王妃のプロファイリング

 そこから改めて、妃殿下の説明を整理してみると――


 まずルティス様は懇親会を、中庭の四阿あずまやでお開きになられた、と。寒いだろうに、無茶をなさると思ったけど、参加人数を考えると、選択の余地は無かったのかもしれない。

 中庭でも奥まったところにある四阿なので、風が吹きつけるなんてことも無く、暖房もされていただろう四阿自体は暖かかった可能性もあるわね。


 ルティス様は立場上、あちこちと挨拶回りはしなくても良いんだろうし。

 ただ、それでもルティス様は体調を崩されたらしい。予定の半分ぐらいの時間で懇親会はお開きになり、出席者たちは他に開かれている懇親会へと、バラバラに移動していったということだ。


 新年だからね。「湖の宮殿」でもあちこちで似たような催しが開かれていたんだろう。それは納得出来る。

 そしてルティス様の懇親会が開かれていた四阿からは人がいなくなり……


「……そうやって人がいなくなった四阿に書置きが残されていた、と」

「そういうことのようね」


 まだまだわからないことが多いけど、概略としては大体理解できたと思う。


「それで、ルティス様はその書置きを残した人物と結婚する、と。今までのお話から考えると、その書置きに署名の類は無かったわけですね?」

「そうなの。私も見せて貰たんだけど、そういったものは無かったわね」

「書置きをご覧になったのですか?」

「ええ。だから、あの子が嘘を言っているわけではないようなの。あの子の筆跡では無いようだし」


 祐筆の可能性もあるけど、妃殿下はそこまで確認したの上での判断だろう。

 つまり、確実にルティス様以外の思惑が四阿に入り込んでいるという事か……


「書置きの内容を伺っても?」


 思考を進めながら確認する。プライベートに踏み込むようで、少し躊躇ったが、あまりにも今更なので気にしないことにした。

 妃殿下も、自然に教えて下さる。


「ええ。“お慕いしております”って。短いけれど、それで十分じゃない? あの子もそれで結婚を決めたんだから」


 それは……何というか斬新な考え方に思える。ここまで状況が整理されてくると、私にはこの一連の出来事については、眉を顰める事が多いような気がするのよね。


「ちなみに妃殿下は書置きを残した相手は、どのような人物と考えとられるのですか?」

「何だか推理小説ミステリーみたいな話ね」

「ええ、そういった考え方でお願いします」


 妃殿下は私とは観点から違っているようだし、貴重な意見を貰えるかもしれない。

 そう思って水を向けてみると、随分乗り気だ。やはり推理小説はすべての基本だわ。


「そうね……私は恋文の送り主は随分“奥ゆかしい”人だと思う」


 ほう。「恋文」という認識をお持ちなんですね。


「そして、随分な粗忽者よね。もちろん可愛げのある感じの」


 ほうほう。悪意のある感じではなく、幼い感じの人物であると。

 え~とですね。それが正しいとするなら、この国は将来的に困った女性が「妃殿下」になるという事なんですけど。


 ……現在いまとあまり変わらないような気がするけど、それは置いておくとしよう。


 なんにしろ、そういう将来を迎えるためには書置きを「残したのは誰か?」という謎をクリアしなければならないのだから。


 私は謎を解くにあたって、他にはっきりさせておかなければならない点を妃殿下に確認してみる。


「その書置きは、間違いなくルティス様宛、という事で間違いないのですね?」

「ええ。“お慕いしております”の前に、ちゃんとあの子の名前があったんですもの。『フォルティスコルデ様へ』という宛名があったんだから」


 となると、その点は間違いないのだろう。宛名はもっと丁寧だったかもしれないけど、次の質問に答えてくだされば、自動的に書置きを残した人物の輪郭が出来上がってくるはずだ。


「殿下……その書置きを残した人物が、ルティス様と釣り合いの取れない身分である場合はどうなさるおつもりで?」

「あ、それは大丈夫」


 大丈夫なのか。


「書置きが認められた紙が、私が使えるほど手の込んだもので」


 ああ、透かしがあったりとかするような高級紙ね。となると確かに平民や困窮している貴族では、まず手に入れる伝手がないだろう。

 かといって、それで書置きの主を見つけられるほど限定的な紙ではないという感じか。ルティス様が真面目に探しておられるなら、という条件が付くけれども。


「あと箔押しもされていたわ」


 現物を確認したいけど……とりあえずかなり余裕のある家がバックにあると考えてもいいだろう。余裕のあるふりをしているだけの可能性もあるけど、そこは妃殿下の審美眼を信じるしかない。……今のところは。


 うん? 待って待って。


 何となく私が謎を解く流れになってない? 私にそれだけの義理は――あるような無いような。クーガーとの結婚を考えるなら、協力すべきだとは思うけども。


「手伝ってくれるわよね?」


 そんな私の逡巡を見透かしたように、妃殿下からお声をかけられてしまった。

 考えてみれば……このタイミングで「湖の宮殿」に呼び出されたのも、それが狙いだったのね。


 これは……


「では、殿下にお願いがあります。『竹屋敷殺人事件』をお読みになってください。そして、お気に召したのなら宣伝を」

「本はくれないの?」

「これぐらい歳費おこづかいで賄ってください。――お買い上げありがとうぞざいます」


 せめてこれぐらいは仕返ししなくては。

 かなりの厄介ごとに巻き込まれざるを得なくなったんだから。

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