ミステリーマニアは悪意を糧に

 口に出してはみたけれど「策謀」というのは、大げさな気もする。ここのところ、何の因果か国際的なやり取りに関わってしまう事が多かったから、その影響という事にしておこう。


「――策謀ですか? 妃殿下のお話だけで、ですか?」


 それを指摘されると弱い。書置きの謎に協力すると決めた後に、妃殿下からはさらに詳細に聞き込みを行っているのよね。妃殿下も私に話を持っていくまでに色々調べられているわけで、その成果を教えていただいた。


 その影響もあるのでは? とアウローラは鋭く指摘してきたってわけ。

 私も改めて考えてみるけど――その影響は少ないと断言出来る。


 だって私、最初から胡散臭い話だと感じていたからね。


 ただそれが推理小説ミステリーマニアであるという、私の気質による影響がないとは言い切れない。

 とりあえず、あの時の感情を思い出しながら、アウローラに言い訳してみよう。


「まずね。王家を相手に、そんなアプローチがあるか! って思ったのよ」

「ええと……それは何というか情緒が足りないというか……」

「王族を本気で篭絡しようとするなら、あんな一言じゃなくて、自分と結婚すれば、これだけのメリットがあります、ってレポート提出した方が有効だと思うのよ」

「それはいくら何でも」

「ましてや相手はルティス様なのよ」


 よし。アウローラを黙らせたわ。

 ルティス様がどういった為人かわかっていないとしたら、それは送り主の怠慢だと思うしね。


「それに送り主の名前が無い事については、悪意を感じるのよ」

「悪意、ですか? そんな話になります?」

「名前が無い事で起こるべき未来を想像してみて。まずルティス様が、この書置きを素直に受け取って、誰かしらに返事をされる」

「そんなことは……ああ、そうですね。その可能性はありますね」


 そうなのよ。

 ルティス様は妃殿下にせっつかれていたんだから、書置きの存在を利用する可能性は確かにある。厭世的な為人であることは間違いないわけだし。


「ただそうするとねぇ……ルティス様からそう言われて『違います。私が書いたものではありません』なんて答える人いると思う?」

「そうせすね――お嬢様なら言うでしょうね」


 私の事は例外で良いから。いや、そうじゃなくてルティス様としても、そういった状況がややこしくなるような相手に返事はしないでしょ。

 その辺りはきちんと取捨選択されると信頼しても良い。


 私がそう追加説明すると、アウローラはすぐに畏まった。

 この女……私をからかうためだけに反論したに違いない。


「わかりました。確かに殿下から返事をされた場合『私が書置きを残しました』と嘘をつく可能性は高いと私も思います」

「でしょう? そうすると残された状況としては、まず書置きの主が王家に恩を売れるということ。それを証明できるような証拠は手元に残してあるのは前提としてね」


 ルティス様が結婚されるきっかけを作り出したことになるのだから、後から妃殿下に打ち明ければ、悪いようにはされないだろうという計算高さを感じるのよね。

 先ほどの妃殿下のご様子を鑑みると、ますますそうなってしまう可能性は高いと言わざるを得ない。まさかあれほどに妃殿下がセンチメンタルだとは……


「他にも可能性が?」


 私の意識を呼び覚ますように、アウローラがさらに尋ねてきた。


「これは我ながら穿ち過ぎだとは思うけど、さっきの仮定だとルティス様は間違った相手と結婚した、という事になるわよね?」

「それは……かなり強引に解釈すれば」

「ええ、強引でいいのよ。相手は元々王家の非を論うために、書置きを残したとも考える事が出来るんだから」


 この推測を是とした場合、王家に喧嘩を売るつもりがあるということになる。つまり大義名分を獲得するためにも、もっと強引な解釈だって行ってくるだろう。

 むしろ物証が残されている書置きを用いての解釈の方が、理性的である可能性は高い。


 そんな風に私が自分の推測を形にしてゆくと、アウローラが何だかおかしな表情を浮かべている。


「どうかした?」

「お嬢様のお話では……内乱を目論んでいる者がいるということに……」

「そんなの為政者はずっと考えていてもらわないと困るわよ。戦火はどこで発生するか予想も難しいんだから。あらゆる事柄に予兆を感じて欲しいわね」


 王家の役割としては、それが一番と言い切ってしまっても良いと思うぐらいよ。特に王国は貴族の力が強いんだから。

 アウローラは納得しづらいものがあるみたいだけど、とりあえずは飲み込んでくれたみたいね。


 その代わりに、もう一つの可能性に言及してくる。


「殿下が見事、書置きの主を見抜かれた場合は?」

「違う、と言い張って、先ほどと同じ状況に持ち込むこともできるわね。そうすると……困ったわね。単純に送り主を言い当てれば済む話ではなくなってしまったわ。物証か言い逃れ出来ない証言者が必要になってしまった」


 これは藪蛇なのかしら? いいえ違うわ。

 何故なら――


「――恐らく、ルティス様もそこまではお考えになっていると思うのよね。だから、妃殿下に気を持たせるようなことを為さって、その間に調査を進められているんじゃないかしら」


 うん、多分そう。

 口に出してみて、わかった。その考え方が一番スッキリする。

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