其の五 灯台

「おはよう、風鈴!」


 すると、どこかからノック音が。


 「入るよ。」


 活気に満ちた朝、元気いっぱいのエミ。朝陽と共に、エミもバキバキにやってきた。


 ベッドから起き上がって、のびを一つ。目を細め、陽光が顔にキラキラと触れる感覚を楽しんでいた。白雪村の朝、なんて穏やかで静かだ。


 「うわーっ!」


 すると、その静寂は、娘の大声で一瞬で吹き飛んだ。まだ半寝の状態から、エミの声に一瞬で目が覚めた。心臓はドキドキが止まらず、体がビクンと震えた。突然の驚きで、ベッドから転げ落ちる寸前だった。


 なんで、エミってば、ちょっと普通の起こし方できないのかな。風花湾の風習じゃなく、完全にエミ自身の癖だよね。鉄棒でガンガン起こすか、大声で怒鳴りつけて人をビビらせるか、まあ、幸い若くて体力あるから、毎日こんなこと続けたら、後でどうなっちゃうか怖いよな。


 「おおおおお女の子?」


 エミは本当にびっくりして、口をパカッと開けたままだった。彼女は目をトンと大きくして、何かを確かめようとしているみたいだった。


 これはエミにとっても、僕にとっても、不思議だ。僕、一体何か悪いことしたのかな。みんなは僕の種族が分からなくても構わないと思っているけど、性別まで分からないのはちょっと困るよ。ああ、なんでこんなことになっちゃった。


 まあ、自分を見つめ直す必要があるかもしれないね。


 ベッドから飛び起きて、部屋の鏡の前に立った。自分の姿をじっくりと見つめ直すことにした。


 真っ白な寝巻き、まさしく女の子らしいスタイル。腕も脚も太すぎず、細すぎず、健康的な体つき。胸があまり盛り上がっていない以外は、ボディラインも悪くない、まさに理想の少女体型。えっと、どこが男っぽいの?


 深い紫色のショートヘア、ちょうど起きたばかりで整えていないから、ちょっと乱れているけど、実際、整えればかなり素敵な髪型だ。


 それから、顔。肌はエミほど白くはないけれど、健康的な肌色。亡霊連邦で長い間旅をしていても、顔は焼けていない。大した美人ではないけど、実際はかなり可愛いんだから。


 最後は目。紫黒色の瞳、うーん...これ、確かに誤解を招きそうだね。


 時々考える。僕の目から、実際に何が伝わっている?この瞳に秘められた世界は、どんな風景なんでしょうか。エミの目に映るのは雪景色でも、凛の目には燃える炎のようなものでもない。僕の瞳は、まるで黒い影のように、何もかもを静かに消し去る。それが優しさなのか、残酷さなのか?落ち着きなのか、静寂なのか?深遠なのか、冷淡なのか?僕自身も、よくわからないんだ。この瞳には、果てしない闇が広がっている。まるで枯れ果てた野原にエミいた花のようだ。


 これ、人々に亡霊の目を連想させることもある。でも、亡霊の中で、こんな目を持っている者、どれくらいいるかな。


 それに、僕の格好も。僕は、同い年の女の子たちみたいに可愛い服を着ることは滅多にない。旅人として、動きやすく、戦いやすい服を選んでいるんだ。それに、漆黒の大きなマント、腰にぶら下げた黒い刀...本当に恐ろしい亡霊族の暗殺者みたい。


 ええと、そういえば、この誤解って、なんか納得できる感じする。他の人だって、自分の性別をバッチリ見抜くってのは、なかなか難しいんじゃないかって。そういうのって、よくあることだと思う。


 それでも、僕、マジで願っている。エミが僕の性別を、胸のサイズで決めつけないでくれることを。僕も認める、このことは本当に気にしているって。でも、他の人にも、僕のように胸のことにこだわりすぎないでほしい。お願いだから、エミ、がっかりさせないでくださいよ。


 「女の子なのに、貧乳だね。」


 ああああああ!本当に言っちゃったよ!貧――乳。聞き間違えじゃない、彼女が「貧乳」と言ったんだ!


