第30話 指輪に潜んだ想いを託して─②

 ふたりで店じまいをして、フィンリーの淹れた紅茶とクッキーをお茶請けに文化祭の話をした。

「あなたのお祖父様は、ハルカのことをアルカと呼んでいたのですか? 先ほどの方にアルカと呼ばれてもあなたは直そうともせず、動じていらっしゃらなかったので気になりました」

「そうですね。ハルカ、ハル、アルカ、アル。いろんな呼び方をしていました。フランス人にはHの発音は難しいみたいで、アルが多かったかもしれません。日本人も英語のRが難しく感じやすし、お互い様です」

 フィンリーはフルーツ飴を食べ、目をつむって咀嚼した。

「……残りは四つあります」

「はい」

「本来ならばあなたにいくつか差し上げる場面でしょうが、あげたくありません」

「どうぞどうぞ。フィンリーさんへのお土産ですし」

「とても、美味しい。日本のフルーツは素晴らしい。全て私がいただきます」

 三百円のお土産に喜んでもらえて光栄だ。フルーツ飴を作った人も幸せだろう。

 紅茶教団教祖のフィンリーお手製の紅茶と、高そうな桃色の缶に入ったクッキーでもてなしを受けた。アルバイトへこれだけ手厚い歓迎をしてくれるのは、世界中探しても彼だけだろう。

「来週の金曜日から数日、アルバイトはできますか?」

「月曜日は敬老の日で大学も休みになるんで、大丈夫ですよ。遠出ですか?」

「ええ、京都に」

「京都」

 わくわくする響きだ。日本人なら誰でも期待が沸くだろう。日本の伝統や史実がつまった町だ。

「心が躍りますね。私も京都が大好きです。とはいっても、本や動画などで拝見した程度ですが」

「俺は修学旅行に行ったっきりですね。どんなお仕事なんですか?」

「江戸時代に作られた装飾品の鑑定です。今も受け継がれた方法でくしやかんざしを作っている工房からの依頼になります。工房自体の存続が難しく、荷物整理を兼ねての依頼とのことです」

「後継者問題ってやつですか」

「日本ではよく農業の人手不足が問題視されていますが、伝統工芸にも深刻な問題がついて回るようです。金曜日は東京駅で待ち合わせをしましょう」


 人と違う見た目をしているのは、得か損か。あいにく普通の目立たない風貌だという自覚のあるハルカにとって、二度見や大きく避けられる経験は痛々しく、世の中から取り残されたように見えてしまう。

「フィンリーさん、おはようございます!」

 この人は人形ではない、と回りに知らしめたくてあえて大きな声で手を振った。

「朝から元気ですね、おはようございます。……甘い香りがします」

「ちょっと早起きして、いい感じのものを作ってきました。持ち運び用にマフィンの型で作ってみたんですが、わりとうまくいったんじゃないかと思います。新幹線に乗ったら食べましょう」

「ハルカ、まさかこのために睡眠時間を削ったわけではありませんよね」

「違いますよ、楽しみすぎて目が覚めただけです」

 疑わしき目を向けられた。心外だと不満そうな振りをして先に改札を抜けた。

 朝食でたまに食べる、ガトーヤウーだ。祖父が大好きだったもので、日本だとヨーグルトケーキと呼ばれている。

 新幹線でガトーヤウーを食べた後、充分な睡眠をとって京都駅へ降りた。

 駅にはこれでもかと和を強調させた店が続いている。瓦でできた屋根もついていて、東京にもあるチェーン店でも新鮮に見えた。

 京都駅からタクシーで十分ほどで到着した。京都の建物は瓦がよく使われる。ぴったりと揃った一文字瓦の上には像が置かれている。格子の隙間からは中の様子がよく見え、観光客が何かを作っている様子が伺える。建物によって格子の隙間が異なり、ここはあえて見せるために間隔を開けて造られたのだろう。

