恋を知った日

ぬーん

第1話

王子様とお姫様は、昔読んだ絵本の中で、幸せになると決まっていた。

今読んでいる漫画のヒロインもそうだ。

ライバルの女の子に一度は出し抜かれて、何度も傷付いたが相手の男の子はヒロインの事が好きで、最後はハッピーエンドで結ばれる。

「そんな恋、私もしてみたいなぁ……。」

溜息と共に出た独り言は、閉じた本の音にかき消されていく。

「え?何?瑞希。」

「花ちゃん〜。」

机に突っ伏しながら瑞希は、親友の花に助けを求める。

「まーた、少女漫画読んでるの?」

「うん!今回も素敵な恋だった。」

ホクホクと嬉しそうな表情を浮かべる沙月に、花は「あのさ」と続ける。

「いい加減、瑞希も本当の恋をすれば?」

「ええ〜無理だよ〜。恋ってよく分からないし……。」

「それだけ恋愛小説とか、少女漫画読んでるのに?」

「花ちゃん、物語(フィクション)と本当の恋は別物だよ。」

ノンノンと人差し指を左右に振る瑞希に「へーへーそうですか。」と適当に返事をする花。

「あ、王子様じゃん。」

「王子様……?」

「うちのクラスの睦月類だよ。知らない?誰にでも優しくて笑顔が素敵だから、着いたあだ名が王子様。」

「あ〜類くんか。」

「瑞希は一年生の時から同じクラスだもんね。」

「うん。」

高校二年生になった今でも、睦月類という人物は皆の中心にいて人気者だ。

「でもさ、王子様と付き合う人、一週間も持たないんだってね。」

「え!なんでなんで?あんなに優しいのに。」

「詳しくは知らないけど、好きかどうか聞かれて、別に君の事は好きじゃないって言ってるとか。」

「ええ〜!?」

瑞希が口元を抑えて驚きつつも、教室の窓の下を覗き込むと睦月類が男子とじゃれ合って無邪気に笑っている。

じーっと見ていると、上を向いた類とパチリと目が合った気がして瑞希は小さく手を振ってみる。

「不破さーん!」

笑顔で大きく手を振り返されてしまった瑞希は、なんだか恥ずかしくなって目を逸らす。

「瑞希、呼ばれてるじゃん。」

「あはは。類くんは人懐っこいからね。」

「なるほどね、勘違いする女子が増えるわけだ。」

「……うん。」

頷いた瑞希の長い髪の毛を風がふわりと揺らす。

瑞希は指をくしのようにして前髪を梳かすと、顔周りの髪の毛も整える。

瑞希が窓から身を乗り出して下を見ると、類と男子がまだじゃれ合っている。

「(仲良しだ、ちょっとだけ羨ましい……。)」

「瑞希ー、私今日彼氏とデートだから先に帰るね。」

「あ、はーい!花ちゃんってばラブラブ〜!」

「そうよ。もうすぐ迎えに来てくれるって。」

スマホをいじりながら頬笑みを浮かべる花が本当に可愛いと思う反面、親友が遠くに行ってしまったようでほんのちょっと寂しい瑞希。

「花〜、帰ろうぜ。」

「あ、拓海。じゃあ、そういう事だから帰るね。また明日ね、瑞希。」

「うん!ばいばーい!」

遠ざかる親友の後ろ姿に手を振り続けて、瑞希は一人図書室に向かう。

ポテポテと階段をおりていると、下から階段を上がってきた類とばったり会った。

「あっ。」

「おっ。不破さん今帰り?」

「ううん、二階の図書室に寄る予定。」

「そっか、じゃあ俺も寄ろうかな。」

「えっ!?」

「えっ?」

この展開はひょっとして、図書室で高い場所にある本を取ってもらったり、同じ本を手に取って触れ合う展開だったりするんじゃないかと瑞希の脳内に妄想が高速で駆け巡る。

「うへへ……あ、いや、ごめんなさい。こっちの話です。」

「……そう?じゃあ、図書室まで一緒に行こうか。」

「うん!」