 ――太陽がちょうど昇り始めたばかりでも、風鈴という名前の貧乳の少女にとっては、美しい一日はこれで終わった。




 エミと一緒に朝食を済ませたら、外に出て散歩しようって話になった。


 前に無生のアドバイス通り、本当は今日、エミが僕を村の中を案内してくれるつもりだった。村のことをちょっと知っておくと、これからの調査にはかなり役立つでしょう。でも、昨日の午後、仁也が村長に僕のことを説明したら、その提案が村長に却下されてしまった。仁也は言ってた、村長は僕の奇妙な遭遇を理解してくれるみたいだけど、村の中に出てくるのはオススメしないって。白雪村がしばらく封鎖されてたし、僕がいきなり出てきたら、相当な騒ぎになるでしょって。僕が探偵団の調査に参加することには反対しないって同時に、エミを守るようにと言ってくれた。


 村長の細かい気配りは言うまでもない。だから、村長のアドバイスに素直に従おう。そのゆえ、今日の計画は急遽変更された。特別な予定がなければ、エミの日常の習慣に従うことにしよう。彼女が毎日灯台に行くって言った通りだ。


 そう。昨日さっきの、臨時の住まいにしてたあの灯台、まさに墨雪家の横にある。これがエミの秘密基地だって。風花湾にはこの事を知ってる人はたったの三人しかいない。それがエミ、村長、それに僕。あ、あと何十羽もの寒鴉も。探偵団のみんなさえには、エミがこの事を教えてなかった。


 ええと、ちなみに、霧の紗と僕の武器は墨雪家のどっかに隠してある。ちょっと探せば、すぐに取り戻せそうなもんだ。でも、エミとの約束があるから、そのつもりをやめた。


 たった二日しか知り合っていないけど、エミの性格の一端を見抜いた。この娘、契約精神が強いみたい。他の人との約束を本当に真剣に受け止めて、心に大事にしまってる。だから、以前に「危ないアイテム」をエミに渡すって約束してたこと、心から信頼して、彼女に預けておいた。


 もちろん、リスクを取る価値があることってある。出かける前に、あったかい服を着た。外に出るとき、少なくとも寒さで凍える心配はいらない。服は僕の寝室のクローゼットから拝借した。ちょっと大きかったけど、なんとかジャストサイズだ。エミはそれが彼女のお兄さんの部屋だったって言って、ついでに彼の服もくれた。


 エミの...お兄さん?ええ、確かにその人物のことは知らなかった。さっきエミがお兄さんの名前を言った、墨雪瑛って。エイか。無生の日記には、その名前が出てこないと記憶してる。エミの親の行方はわからない、それも覚えてる。じゃあ、エイはどこにいるんだ?墨雪家にはえみしかいないみたい。日記にエイの名前が載っていないことから、彼はたぶん出来事に巻き込まれていないでしょうか。ならば、今どこにいる?篠木の親と同じく、外で仕事をして、封鎖のために帰れなくなっちゃった?


 まあいいや、灯台に着いてからまた話そう。




 灯台と墨雪家、百メートルも離れてない。僕が全速力で駆け抜ければ、二十秒もかからない距離だ。だが、エミにとっては、そのたったの百メートルの距離でも、それは簡単じゃない。


 実は、彼女の視力がこんなに悪化してたこと、知らなかった。エミが言うには、これは先天的な疾患みたいで、小さい頃から視力がずっと悪かったんだって。ただ、歳をとるごとに状態がどんどん悪くなってきた。親は南の都市に行って、彼女のために眼鏡を買ってきたこともあるけど、あまり効果がなかった。


 今、彼女の視力はもう本当に悪い。いつ完全に失明するか、もうこの世界を見ることができなくなるのは、いったいどのくらいの時間がかかる?誰も知らない。


 ここの道路は元々、雪と氷でツルツルだらけだった。エミには道路の存在すら見えてなかった。その想像だけでも、エミがどれだけ大変な思いをしてきたか察せる。彼女が言った通り、普段歩いてると、転んだり、木にぶつかったりするのは日常茶飯事なんだ。まったく、かわいそうな子。


 エミの耳はすごく鋭いんだけど、歩くのにはほとんど役に立たない。だから、毎回外出するとき、その鉄のパイプを持って、自分の杖として頼っている。


 頭を垂れ、地面の状態を必死に辨別しようとする。そして、鉄のパイプの端を軽く地面に叩く。もしもキンキンという鈴のような音がしたら、地面に雪や氷が積もっていないってこと。でも、むにゅっとした音や氷が割れる音がしたら、気をつけないといけない。ゆっくりと進んでいくか、他の方向を選ばないと。歩くときは、時折顔を上げて、木やフェンスにぶつからないように気をつける。そう、それが前に歩いているエミの歩き方。


