First Contact 8
思わず、廊下へ出ても外科オフィスの中まで響いてくる滝岡の大声と、つまり二人の会話を聞いてしまって。
西野と水岡が思わず顔を見合わせる。
「あの、…あのさ、もしかして、あの二人相性いいの?」
「ケンカしてますが、大丈夫でしょうか?」
二人同時に話し出して顔を見合わせて。
「ええと、その、…ケンカ?」
「ええ、…滝岡先生があんな大声で初対面の人間と話すのは初めてみます」
西野の言葉に水岡が小首を傾げる。
「それはそうだよね、…やっぱり、相性最悪?」
「どうなんでしょう?しかし、あのよく解らないにこにこした先生が…患者さんを診られるんですよね?それに、どうして滝岡先生も」
眉を寄せる西野に水岡が情けない顔になる。
「そりゃあ、…滝岡先生だから。外科オフィスの責任者っていうか、この病院の責任者だから、…。とめても行くよ、あの先生は。…だって陰圧室なんて患者の近くに行くのは一番危ないだろ?だって陰圧室だよ?危ないウイルスや細菌を外に出さない為に、わざわざ部屋の気圧を外より低くして、部屋出入りするときもウイルスとかが外に出ないようにするっていう。そーいうことをわざわざしなきゃ危ない病気のときに入れる部屋だよ?普通は使わないんだよ?それをさ。…危険なのは決まってるんだよ」
立て続けにいってから不意に情けない顔になってくちを噤む水岡に、西野が僅かに眉を寄せる。
「―――…滝岡先生」
感情を堪える西野の隣で泣きそうにくちをむすんでから、ぐっ、と呑み込んで無理をして水岡が西野の肩をぽん、と叩く。
「とりあえず、西野くんっ」
「はい、水岡先生」
泣きそうな水岡を冷静に見返す西野にひとつ頷いて。
「ま、ほら、心配してても限がないだろう?西野くんも、ほら、まだ滝岡先生に頼まれてる手配とか、あるんじゃない?」
水岡を見返して淡々と西野がうなずいて少しばかり歯切れ悪くいう。
「はい、その通りです。…それに、事務長にも連絡しないと」
「…――そういえば、いまの、陰圧室に患者さん運ぶの、滝岡先生、全然、事務長に相談せずに決めたよな?」
二人同時に顔を見合わせて。
大きな沈黙が降りる。
しばし、声もなく向き合って。
不意に西野が口火を切る。
「…――水岡先生。先生から事務長にお願いします」
真剣に見返していう西野に水岡が腰を引かせて反論する。
「ちょ、…そういう連絡はさ、西野くんからするのが筋じゃないの?外科オフィスの事務的な調整役として、ほら、確か西野くんの直属の上司って事務長じゃない」
完全に腰が引けて逃げ出す体勢になっている水岡に西野が反論する。
「いい加減なことをいわないでください。僕の上司は滝岡先生です。僕は先生の秘書として仕事をしているので、他の業務は総てついでですから。所属でいえば確かに事務局になるかもしれませんが僕の上司は滝岡先生だけです。…事務長は、…何になるんだろう?」
腕組みして考え始める西野に水岡がいう。
「そういうのはどうでもいいから!事務長にいまのこと連絡してよ、西野くんっ」
「いえ、ここはやはり水岡先生から、――」
二、三歩下がろうとして、背が入って来た誰かにぶつかって水岡が固まる。
「え?」
「…―――」
水岡の背後をみて、固まる西野に。
「何を私にいうんです?…滝岡先生は?それに神尾先生も。神尾先生を臨時雇いする為の書類作成してきたんですけど。それと頼まれました手配ができましたので、――?」
「事務長、…」
「じ、事務長っ、!」
後ろから響いた声に、見事に二重奏になる西野と水岡に。
「どうしたんですか?滝岡先生は?」
不思議そうにみる事務長を前に。
「に、西野くん、お願いっ、…!」
「僕は遠慮します。水岡先生は、外科医で滝岡先生のチームでしょう?」
「…そういうのはこの際関係ないって、…!」
「何が関係ないんです?滝岡先生達は?」
「――――…」
二人が沈黙して視線を見かわして。
「どうして、…滝岡先生に行かせたんですか、―…!どうして誰も止めなかったんですか!しかも、私に相談もなく!」
大きく響く事務長の声が、廊下を駆け廻って。
「――――…」
「どうしたんですか?」
僅かに天井をみるようにする滝岡に、神尾が訊ねる。
「いや、なんでもない。きつい所は無いのか?」
「きつくないと困りますよ。動きにくいのは欠点ですね。露出はどうでしょう」
神尾の言葉に滝岡が見直す。露出がないか、――患者の体液や咳による飛沫等に身体の露出してふれてしまう箇所がないかどうか。ゴーグル等の隙間を確認して滝岡が神尾をみる。
「大丈夫だ。先に陰圧室にいって稼働を確認しておく。モニタ室にいるから連絡はそちらにくれ」
「はい」
防護服を着用した神尾が頷いて、先に出ていくのに少し遅れて廊下へ出て。
「――――…」
もう振り向きもせず患者のいる処へと向かっている神尾を見送って。踵を返すと、背を向けて陰圧室へと向かう。
「滝岡先生っ!どうして私に黙って、陰圧室なんかへいってるんですか!」
「っ、――」
滝岡が陰圧室の稼働を確認して、モニタ室へ入った途端。
響いてきた声に滝岡がスピーカになっている内線をみつめる。
それから、そっと離れようとしているのがみえるように。
「滝岡先生、いらっしゃるのはわかってます。内線に出てください!」
「どうして、…そうか、警備室か」
「滝岡先生!」
そーっと手を少しだけ受話器に伸ばそうとして。ライトの表示に、隣室の病室がみられる硝子窓に顔を向けて、滝岡が内線に応答するボタンを押す。
「もう患者が来る。後でな」
いうと、簡単に内線を切り陰圧室に入って来る患者を乗せたストレッチャーと高井先生、看護師、それに。
防護服を着て患者に屈み込むようにして付き添っている神尾をみる。
「―――…」
熱を持っているのがみるだけでもわかる患者の様子を厳しい視線で観察しながら滝岡が患者を診察していく神尾を見つめる。
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