第22話:閑話 翔太、ブログを読む

8月29日 北海道ウォーリアーズ寮


試合後の夜、天羽翔太は寮の自室でスマホをいじっていた。練習疲れもあってベッドに寝転がりながら、適当にSNSを眺めていると、ふと目に留まる投稿があった。


「翔太日記更新!」

「今日も天羽選手最高だったー!✨✨✨✨」


(なんだこれ……?)


興味を惹かれた翔太は、そのリンクをタップしてみた。


   ◇


とあるファンのブログ「翔太日記」

「8月21日」

「天羽翔太劇場、開幕!✨

今日はホームランを打った瞬間、バットを投げ捨てるあのカッコよすぎるポーズに心を撃ち抜かれました! 翔太選手がピッチャーを指さした時のあの挑発的な仕草、最高!✨(もちろん挑発じゃないのは分かってるけど、そんな風に見えちゃうのが翔太さんの魅力💓)」


「8月15日」

「雨の中、泥だらけになりながらフェンス際でダイビングキャッチした翔太さん、泣きました! 試合後のヒーローインタビューで『雨でもみんなの応援が力になりました』って言ってたけど、その“みんな”に私も入ってると思っていいですか?😭✨」


翔太はスクロールする手を止め、眉をひそめた。


   ◇


(いやいやいや……なんでこんなに俺のこと詳しいんだよ。)


自分の試合中のパフォーマンスが細かく取り上げられていることに翔太は驚き、そして少し引いていた。


(ピッチャー指さしたのは「気合い入れたぞ」ってだけで、別にカッコつけたわけじゃないし……。ていうか、“みんな”に入ってると思っていいですかって何だよ!?)


思わず頭を抱える翔太。

ブログを読んでいるうちに、だんだんと居心地の悪さを感じてきた。


(いや、ありがたいよ? 応援してくれるのは嬉しい。でも、ちょっと熱量がすごすぎるっていうか……こんなに俺の汗のこととか書く? 汗ってただの汗だぞ?)


翔太は軽くため息をつきながら、ベッドに寝転がった。


   ◇


翌朝、翔太は朝練の前にロッカーでスマホをいじっていた。少し早く来たグラウンドの静けさが心地よく、ストレッチでもしようかと体を伸ばしたところに、田中亮太がニヤニヤしながら近づいてきた。


「おい翔太、お前に囲いってやつができたぞ。」


「……なんですか、それ?」


翔太は思わず首をかしげた。田中はニヤリとしながらスマホの画面を突きつけてきた。そこには、例の“翔太日記”が表示されている。


「ほらこれだよ、『翔太日記』。お前の活躍を毎日熱く語ってるファンブログだ。」


翔太は画面を一瞥して、すぐに顔をしかめた。


「あー、それ知ってます。でも、なんで田中さんが知ってるんですか?」


「そりゃお前、俺もプロ野球選手だからな。SNSでお前の名前検索したら、すぐこれが出てきたぞ。お前、マジで囲われてるぞ。」


「だから、その“囲い”ってなんですか?」


翔太は妙に引っかかったように問い返す。田中はそんな翔太の反応を楽しむように、言葉を重ねる。


「囲いってのは、特定の選手やタレントだけを熱烈に応援するファンの集団だよ。で、お前の場合はどうやら“翔太推し”の女子たちが中心みたいだな。」


翔太は思わず目を見開いた。


「いやいや、俺、そんな大した選手じゃないっすよ。ただの新人ですよ?」


「新人とか関係ないんだよ。お前みたいに派手なプレーするやつは、注目されるのが早い。んで、お前はヒット一本打つたびに『翔太さんのフォームが素敵!』とか『走る姿が尊い!』とか書かれるようになったわけだ。」


翔太は頭を抱えた。


「……ちょっと怖いんですけど。」


「ははは、怖がるなよ。むしろ喜べって。ファンを増やすのもプロの仕事だぞ。お前の試合前のパフォーマンスだって、あれでさらにファン増えてんだからな。」


翔太は少し反論しようとしたが、何を言っても田中のニヤつきに勝てない気がして、ただため息をついた。


「でも、俺、そんな風に見られるの慣れてないんですよ……。なんか変に意識しちゃうっていうか。」


「お前みたいなタイプはそこがいいんだよ。素直にプレーしてるだけでファンが沸くんだから。」


田中は肩をすくめながら笑った。


「おいおい、次はホームラン打った後に“翔太さんがホームインするときの笑顔が可愛すぎて涙が止まりません”とか書かれるぞ。覚悟しとけよ。」


翔太は苦笑いを浮かべながら帽子を深くかぶった。


「……なんか、すごくプレッシャー感じてきました。」


「大丈夫だよ。そういうの気にしないで、自分のプレーに集中しとけ。ただ、次の試合でホームラン打ったら、また更新されるだろうな。」


田中が笑いながら去っていくと、翔太はロッカーに腰を下ろし、スマホをそっと伏せた。ファンの存在はありがたいが、過剰な熱意にどこか戸惑う自分がいる。だが、それもプロとして受け止めなければいけないのだと、彼は自分に言い聞かせた。


「囲い、ねえ……。まあ、頑張るしかないか。」


小さく呟いた翔太の声は、まだ静かなロッカールームに吸い込まれていった。

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