 くぐり戸を引くと、男性の怒鳴り声が部屋に響いていた。

「わ、ごめんなさい」

 男性とぶつかりそうになり、ハルカは慌てて横にずれる。

 いかにもすれ違った男はハルカを睨むようにじろじろと見るが、フィンリーを見たとたん、バツが悪そうな顔をした。

 いかにもバンド少年といった風貌の男は、さっさと店を出ていってしまった。

「こら、克也! ああ、すみません」

 男性はこちらに気づき、深々と頭を下げた。

「アンティーク・ディーラーのフィンリー・セーラスケルトと申します。彼は英田ハルカ。私の助手です」

「これは大変お見苦しいところをお見せしてしまいました。遠藤と申します。遠いところからありがとうございます。さあ、どうぞ中へ」

 遠藤と名乗る彼に案内されるまま、奥の部屋へ入る。

「こちらは商談室や客間のような役割になっている部屋です。お茶をお待ちしますので、ソファーへおかけ下さい」

 かんざしやくしが飾っている。表面は滑らかで歪みが一切ない。

 遠藤は三人分のお茶を入れて戻ってきた。

「これって手作りですよね? プロに上手って言うのもへんな話ですけど、見惚れてしまいます」

「実は私が作ったものではないんですよ。息子が小学生の頃に作ったんです」

「え」

 フィンリーもガラスケースの中を覗き込んでいる。

「息子に対するひいき目もあるでしょうが、本当に才能のあるやつなんです。一度作ればすぐにコツを掴むし、手先が器用でして」

「ひょっとして、さっきの人が息子さんですか?」

「ええ。恥ずかしながら、息子です。子供はあの子だけで、跡継ぎとしても申し分ない才能を持っている。ですが、あるときからギタリストになりたいなどと言い始めて……。大学二年ですが、バンドサークルに入り浸ってなかなか家にも帰ってこないんです」

「親としてはなかなか複雑な心境ですね」

「本当にその通りです。話がずれてしまいましたね。メールでお伝えした通りですが、江戸時代から作られてきた装飾品が数多くあり、鑑定をお願いしたいのです」

「かしこまりました。すぐにでも取りかかりたいと思います」

「こちらの部屋をお使い下さい。今、持ってきますね」

 遠藤は大きなダンボールを二つ重ねて持ってきた。

 中には装飾品が乱雑に押し込まれている。

「ざっと百二十ほどあります」

「おそらく二日ほどかかるかと存じます。本日は日が暮れるまでこちらで鑑定をさせて頂きます」

「どうぞよろしくお願いします。私は仕事に戻りますので、何かあったら声をかけて下さい」

 フィンリーは立ち上がり、カーテンを開けた。鑑定には光が重要だ。

「乾いたタオルで装飾品を拭き、布の上に乗せて下さい」

「はーい」

 一応掃除した跡はあるが、細かな埃は残っている。

 鮮やかな緋色のかんざしを置き、ふとガラスケースの中が気になった。

 江戸時代のものだというかんざしだが、今の時代に生きる遠藤克也が作ったものと同じ緋色だ。昔のものは色褪せてきているものの、ほとんど変わらない。

「どうかしましたか?」

「どうしてかんざしって緋色なんでしょうね」

「緋銅と呼ばれる技法で作られているからと聞きました」

「緋銅ですか?」

「あとで見学させて頂きましょう」

「にしても、本当に上手いですよね。小学生でこれを作るって。才能って本当にあるんだなあ」

「あなたはお菓子作りの才をお持ちではありませんか」

「あれくらい誰にでも作れますよ。本見ながら作ればいいだけだし」

 フィンリーは顔を上げる。ばっちり目が合った。

「………………左様、ですか」

「才能がある道とやりたいことをやる道、どちらが正しく幸せだと思いますか?」

「大学生であるあなたに質問されると、真摯にお答えしなければなりませんね。私は後者だと思います」

「経験上からですか?」

「それを言われると、耳が痛いですね。ええ、おっしゃる通りです。後者をすすめるのは、私がそのような道を歩んでいるから。自分の選んだ道は正しいと思いたく、あなたにぶつけているだけです。経験の話しかできません。もし前者を選んだ人間に同じ質問をすると、才能のある道を選ぶべきと言われるでしょう」

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