第2話:もう一度野球を
前世の記憶は、
夢を追いきれずに終わった人生。それでも後悔していないと、ずっと自分に言い聞かせてきた。
「兄ちゃん、私を大学まで送ってくれてありがとう。本当に感謝してる。」
妹がそう言ったのは、翔太が29歳になったころだった。
翔太は野球を諦め、高校卒業後すぐに働き始めた。両親を早くに亡くした兄妹にとって、日々の生活を維持することが最優先だったからだ。自分の夢を捨てることに迷いはなかった――そう思い込んでいた。
7歳下の妹の未来のために、翔太は全力で働き、妹を中学、高校、そして大学まで送り出した。その姿を見ていた妹は感謝と同時に、兄がかつて抱いていた夢を知るたびに胸が痛んでいた。
「兄ちゃん、野球……やりたかったでしょ?」
「もう昔の話だよ。それに、今はこうやってお前が頑張ってるのを見る方が楽しいんだ。」
翔太は笑って答えたが、その笑顔の奥には、小さな後悔の影が宿っていた。
数年後、翔太は事故で命を落とすことになる。
最後の記憶は、妹が手を握りながら泣いていた場面だった。
「兄ちゃん……次の人生があるなら、今度こそ自分の夢を叶えて……」
◇
目が覚めると、翔太は見知らぬ白い空間に立っていた。
そこには一人の女性――どこか神々しさを漂わせた女神が微笑みながら立っていた。
「天羽翔太さん。あなたの妹さんの願いが届きました。」
「願い……?」
「彼女は、あなたにもう一度、野球をする機会を与えたかったのです。あなたのこれまでの献身を見て、私もそれを叶えたいと思いました。」
翔太は戸惑いを隠せなかった。妹が自分のために願いを託してくれていたことに驚きと感謝が入り混じる。
「でも……」
翔太は、ふと立ち止まり、目を伏せた。
「俺がいなくなったら、あいつは……真理はどうなるんですか? 俺のせいで、辛い思いをするんじゃ……」
心配と罪悪感に満ちたその言葉に、女神は優しく微笑んだ。
「大丈夫ですよ。あなたがこれまで尽くしてきたおかげで、妹さんはとても強い心を持っています。あなたのいない世界でも、彼女はその力を発揮して、しっかりと歩んでいくでしょう。」
「でも――」
「安心してください。妹さんはあなたに感謝し、そして誇りを持ちながら、前を向いて生きていきます。その人生がきっと、あなたが望む未来へと繋がっていくでしょう。」
その言葉に、翔太は胸の奥から力が抜けるような安堵を感じた。
「……わかりました。俺も、あいつに恥じない生き方をしてみます。」
「ただ、あなたが新しい人生で野球に挑むなら、少しだけ特別な助けをお渡ししましょう。」
女神は柔らかな笑みを浮かべながら続けた。
「それは、注目を浴びるほど力を発揮できる力。あなたが目立つことで、人々に影響を与えられる、そんな力です。けれど、それをどう活かすかは、すべてあなたの意志次第です。」
翔太はその言葉に戸惑いながらも、妹の笑顔を思い出して静かに頷いた。
「……わかりました。今度は俺が自分の夢を叶えてみせます。」
◇
目を覚ますと、翔太は10歳の少年の姿になっていた。
転生したこの世界は、自分が生きていた現代とほとんど変わらないが、球団名や野球の歴史が少しだけ異なっている。
「これが新しい人生ってわけか……」
翔太は窓から空を見上げ、拳を握りしめた。妹の願いを胸に、彼は新たな夢を追い始める。
「よし、ここからだな。今度は絶対にプロ野球選手になってみせる。」
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