第23話 眠り繋がれた琥珀の愛─③

 翌日はふたり揃って琥珀博物館へ向かった。

 レンタカーはハルカが運転を担い、助手席はフィンリーは仕事の電話だ。初めて聞くわけではないが、流暢な英語は本当にイギリス人なのだと突きつけられる。

「英語を話せる人ってかっこいいですよね!」

 電話を終えたタイミングで言うと、

「母国語です」

「それも踏まえてってことですよ」

「語先後礼、居合切り、食品サンプルなどがある日本はとてもクールだと思いますが」

「食品サンプル? イギリスにないんですか?」

「イギリスどころか、日本独自の文化です。遺産として残すべきものですよ。紅茶の食品サンプルはないのですか? とても、とてもほしい」

「紅茶かあ……。コーヒーがあるくらいだから、紅茶もあると思いますけど」

 琥珀博物館へ着いた。テレビカメラがないかと心配していたが、博物館へ遊びにきた人が数人いる程度だった。

「初めまして。このたびはご足労頂き、ありがとうございます。凄腕の骨董商さんがいらしてると聞いて、こんな機会は滅多にないかと思いまして。失礼ながら、知り合いの知り合いに連絡を繋いで頂きました」

「フィンリー・セーラスケルトと申します。お力になれるよう尽力致します」

「はあ……日本語が本当にお上手ですね」

「日本人の方はたいそう褒め上手に存じます。私が『おはようございます』と申しただけで、日本語が上手いと褒められることが多々ございます」

「ずっと日本にいらっしゃるのですか?」

「日本の地は去年の八月に初めて踏み入りました。日本語は大学在学中から、努めて参りました」

 八月といえば、フィンリーと初めて出会ったときだ。大学に通っていた話も初耳で、わくわくするし胸が苦しくなる。

「そちらは……?」

「英田ハルカといいます。アルバイトです」

「どうぞお願いします。さあ、お寒いでしょう。中へ入って下さい」

 男は今回の依頼の代表者であり、千葉良介と名乗った。

 フィンリーはこれから簡単な打ち合わせがあると言い、ここで別れた。

「博物館の中を観てみますか?」

「ぜひ!」

 ハルカは元気良く答えた。

 何億年も前の樹脂が化石化し、宝石として生まれ変わっている。

 壁一面に琥珀色の絵があり、ハルカはしばらく眺めていた。

「すべて琥珀でできているんですよ。琥珀を彫って、絵にしています。綺麗でしょう?」

「人間が身につけるものだけじゃなく、こういう楽しみ方もあるんですね。圧倒されます」

「お若いのにこういうものに興味があるのはとても珍しいですね」

「上司がとても詳しいので、いろいろ教えてもらってるんですよ。亡くなった祖父もコレクターってわけじゃないですが、いくつか持ってたりしたので」

「そうだったんですね。よろしければ、館内から離れて工房を覗いてみますか?」

「いいんですか? 見てみたいです」

「中へは入れませんが、販売している琥珀のアクセサリーなどを作っていますよ」

 ガラスの向こう側で、職人たちが琥珀の加工をしていた。

 何度も光へかざし、角張った鉱石が次第に丸みを帯びていく。

「ダイヤモンドといえばブリリアントカットが有名ですね」

「アンティーク・ジュエリーに使われているダイヤモンドは、よくローズカットが多いです」

「お詳しい。その通りです。いろんなカッティング方法がある中で、琥珀は丸い形をしています。なぜだか判りますか?」

「中に入っている虫が映えるから?」

「その通り。それと肌触りが良いので、それを生かすためですね。インクルージョンが多い宝石は、丸っこい形にすることが多いです」

 ひと通り見せてもらった後、博物館へ戻るとフィンリーはすでに会議を終えていた。

 絵画をじっと観ているが、こちらに気づくと手を上げて答えた。

「滞りなく終わりました」

「お疲れ様です」

「これから化石掘りをしに行きましょう。許可は頂きました」

「やった!」

「それでは参りましょうか」

 千葉は事前に知っていたようで、にこにこと笑顔を浮かべた。

「ハルカは化石掘りの経験がありますか?」

「実は過去に一度だけ。日本にいる学生なら林間学校で一度は経験してるんじゃないかな」

「林間学校?」

「夏に山で行う合宿みたいなものです。登山とか化石掘りとか、夜には肝試しもありました。俺は肝試しだけは参加しなかったですけど」

「ホラーは苦手なのですか?」

「いえ、友人と大部屋で枕投げをしてました」

「素晴らしい経験ですね」

 フィンリーの言葉尻に「羨ましい」と込められていた。彼には経験がないのだろうか。イギリスと日本は学校の行事も何もかも違うだろうが、聞いていいものか迷う。

 採掘場へ到着した。説明を受けて驚いたことは、掘るときにアイスピックを使用することだ。スコップではないらしい。

 少しずつ地層を剥がすように掘り起こしていく。アンバー色の混じったものは、本物かどうかさておきバケツの中へ入れる。

 小さな子供たちもいて、ちらちらとこちらを見ている。手が止まり凝視している子もいる。正確にはこちらではなく、フィンリーを、だが。

 ハルカはフィンリーと子供たちの間にしゃがみ、アイスピックを突き刺した。

「そのような気の使い方は、しなくても良いです」

「ん? 何がです?」

「…………なんでもありません」

「あ」

 深く入ったアイスピックを傾けると、アンバー色の塊が出てきた。どう見ても琥珀だ。そうに違いない。足のつま先から全身に喜びがうずたかく積み上がっていき、両手を振り上げた。

「Ça y est!」

 静寂に包まれた。子供も子供の両親も、隣にいたフィンリーも、皆がハルカを見つめている。

「す、すみません……」

 そろそろと両手を下ろした。手は行き場がない。くすくすと笑い声が聞こえてくる。幼稚園児だった頃、小学生だった頃の、言葉の行き違いのせいで失った数々がフラッシュバックした。

「すみません……」

 ぽかんと見つめているフィンリーに、もう一度謝った。彼にも恥ずかしい思いをさせてしまった。

 だがフィンリーは密やかに口元を緩ませながら、

「サイエ」

 とカタカナ語で呟くと、欠けた鉱石を見せてきた。

 アンバー色の光る石が埋まっている。間違いなく琥珀だ。フィンリーも見つけた。それより。

 笑わないでいてくれたこと。言葉は大切しろと教えてくれたこと。他人のふりをしないでいてくれたこと。

 すべてに「ありがとう」と伝えたかったが、彼は反対側を向いてアイスピックを突き立てる作業を繰り返している。

「林間学校とやらは、このようなことをなさったのですね」

「え? あ、はい。そうですね。無我夢中で掘りまくってました。葉の化石とか、鳥の羽の化石とかいろいろ見つけましたよ」

「羨ましい」

「林間学校が、ですか?」

「ええ。そのような想い出は、私にはない」

 林間学校に似た行事がなかったのか、それとも林間学校に参加できなかったのか。

「なら、今日はいっぱい採りまくりましょう」

「無論です。あなたよりも大きな琥珀を見つけてみせますよ」

「お、言ったな。俺も負けない」

 振り向いたフィンリーは、太陽に照らされて琥珀以上に眩しく見えた。

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