 彼女の後ろに黙ってついていく。だんだんと、心がざわめき始めた。


 彼女が時間をかけていることを気にしているわけじゃなくて、ただ、怒りと悲しみがどんどん強くなってきた。美しい瞳なのに、世界が見えないなんて。もしも神が本当にいるのなら、この少女に対してあまりにも残酷じゃないか?僕、そんな現実を受け入れることができないと思った。


 あ、そう。探偵団のみんなと村長から、エミのお世話を頼まれてたじゃん。だから、今、何かしなきゃって気がするんだ。


 例えば、スリリングでワクワクするような二人での短距離走なんてどうでしょうか。それで、右手の手袋をゆっくりと脱ぎ、ポケットにしまった。そして、エミの手をそっと握ってみた。


 彼女の手、本当に柔らかくて、すごく温かかった。寒さを怖がらない彼女の手は、まるでぬくもり溢れる暖炉みたいだ。


 「え?風鈴の手、冷たいよ!」


 エミは何か感じたのか、驚いた表情を浮かべた。


 ──エミ、しっかりつかまってね。


 彼女が気づく前に、スピードをふかしていく。エミの手を引っ張りながら、僕たちは一緒に前に突っ込んでいった。


 「風鈴!待って!」


 エミはちょっと怖がってるみたいで、地面に鉄パイプをバタンバタンと叩きつけていた。でも、スピードがどんどん増していくにつれ、そんなことに気を取られる余裕なんてなくなっていった。


 ──安心して、怖がらないて。僕についてきて、一緒に突っ走ればいいよ。


 スピードがちょっと速すぎたかもしれない、エミは怖くてなんとなく目を閉じちゃった。もう完全にどんな道路なのか分からなくて、ただ僕の手をギュッと握って、一緒に駆け抜けていった。


 数秒後、彼女、明らかにこの状況に慣れてきて、歩幅もどんどん大胆になってきた。軽く振り返って、実際に彼女が楽しそうに笑ってるのを見てびっくりしちゃった。


 「風鈴!君、ずるいよ!」


 —――ふふ、どうだ?


 「うん!実は、こんな風に走るの、本当に久しぶりなの。ああ、くたびれた...」


 エミは息を切らしながらも言った。彼女の額から、汗がじわりじわりと流れてた。


 うん、よし。エミの言葉が僕に自信を持たせてくれた。彼女が喜んでくれるなら、それだけで十分だ。さて、灯台は目前だ。今はスピードを抑えて、見事なフィニッシュを迎える番だ。


 これは最高の結末になるはずだった。少なくとも一瞬、そう思っていた。だが、左足が急に滑ってしまい、一瞬に気付いた。あまりにも油断してた、氷の上に足を踏み出してしまった。


 重心は急速にずれ、足はもう正しく制御できなかった。もうすぐ転びそうだと理解した。幸運なことに、決定的な瞬間に、エミの手を離すことができた。視界の余白で、エミが成功裏に停止したのを確認し、僕、安心して前に倒れ込んだ。


 そして、世界がグルグル回りだした。小さな坂からドンドンと転げ落ちて、灯台の前の階段でガツンとぶつかっちまった。お尻はバリバリに痛くて、これが限界だった。おっと、まあ、お尻だけで済んでラッキーだったけど、もし頭をぶつけてたら、まずかったのかな。


 「風鈴!大丈夫?」


 エミが必死で僕の名前を呼んできた。あの、僕、大丈夫だから、余計な心配しなくていい。エミよ、急いでこっちに駆け寄ってきちゃだめだ。あなたが転んじゃったら、それこそ大変だから。


 これらのことを頭の中で考えてるだけじゃダメ。大事なのは、早くエミに伝えることだ。彼女には、僕が心配して駆け寄ってきて、自分も転ぶようなことがないようにしてほしいんだ。


