第13話 クレオパトラと呪いのエメラルド─③

 警察に聞くよりも情報というのは早く手に入るもので、SNSや朝のニュースで亡くなったクレオパトラ役の女性の名は青木加代だと報道があった。死斑などから毒が見つかったと、クレオパトラの人生のようだった。

 待ち合わせ場所にはすでにフィンリーが来ていて、昨日とは違う暖かそうなブラウンのスーツだった。そしてハルカはジーンズにジャケット。昨日のパーカーよりは大人びて見えるが、社会人と学生の差である。

「ステージ以外は調べ終えたようですので、倉庫も好きに見てよろしいそうです」

「他の演者たちって来てますかね」

「さあ。どうでしょう。依頼人の沢辺様からは本日も行きますとご連絡がございました」

 フィンリーは聞かないが、お互いに何を言いたいのか判っていた。犯人がいるかもしれないのだ。事故ではなく事件で間違いないだろう。

 出入り口はマスコミの山でごった返しているため、裏口から入った。カメラを向けられたが、勝手に撮影されていないと祈る。

「おはようごさいまーす」

 明るい声で挨拶すると、警察官に生ゴミを見るかのような目で見られた。

 警察の目を見れば、フィンリーへの疑いが晴れていないのは雰囲気で伝わった。

 倉庫には警察官が二人つきという、特別待遇だ。

「これ、全部じゃないですよね」

「アンティーク・ジュエリーのみです。こちらの箱にあるもので全てですね」

 部屋のカビの臭いも含めて、良い環境とは言えない。

 フィンリーはいつもの白い手袋をはめて、ジュエリーを手にした。

「ここってスマホ使えないんですか」

「地下に入ると圏外になるようですね。調べ物でしたら、パソコンをお借り下さい。一階の奥の部屋にあります」

 携帯端末ではなくパソコン。フィンリーは意味ありげな目を何度か向け、ジュエリーへ視線を落とした。ハルカからすれば、パソコンはあなたの得意分野です、に聞こえた。

 できるだろうか。彼らの目をかいくぐってパソコンを調べようなんて。やるしかない。

 階段を上がっても、警察官はついてこなかった。目的は怪しいフィンリーただ一人。それならばハルカは動きやすい。

「失礼します」

 ノックをしても返事がないので、勝手に入らせてもらう。

 ノートパソコンが置かれていて『劇団あかつき』と貼り紙がある。全員の所有物だという証だ。

 電源を入れると、パスワードを求められた。机の裏、横、パソコンをひっくり返すと、数字が並んでいる。所有者が複数なら誰でもパスワードが判るようにしておくだろう。

 画面には大量のファイルが並んである。所属する劇団の個人情報や、舞台にかかわるスポンサーなど、細かく分けられている。

 検索ボックスを表示させ、ハルカは適当なワードを入力していく。

 毒。そう入れると、次に来る結果は『手に』『入れ方』。

 自分の持つ端末からだと足がつきやすい。ここで調べ物をすれば、犯人は絞られても誰なのか判らないだろう。それに劇団宛に代物を宅配で送ってもらえば、注文者も透明人間になれる。

 検索したサイトは綺麗に削除されている。推測候補だけを削除し忘れたのだ。

 動画で撮影して、パソコンを閉じた。椅子から立ち上がると人の気配がして、振り返るとドアの隙間から沢辺が覗いていた。

 人間、驚愕すると声が出なくなるようで、内臓すべてが縮小してしまったのか心臓の音すら聞こえない。

「沢辺団長」

「どうしてあなたがここに? フィンリーさんと地下にいたはずでは?」

「すみません、地下は電波が届かなくて、ちょっと調べ物を。パソコンを勝手にお借りしてしまいました」

「何を調べていたの?」

 沢辺の声に覇気がない。感情が抜け落ちた人形のようだった。

 ハルカは後ろ手に、感覚のみでタップしながら動画をフィンリーへ送った。

「クレオパトラについて」

「そんなもの、調べてどうするのよ」

「クレオパトラは毒で亡くなりました。ステージ上で命を落とした青木さんと無関係とは思えなくて」

「彼女は死を覚悟していました。どうせ死ぬなら最後にクレオパトラを演じて死にたいと」

「死を覚悟するのとはちょっと違う気がしますが。もののたとえではないですか」

「エメラルドのネックレスについては聞いていますね。あれを身につけるというのは、そういうことです。誰も演じたがらなかったクレオパトラを率先してなりきった彼女は、とても誇りに思います」

「エメラルドとクレオパトラは切っても切り離せない関係ですね。エメラルドを砕いて化粧として使ったり、クレオパトラ鉱山と呼ばれるものもあったりしますし。鉱山から大好きだったエメラルドを掘り起こしていた」

「詳しいんですね」

「ですから、やっぱり毒と無関係とは思えません」

「犯人がいると?」

「自殺に見えますか?」

 質問に質問で返した。

「どうしてフィンリーさんを呼んだんですか?」

「そこでなぜ彼が出てくるのですか」

 質問に質問で返されてしまった。

「偶然が重なれば必然にもなりえます。俺の勝手な言い分ですので、受け流して下さって構いません。彼に罪を着せるために、呼んだんじゃないかと思ってます」

「受け流しますね。彼を呼んだ理由は、アンティーク・ジュエリーにお詳しい方だったからです。人伝に噂を聞いて、私が依頼しました。いくらかお金を追加で払えば、どこへでも来て下さるとのことでしたので」

「彼には動機がない」

「動機ならあります」

 沢辺は堂々とした口調だった。

「エメラルドのネックレスについて、ひと悶着ありました。フィンリーさんが言うには、ネックレスの九割はガラス細工だとおっしゃるのです。実はあのネックレスは、すべて本物のはずなのです。ネックレスを貸して下さった方からそう聞いています」

「それが動機? ありえない」

「ありえるかどうかは、アンティーク・ディーラーを名乗る方のプライドもおありでしょうから私にはなんとも。他人にはつまらないことでも、本人には耐え難いこともあります。私に本物と事実を突きつけられてしまい、羞恥のせいで目の前が見えなくなることもあります。フィンリーさんは信頼できる方と聞いておりましたのに非常にがっかりです。鑑定を頼んだ以上、断ることもできませんでしたので私ができる限り見張りをしていました。警察にも彼から目を放さないでほしいと頼みました」

「本物だという証拠は? 鑑定書は?」

「もういいでしょう。話は終わりです」

 沢辺の右手にはハンカチが握られている。伸びてくる腕をはねのけ、ハルカは体勢を獣のように低くして避けた。

「そちらも話は終わりましたか」

 ドア付近にはフィンリーが立っていた。助かったと思ったのは一瞬で、彼女はフィンリーへ向かって走ろうとしている。

 フィンリーの背後に警察官が見えたが、とっさの判断で彼女の襟を掴んだ。彼女の身体が宙に浮く。二の腕を掴んでそのまま投げ、沢辺は背中から落ちた。

 警察官は「おーう」と小さな声を漏らした。

 沢辺の襟元から小さな小瓶が転がった。部屋へなだれてきた警察官がそれを掴み、これはなんだと沢辺へ問いかける。

 ハルカは背後から肩を掴まれた。

「見事な背負い投げでした」

 耳元で妖艶な声がし、肩にはこの世のものとは思えないほど絶景とも言える顔がある。ハルカは小刻みに震えた。

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