第11話 残された真実

黎明の会のリーダー、天野康之の逮捕によって、一連の「土蔵破りの爆弾魔」事件は表向きには終息を迎えた。しかし、村岡直樹の胸にはいまだ消えない疑問が残っていた。


女人像に刻まれた「夜明けは近い」「すべてが集まるとき」という言葉。そして、天野が残した「夜明けは終わらない」という最後の言葉――。これらが示す真の意味を解き明かさない限り、事件は完全に終わったとは言えない。


署に戻った村岡は、女人像を改めて詳細に調べることにした。像を分解することをためらっていたが、捜査の進展のためには仕方がない。川村とともに慎重に台座を開けると、中から小さな封筒が出てきた。


「またメッセージか……?」

村岡は封筒を開き、中の紙を広げた。そこには簡単な地図が描かれていた。それは、都内の古い建物を示しているようだった。さらに、その下には短い一文が添えられていた。


「黎明の真実はここに眠る」


「天野のメッセージか、それとも別の人物の仕掛けか……?」

村岡は首を傾げながらも、指定された場所に向かうことを決意した。


地図が示す場所は、廃墟と化した古い洋館だった。その建物は、かつて黎明の会が秘密裏に利用していたとされる施設で、事件の余波で長らく放置されていた。


村岡と川村は慎重に洋館の中に足を踏み入れた。埃とカビの匂いが漂い、古びた床が軋む音だけが静寂を破っていた。


洋館の奥に進むと、隠し部屋と思われる扉を見つけた。扉には錆びついた鍵が掛かっていたが、工具を使って開けると、中には驚くべき光景が広がっていた。


部屋の中には、過去の事件で盗まれた美術品が所狭しと並べられていたのだ。巻物、陶器、屏風、さらには未完成の女人像もいくつか置かれている。それらは戦時中に失われたとされる文化財の数々だった。


「これは……黎明の会の真の目的か?」

川村が呆然と呟く。


村岡は部屋の中心に置かれた机に近づき、一冊の古い日記を見つけた。それは、桜工芸舎の創設者、篠崎義隆のものだった。


日記には、篠崎が戦時中に行っていた活動が詳細に記されていた。彼は戦火を逃れるため、文化財を守る名目で多数の美術品を隠匿していた。しかし、その一部は自らの野望のために利用され、黎明の会の思想へと繋がったことが記されていた。


さらに、女人像に関する記述も見つかった。


「女人像は、我々の失われた文化の象徴である。この像が最後に完成する時、奪われた文化は復活するだろう」


「完成……?」

村岡は像に目を向ける。その瞬間、彼は女人像の形が何かを暗示していることに気づいた。


像をじっと見つめた村岡は、篠崎が女人像を通じて、単なる芸術品以上の意味を込めていたことを理解した。それは、文化を守るという美徳と、復讐という負の感情の融合だった。


「結局、これはただの象徴に過ぎないのかもしれない。だが、象徴が生む影響は計り知れない……」

村岡はつぶやいた。


署に戻った村岡は、押収した美術品の返還手続きに取り掛かる一方で、女人像をどう扱うべきか悩んでいた。この像は事件の中心にあり、犠牲者を生んだ一方で、失われた文化の象徴として残るべきものでもあった。


「村岡さん、この像をどうするつもりですか?」

川村が尋ねる。


「まだ分からない。ただ、この像が語るのは文化の重みだけじゃない。人間の執着と、その裏にある罪だ。それをどう扱うかは、これからの課題だろうな……」


女人像を見つめながら、村岡は心の中で問い続けた。それは、黎明の会が投げかけた問い――文化の価値と、それを守るための手段に関する、永遠のテーマだった。

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