第21話 この先輩、チョロすぎる


「あ、はい。わかりました」

「い、いいのか?」


 意外そうに目をしばたたかせる南嶋先輩。

 

「もっと嫌がるかと思ったんだが……」

「別に構いませんよ」


 何せ僕には経験がある。

 恋のコンサルとしての華々しい経験が。え? 開始5分でターゲットが破局したから、お前は何もしていないだろって?

 ちょっと何を言っているのかわかりませんね。


「さて、ではお相手の知りうる限りの情報と、どのくらい好きなのか教えていただきましょうか」


 僕はどこからともなく取り出したメモ帳とペンを持ち、話を聞く態勢に入る。


「ま、待ってくれ。まだ心の準備が……」

「なるほど。彼のことを考えるだけで動機が激しくなって質問にも答えられないくらい好き、と……これは重症ですね」

「な、何様だお前は!」


――。


 怒った南嶋先輩から情報を引き出すことおよそ5分。

 一応概要は理解した。

 お相手は同級生――僕にとっては先輩に当たる、2年D組の粕壁燐斗かすかべりんと

 南嶋先輩はC組だから、クラスは別だ。

 部活は陸上部に所属していて、エースを務めているらしい。

 走っているときの横顔が格好良く、思わずじっと見つめてしまうくらいで――、……って、これは南嶋先輩フィルターがかかりすぎだから、書かなくていいや。


「ええと、次に粕壁先輩の好みのタイプとか、知ってたりします?」

「そ、それは……」


 そう聞いたとたん、ずっと夢見心地だった南嶋先輩が、急に現実に引き戻されたようにしゅんとした。

 その様子に疑問を抱いていると、南嶋先輩はおずおずといった調子で、


「友達から聞いた話によると……せ、清楚でお淑やかな子が好き、らしい……」


 真逆じゃないか。

 とは流石に言わなかった。そんなこと言ったら、今度こそ花瓶を投げられる。


「ちなみに、粕壁先輩との馴れ初めをお伺いしても?」

「す、好きになったきっかけを言えと!?」

「まあ……もちろん、嫌じゃなければ言わなくても――」

「ぜ、絶対に言うんじゃないぞ! 絶対チクんじゃねぇぞ!」

「いやだから、言いたくなければそれで――」

「あれは、10日前のことだった……」


 一応聞いて欲しくてしょうがないんだな。

 しかも10日前って結構最近だ。


「ウチが帰宅部っていうんで、倉庫の整理を頼まれてな。そのせいで、いろいろ困ってたら……燐斗が一緒に倉庫整理を手伝ってくれたんだ」


 なるほど、それで?


「それからだな、今までウチに優しくしてくれるヤツなんていなかったから、その……気になりだして」

「え、それだけ」

「あ? なんか言ったか?」

「いえ、何も言ってないです」


 僕は慌てて首を横に振った。

 マジか、この先輩チョロすぎる。とはいえ――


「なあ、どうすれば、恋愛対象として見て貰えるかな?」


 キラキラとした目で見てくる南嶋先輩を見ていると、いろいろ言うのも無粋というものだ。


「とりあえず、春日部先輩の好みに合わせてみるとか、でどうでしょう」

「つまり、清楚系ファッションてことか?」

「はい」


 頷くと、なぜか南嶋先輩は困ったような顔をする。

 それに疑問を抱いて、僕は思わず聞き返していた。


「あの、何か不都合でも?」

「いや、あ……その、わからないんだ」

「わからないとは?」

「皆まで言わせるな! 清楚系ファッションとか生まれてこの方したことがないから、男子目線で清楚と感じる服装がまるでわからないんだ!」


 ええと、早くも計画頓挫か?

 

「それなら別に、クラスの女子に聞くとか……」

「な、仲の良い女子がいない」


 おっと僕も同じです。

 妙なところで親近感を湧きつつ、しかしどうしようかと考えていると……


「お前に手伝って貰う、という手もあるか?」

「……はい?」

「そうだ、お前に一緒に服を買いに行って貰えばいいじゃないか!」

「はぁ!?」


 この人、なんかもの凄いこと言い出したぞ!?

 

「お、落ち着いてください! それじゃあまるでデー……」

「よし頼んだ! これは決定事項だからな! 約束を破ったら承知しねぇぞ!」

「は、はい」


 思わず気圧されて頷いてしまう僕。

 そんな感じで、デート的な何かという緊急クエストが発生したのだった。


 


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