「(付き合ってるカップルは、ここで手を繋ぐのよね。……まあ、私には縁遠い話ですが。)」

入口に着くと、扉を開けて先に入れてくれる類。

会釈して足早に図書室に入ると、受付にいる司書に借りていた恋愛小説を返却する瑞希。

「またおすすめがあったら教えてください。」

コソコソと司書にお願いをする瑞希に、笑顔で大きく頷く。

「三年間でだいぶ読んだんじゃない?」

「この図書室にはかなりお世話になりました。」

「あら?じゃあ、素敵な恋が始まったのかな?」

「いえ、そちらはまだです……。」

「あら、そうなの?まあ、急げばいい恋ができるってものでもないからね。」

「はい……。」

司書にペコリと一礼してから、大小様々な本棚に目を向ける。

受付から見て、斜め右奥の棚の一角に恋愛小説が置いてある。

そこ目掛けて歩いていくと視線を感じる。

「な、何?類くん。」

「いや、不破さん何読んでるのかな〜って気になって。」

「えーっと……。」

「……言い難い本読んでるの?」

「あ、勿論ちゃんとした本だよ!」

「うんうん、そうなんだね。」

「あ……。」

「(ちゃんと聞いてくれたのに……。類くんなら笑わずに聞いてくれるだろうに、恥ずかしがって言えなかった。)」

「じゃあ、一緒にその本棚まで行っちゃおうかな。」

「へ?」

「その方が早いでしょ。」

行こ行こ、と類に背中をグイグイ押される瑞希。

「あわわ、待って待って!ちゃんと案内するから!」

「ふふっ、はーい!」

うっ……笑顔が眩しい。

王子様たる所以を間近で食らった瑞希だった。

「こ、この棚です。」

「へぇー、なるほど。で、どんな本読んでるの?」

「うっ……。……い小説を読んでます。」

「え?ごめん、上手く聞き取れなかった。」

「れ、恋愛小説を読んでます!」

沙月は顔を真っ赤にして肩がプルプル震えた。

「恋愛小説?へぇー、いいじゃん!」

「……え?」

笑われるのを覚悟していた瑞希は、肩透かしを食らった気分だった。

「俺も読もうかな……。恋愛とかよく分かってないし。」

「えっ!意外、モテそうなのに……。」

「うーん……。ふふっ。」

困ったように笑った類は恋愛小説を手に取ると、頁を捲り始める。

「ねえ、不破さん。これ読んだら恋愛感情湧いてくるかな?」

「ど、どうだろう……。」

「ふはっ、そこは自信ないんだ。」

「私も今、恋愛とは何かを勉強中だから。」

「じゃあさ、二人で恋愛を勉強しない?」

「えっ?どういう事?」

「恋ごころとか、恋煩いとか、ドキドキした気持ちとか。そういうの気付いた時に、教え合うの。」

「な、なるほど……?わかった。」

「成立ね!じゃあ、握手しよう。」

またと無いチャンスが突然舞い込み、おずおずと瑞希が出した手を大きな類の手が包む。

ぎゅっと握られた手を上下にブンブン振られて王子様の笑顔を見せられてしまっては、瑞希はもう何も言えなくなってしまった。

「でも、具体的にどうするの?」

「んー、……付き合ってみない?俺達。」

「へぇっ!?!?」

「しーっしーっ!声大きいよ。」

「そりゃ、声も大きくなるよ……。」

握られたままの手がさらにぎゅっと強くなる。

「……だめ?」

子犬のような瞳に見詰められて、瑞希は困ってしまった。

「うっ……、んん〜〜!!わかりました!!」

「……不破さん、ありがとう。」

不破瑞希、十七歳。学校の王子様と恋愛とは何かを勉強する為に、お付き合いを始めてみました。



続く

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