにとって、彼は別格なのだ。

「うん、平気よ。本当に無傷だから」

 ウェルレイドを安心させるために、シャスディは手を見せた。

 あの状況でケガをするとすれば、頭、顔、手だ。顔は見ればわかるだろうし、傷のない手を見せておけば安心してくれるだろう。

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