第四話「ノンフィクション」
……という夢を見たのさ。いや、夢でもなんでもなく現実なんだが、それでも学校を終えて帰路に着く途中には僕と深海はいつも通りに戻っていた。
僕だったら一週間は口を利かないでいるだろうに、やっぱ持つべきは寛容な友だな。
「——それでね、美紗の彼氏さんが尾樽高原に連れていってくれたんだって。その話を聞いた時に思ったんだよね。車を運転できるってのは、やっぱり都会で住んでいてもステイタスになるんだなーって。ほら、田舎の方とかと比べて都会は自動車普及率が低いっていうじゃない?」
「……なるほどね。で、それは高崎の彼氏さんが滅茶苦茶イケメンっつーことで締めるとして」
「彼氏さんの首を? え、なにそれ怖い。柊二くんの陽へのひがみが、まさかそこまでのものだったとはね……。流石の私も擁護しきれないよ」
「いや、僕が言いたかったのは『話を締める』ってことなんだけどな……」
そんなに分かりにくかったのだろうか。主語を省いて話す癖は時にあらぬ誤解を招くからな。反省反省。
割と本気で脳内反省会の準備をしていると、隣からクスクスと忍び笑いが漏れてくる。
「なーんて、冗談。流石にちゃんと分かってたよ」
ちょっと意地悪しちゃった、なんて言いながら深海は目を細めていた。
「…………………………」
別に必要がないかもしれないが、一応この沈黙を釈明しよう。
深海は可愛い。そりゃもう抜群にずば抜けて飛びっきり。そこいらのモデルなんか足元、いや足の裏の上皮細胞にすら及ばないくらいに(僕基準)。
そんな女の子が笑うんだから可愛い以外の何物でもなく、はっきり言って尊いのは自明の理。異議はいらないので却下。
そういうことで可愛いものを見ると尊死してしまう病に罹患している僕は、その上女子に免疫が無いので、発汗・体温上昇・不整脈・息苦しさ・会話詰まりなどを起こしたというわけだ。
以上。なにこれまったく必要ない。
「それでさ。話を戻すけど、わざわざそんな話を柊二くんにしたのには、ちゃんと理由がありまして」
うげ。何かとてつもなく嫌な予感がする。
「お願いが、あるの……」
お願い、か。嫌な響きだなあ。
そういや前もこんなことがあった気がする。ただのヤンデレ彼女本だと思って持ってきていたラノベが、意外にも中身がだいぶ際どくてあたふたしていたところを見られて、口止め料として柄でもない小洒落たカフェに任意同行させられた時も、こいつこんな顔してたよなあ。一体今度は、何を引き換えに何を要求されるんだろうか……。
永遠にも感じられる時が流れ、ついに深海は口を開いた。
「連れて行って欲しいんだよね、私を。尾樽に」
心底、心底ほっとした。なんだ、そんなことでいいのか。いやー全く、ヒヤヒヤさせやがって。こっちは卒倒しそうなくらいに緊張してたってーのに、拍子抜けだぜこの野郎。
……にしても、そんなに星が見たいのか。
そういうことなら、高崎が行ったところよりも星が綺麗に見えるところに連れて行ってやろう。幸いにも二輪の免許も取り終えたところだしな。
「うん。いいよ」
ことずくなにそう答えると、深海は笑った。今日一番の笑顔だった。
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