 力んで腕で地面を支え、必死で座り上がった。すぐに振り返って、エミを見つめた。まだ遅くないと祈った。


 予想通り、彼女は必死に僕に向かって駆け寄ってきた。残念ながら、僕から二、三メートルの距離で、彼女の足が滑っちゃった。


 「わあ!」


 まるで凶暴な虎のように、僕に向かって飛びかかってきた。視界の上空、一瞬にして暗い影に包まれた。まずい、もうすぐぶつかっちゃう。うーん、もう避けるのは無理だ、だったら、最善を尽くしてこの一撃を体で受け止めるしかない。せめて、エミがケガをしないように。


 ――ドカンっという音。


 エミの着地ポイントは、冷たくて堅い地面じゃなくて、風鈴って名前の高品質なカーペットだった。僕はまるで象に踏まれたみたいな感じがして、仰天だった。圧倒的な力が身体を包み込み、最初は激痛が走ったけど、その痛みもすぐに消えちまった。幸い、エミは軽くて、僕が着てたコートがバッチリクッションになってくれたおかげだ。


 一番大事なのは、彼女が落ちてきた時、なんとか僕の頭をぶつけなかったこと。こんな状況で、頭が無事でいられるなんて、最高だ。


 自己が何とか助かったと思っていた矢先、ふんわりと何かが見えた。本当、空中でピカピカ光っている。それが銀白の蛇か?いや、違う、あんな真っすぐな蛇いないし、しかも、蛇の鱗は光を反射しないはずだ。


 じゃ、それはエミの杖だった。そう、頭にガツンとぶん殴られた鉄パイプのことだ。さっきの転びで、記憶がぼやけてきてた。まるで前と同じ光景を見ているみたいだ。この鉄パイプ、今、僕の頭に向かって高速で飛んできた。


 ああ、わかった。まさか、走馬灯さえ出てきたな。


 いや、違う。その時僕、目を閉じて寝てたんだ、どうしてこんな杖が頭に向かって飛んでくるシーンが見えたか?つまり、これは何か別のこと、走馬灯じゃない!


 やばい!


 ――ドカンっと!


 もう一度、鉄パイプがズシンと僕の頭に命中した。


 ちょっと痛いな。


 でも、なんだか懐かしい感じもするね。




 灯塔の屋上に着いて、エミがテラスに立って、港のどこかを黙ってジッと見つめてた。彼女の視線に従ってそっちを見てみたけど、何もなかった。


 ――何か気になることがある、エミ?


 彼女は首を振った。


 エミによると、二年前、エイはそこから飛行船に乗って風花湾を立ち去ったって。彼女が毎日見つめてたのは、まさにその飛行船が飛び立った場所だった。


 ――ここから?お兄さん、どこに行った?


 「薄桜城。」


 薄桜城?僕、まさにそこから来たばっかだ。もちろん、エイの話は二年前のことだけど。それでも、これは本当に不思議なことだと思う。僕、いつも考えているんだ。人と人の出会い、時には運命の選択だ。もしかして、薄桜城のどこかで、エイとすれ違ったことがあったのかもしれない。


 エミが言うには、エイはあそこに病気を治すために行ったんだって。無生のときと似たような状況で、そのとき、白い化け物二匹に襲われちゃった。エミはその現場を見てなかったけど、村長の言ったことと、僕が前に話したことを組み合わせて、その二匹の化け物は無生を襲ったヤツと同じ種類だと思うんだって。


 悪魂か。しかも二匹。ってことは、そのうちの一匹が無生を襲った?それとも、最低でも三匹以上いたのか?寒鴉、悪魂...ふん、亡霊って、風花湾にどれだけ侵入していたか。


 そのときのエイ、ヤバかった。ボロボロで、血まみれで、もう死ぬ寸前だったって話だ。白雪村にはまともな医者なんていずれもおらず、病院なんて言語道断だった。時間がヤバいから、村長が飛行船を使って、エイをここから運び出すことにした。


 それが白雪村で唯一の飛行船で、普段は村長がコントロールしていた。エイの緊急事態を知って、彼はためらうことなく村の人々にエイを港まで運ぶよう指示した。自分はもう老人だし、かなり久しぶりの飛行船の操縦だったけど、それでも彼は自分で飛行船を操り、エイを他の都市の病院に早く運び出すことに決めた。


 「親が亡くなった後、ずっとお兄ちゃんと村長が私の面倒を見てくれてた。でも、その日、二人ともここを離れることになった。私は村長に頼んで、一緒に行かせてくれるようにお願いした。」


 ――それから?やっぱり...


