第39話 ホープダイヤモンドの絆─⑦

 ホテルへ戻り、さっそくSNSをチェックした。

 先ほどの生放送は少しだけ取り上げられている程度で、ほとんど話題にはならなかった。

 それより話題になっていたのが「大悪党・サンソン一家の末裔が存在していた!」とテロップが流れ、テレビ局宛にコンタクトを取ってきたと言っている。

 大悪党と聞いて、持っていたハンバーガーをテレビへ叩きつけそうになった。

 フランス革命が起きた時代は、きっと正義のヒーロー扱いだっただろう。サンソンは、当時言われていた悪の根元を打ち取った人だ。だが今は視聴率のほしさと、移りゆく時代のヒーロー像が変わってしまったがために大悪党などと言われてしまう。戦争や革命に加担した人間の善悪など判りっこないし、何億時間かけて討論しても決着のつかない話だ。

 テレビでは、明日にコンコルド広場でサンソンの末裔が来て、謝罪と祈りを捧げると報じられている。

 祈りはともかく、謝罪はおかしい。断じておかしい。末裔が人を殺めたわけではない。責任を取らせるのは、常識に反している。

──Le spectacle commence!

 またしてもメールが送られてきた。フランス語で「ショーの始まりだ!」である。本当に楽しんでいるのか、皮肉めかしているのか文章だけだと判りづらい。

 メール相手もまた、フランスの番組をチェックしている。

 決行は明日。チャンスは一度きり。この機会を逃せば、彼は二度と心を開かないだろう。




 翌朝、ホテルの外がやけにざわついていた。

 カーテンの隙間から覗くと、カメラを持った人たちや車でごった返している。

 夜ならば煌びやかなイルミネーションも発光しているだろう。今はクリスマスの時期だ。残念ながら、昨日は太陽が隠れる前にホテルへこもってしまった。

 いつもより控えめに朝食を食べ、紙袋を持って外へ出た。

 コンコルド広場へ近づくたびに、人の数も多くなる。明るい声に潜む私欲の臭いは、ハルカの決心をさらに強くさせた。

 サムソンの末裔は午前十時にやってくると、カメラの前で話す女性は高ぶっている。

 午前十時──そのときはやってきた。タクシーか一台止まる。

 ハルカは身を屈めて、紙袋の中へ手を突っ込んだ。

 タクシーの扉が開く。歓声が上がりかけたとき、ハルカは動いた。

 降りようとする見知った男性の前に立ちはだかると、男性は目を大きく見開いた。

 ハルカは持っていた被り物をすかさず彼の頭へ被せると、タクシーの奥へ押しやる。

 そしてホテルの名を告げた。

「Allez, bouge!」

 フランス語で急いで、と告げると、ぽかんとしていた運転手はアクセルを踏んだ。

 振り返るが、誰も追ってくる気配がない。安堵のため息を盛大に吐いた。

 隣にいる男性──馬の被り物を被った人は、微動だにしない。

「それ、俺が文化祭で被ったものなんですよ」

 日本語はぺらぺらのはずなのに、一向に応じようとしない。

 ならばと、ハルカは「オー・シャンゼリゼ」をフランス語で元気いっぱいに熱唱した。原曲はイギリス。そしてフランス語で書き換えられた。タクシーの運転手もノリノリである。

 無事にホテルへ着くが、カメラを持った人も野次馬もいない。

 財布を出そうとしたとき、馬の彼が先に支払いを済ませた。

 彼は黙って後ろをついてくる。絶対に離さないと誓って手を繋いでいたが、彼は逃げる気もない。

 無事に部屋へ到着すると、彼は荒々しく馬の被り物をベッドへ脱ぎ捨てた。

「ご説明を」

 いつもより声が低い。怒っている──と見せかけて、実はそうではないと知っている。

「説明……? 質問して下さい。それに一つ一つ答えていきますから」

 はて、とわざとらしく首を傾げた。

「なぜあなたがここに」

「フィンリーさんを追ってきました」

「なぜ私の居場所が判ったのです……いえ、愚問ですね。たくさんのヒントを残しすぎました。ここへ来るのにあなたはアルバイト代を使いましたね。無駄だと思わなかったのですか」

「一番良いお金の使い方をしました。それに俺が稼いだお金をどう使うか、俺の自由だと思いますけど」

「……私のことをどこまで知りましたか」

 語尾が微かに震えていた。絶対に、絶対に言葉を間違えられない答えを出さなければならない。

「誰かに聞いたわけじゃないです。おかしなメールも来たし、ある程度確信があります。フィンリーさんは、サンソン家の末裔なんですね」

「──答えにたどり着いてしまったのですね。おっしゃる通り、私には罪人の血が流れています」

「それ言うの、二回目ですね」

「私の身の上話もしなければなりません。長くなります」

「紅茶でも入れましょうか」

「できればお茶請けも」

「はーい」

 ダコワーズとフロランタンは日本でもよく見るが、フランス生まれの伝統菓子だ。

「がんばればダコワーズも作れるかも」

「ぜひとも食べてみたいものですね」

 ここにあるのはティーバッグの紅茶しかないが、妥協するしかない。

 二杯分の紅茶と、フランス菓子を皿に並べてテーブルへ置く。

「いろいろ言いたいことがありますが、まずは聞きます。罪人の血とか、今すぐにでも突っ込みたいんですけど」

「人の話を聞きましょうと、幼稚園でも習いますからね。私は元々、フランスの修道院で生まれました。正確に言うと、修道院に捨てられていたところを拾われたのです。五歳まではそこで育てられ、イギリスのとある一家に引き取られました」

「引き取られた?」

「海外では捨て子を養子として育てるというのは日本よりも多くあります。ある程度の年齢に達すると、家族とは毛色が違うと察してくるものです」

「家族にいじめられたり?」

 フィンリーは一瞬目を泳がせ、

「たとえばですが、パティシエが作ったスイーツを、」

「パティシエ? フィンリーさんの家に、パティシエがいるんですか?」

「黙って聞きなさい。ケーキに乗ったフルーツを兄弟の方が多めに盛られたり、こっそりお菓子を渡したのに私にはなかったり。たかがお菓子といえど、されどという言葉があります」

「フィンリーさんが甘いものに執着する理由が判った気がします。子供の頃に取り上げられたものがあれば、大人になってからそればかりにこだわりをもってしまうんです。日本だと、よくゲームに例えられますね」

「私はそこまで執着していません」

「はいはい。それで、兄弟と違うと思うようになったんですか?」

「そうですね……兄弟の中では私はそれなりの成績も収めていましたし、手を焼くような悪さもしませんでした。あるとき、大人たちが私の噂話をしていて、この家の子ではないと言っているところを耳にしたのです。父に聞いたところ、認めました。ところが、生みの母も血の繋がりのある父も、どこで何をしているのか判らないと一点張りでした」

「捜したんですか?」

「それはもう、いろいろな方法で。判ったことは、途絶えたはずのサンソン家の血を継いでいたということです。自分自身の人生以上のものを背負っていると知ったとき、絶望で目の前が真っ暗になりました」

 過去の有名な人の血を継いでいるだけではなく、王妃を処刑した血だ。

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