第37話 ホープダイヤモンドの絆─⑤

──いろいろ教えてくれて、ありがとう。あなたは本当に本当に優しい人なんだと思います。フィンリーさんはあなたに似ています。

──似ている? どこが? おかしなことを言う。

──優しさの方向性が違うだけで、人を思う心はそっくりです。俺もそうなりたいって思います。だから、フランスへ行きます。

──オーウ……君は私の話を聞いていたかい?

──ばっちり聞いてました。

──人の話を聞かないところは彼そっくりだ。

──ありがとうございます!

 メールの相手は素直に口にしない。本音は「フィンリーを助けてほしい」だ。でなければあんな意味ありげなメールを送ってきたりしない。放っておけばいいだけだ。そして、ハルカにとってフィンリーがどんな人物か試した。もしメールを無視するようであればそれだけの関係。

 そして「彼そっくり」と言うからには、やはりフィンリーの知り合いだ。

──ああもう、お礼を言われるようなことはしちゃいない、こっちは。フランス語は堪能のようだけれど、歩ける? 異国はあなたが思っている以上にアジア人に対して冷たい」

「言葉は武器になります。彼の居場所は判らないですけど、手がかりは一つ見つけました」

「あ、そう」

 残りの紅茶を飲み干した。ティーポットにはまだ入っている。

 ハルカは残りの紅茶をティーカップへ注いだ。

──彼のほしいものが何かわかる?

──ほしいもの……?

──家族。

 家族。当たり前にあるようで、持っていたら恵まれているもの。正解の形はない。装飾品のように、価値は決まっていない。

 フィンリーは今、フランスにいる。自ら足を向けたとしても、心はお縄をかけられたようなものだ。




 部屋で荷物をまとめていると、父が入ってきた。

 驚きより、何かを聞くより、父の顔は意外なもので。すべて知っていた、というような覚悟を決めた顔だった。

「フランスに行くよ」

 父は何も言わない。言葉を失っている。選ばなくていい。本音で話してほしい、と目で訴えた。

「自分の上司相手に、そこまでする必要があるのか。若さで突っ走るのは結構。けどもう少し頭を冷やせ」

「父さんが思っているより、俺は冷静だし覚悟も決めている。最悪、フランスで何かあっても後悔はしない」

 父の手が上がる。小刻みに震え、ゆっくりと下がった。

「命を簡単に捨てる覚悟なら、一生許さない。息子であっても、お前を怨む。お前は自分の命を軽く見過ぎている」

「自分の人生なのに、自由に生きられない苦しみを知ってる? 俺は中学生のときから知ってる」

「愛加が理由か」

「父さんにとって考えなしの行動に見えてるだろうけど、解放を知りたいんだ。呪いから解放される瞬間を、見ていたい」

「一つだけ、聞かせてくれ。上司に会いに行ったところで、お前に振り向いてくれるとは限らんぞ。たとえばだが、交通事故で怪我をした人のお見舞いをして、一生懸命世話をしたとする。いざ元気になったところで、お前の元へ来てくれるわけじゃないんだ。感謝と恋はまったくの別物だ。むしろ毎日来られて迷惑だっだとお前を呪うかもしれない」

「心にぐっさりきたよ」

「そうだろう」

「うん」

 ハルカは身支度の手を止めない。

「父さんは俺より人生経験が豊富だから、心配は理解してる。きっと会っても迷惑だって言われると思う。でも、ここでフィンリーさんを放っておいたら、一生誰にも心を開かない気がするんだ。俺はたくさんのものをもらったし、物理的にも。フィンリーさんに対する気持ちに今は名前をつけたくないけど、恩返しって言っちゃだめかな?」

「それだけのことをお前に残してくれたんだな」

「むしろ俺のやろうとしてることなんて、微々たるものだよ」

「わかった。父さんも覚悟を決める」

 そう言うと、父は立ち上がってどこかへ行ってしまった。

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