 「はい。応じなかった。最後、お兄ちゃんが私の手を引いてくれた。彼は、回復したら必ず戻ってくるって言ってくれた。だから、村長とお兄ちゃんを見送るしかなかった。」


 「その後、村長が飛行船で戻ってきた。彼はうれしそうにお兄ちゃんが危険を脱し、薄桜城で治療を受けているって教えてくれた。」


 ――でも、今まで帰ってこないの?


 「うん。」


 エミが頷くのを見て、変な感じがした。なんか、なんかヤバイ予感が、僕の心にジワジワと広がってきた。


 時間軸がおかしい、本当におかしい。エイが襲撃されたのは二年前のこと。もし彼が助かったとしても、傷口が治るのに一ヶ月あれば十分でしょ。もし襲撃されてから凋零症候群に感染し、薄桜城で治療受けても、二年かかるわけないでしょうか。


 ――それで、お兄さんは今、何をしてる?


 「たぶん、薄桜城で働いて?ここが封鎖されてなかったら、もしかしたらお兄ちゃん、もっと早く帰ってきてたかもね。」


 そういえば、確かに。いいえ、待てよ。違う、また違う。白雪村が封鎖されたのは、半年前の話。ということは、エイは封鎖前にもう戻ってくることができたはずなんだ。でも、なんでそうしなかった?


 「そんな怖い顔しないで、風鈴。実は、お兄ちゃん、毎月手紙をくれるわ。それらの手紙は全部家にあるよ。」


 ――あ、そうなんだ。じゃ、できればその手紙、見せてもらえるかな。


 「もちろん。今月の手紙ももうすぐ届くはずだから。そのときは、一緒に読もうよ。」


 ――うん、ありがとう。そういえば、手紙、どうやってもらってる?


 「カラスが運んでくれるの。薄桜城に飛んで行って、お兄ちゃんの手紙を持ってきて。それから、返事をまたカラスに持たせて、お兄ちゃんに届けてもらうよ。」


 寒鴉?あー、こいつら頼りになる。今、なんでエミがそれらを気に入っているか、ちょっとわかった気がする。薄桜城からここまで飛んでくるの、けっこう時間かかるけど、寒鴉にとっては大したことじゃないんでしょう。


 本当。封鎖を突破できるのは、やっぱり寒鴉くらいしかいない。空を自由に飛び回れるメッセンジャーだから、あの大騎士たちには邪魔されないし。


 まず、その手紙を読み終えないと、何が起きているかわかるはずがない。僕の考えじゃ、今の状況はエミが言ってたとおりだ。でも、なんでエイはあそこで何をしていた?風花湾に帰るチャンスを逃すほどのことを。


 今、可哀想な妹だけがここで苦しんで待っている。なんか、すごく悲しい。白雪村が封鎖されている限り、エイはここには戻れないってことか。たぶん、エミの夢の中だけで、お兄さんが飛行船を操って、白雪村の桟橋にゆっくりと着陸し、それから墨雪家に戻って、エミと再会できるかな。


 で、エミってばずっとここで待っている、一日中、荒れ果てた港を見つめているのは、一体なんなんでしょうか?僕にはさっぱりわからない。


 いや、ちょっと。


 その瞬間、なんかふと思いついた。金色の夢。毎晩寝るたびに現れる、あの夢。


 金色の故郷、金色の山、金色の野原、金色の友人たち。もう二度と帰れない、全てが遠すぎる、でも、それでも毎回の夢で見つける。現実は分かっているつもりでも、意識がもっとも原始的な形に戻る瞬間、心は信じてしまう。体は本能的に、あの故郷の山を駆け巡り、金色の影を追いかけ始める。


 その時、ビックリしちゃった。たぶん、僕とエミ二人って、すごく似ていることに気づいた。彼女が何か待っているっていう気持ち、たぶん僕も同じなんだ。彼女は毎日、ここで待ちぼうけなんだけど、僕は毎晩、あの黄金の夢の中で追いかけっこしているんだ。


 そしたら、ちょうどその瞬間、エミの気持ち、僕は理解した。


 海風が吹いて、寒鴉がガーガー鳴いている。


 それに、雪は降り始める。

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